1日でも先に死にたい嫁
自分で言うのも何だけど、私はろくな恋愛をしてこなかった。
恋愛経験はそれなりにある。
一度付き合えば、ある程度の期間は付き合える女だった。尽くすし。
男運がなかった なんて言葉で片付けられることでないのは、原因が男性ではなくおそらくは私の自尊心の低さにあるからだと思う。
とにかく自分に自信がない。自己肯定が出来ない。
昔から「幸薄いな〜」が持ちネタだった。
薄幸をいじられ、自虐エピソードを話せば9割の打率で爆笑をかっさらっていた。
それくらい、ついていないと思うことが多かったし苦労もした。
ニキビだらけの顔、重たい一重瞼、丸くて大きな鼻、ガリガリの体型、貧乳
お風呂上がりに鏡を見るのが嫌い、写真を撮られるのが怖い
小学生以来いじめられたことはないけど、何とか免れてきたのは強くなりたいと化粧を濃くしたり派手なカッコで武装して「似たような人」に囲まれるようにしてきた恩恵だと思う。勉強も好きだったし、ダンスもピアノも得意だった。外見で云々判断されないことにはとにかく心血を注いで努力してきた。
中身だって舐められないようにとにかく強気な性格でいた。口喧嘩では負けなかったし、相手が立ち上がれないくらいまで下げて倒して生きてきた。
他人を下にすれば自分が上に上がれると思っていた。
それでも自尊心は芽生えなかった。むしろ性悪い自分が大嫌いだった。
恋愛に限っては外見と内面だけがモノをいう。両方に自信のない私にとっては本当に大変だった。
化粧や服装、媚びた発言のおかげで、何とか男性と付き合える。
そして見事に大切にされない。
浮気をされて、彼氏に合コンに行かれて、怒る女の子が羨ましかった。
私には絶対そんなこと言えないから。
だから男性に傷つけられる度に、
『そうやん、私なんかが幸せになれるわけないやん』
『私ごときが、何と高望みをしているのか』
『そりゃこんな私なんやからこんな目に合うわ』
と納得していた。無理矢理ではなく、ごく自然にそう理解していた。
もちろん悲しいのだけど、だからと言って自分が文句を言えるような人間ではないので仕方なかった。我慢もしていない。ただただ、悲しんでいただけだった。
でもこんなエピソードにみんな爆笑してくれた。
またネタがひとつ増えたぜ、と思って生きていた。
今の夫と会った時の私は、散々に傷つけられていた。
多分人生で一番傷つけられていた。心だけでなく、身体も。
何となく、もう女性としては生きていけないかな?と思っていた。
ちょっとネタにしにくいな〜と思っていた。
ボロボロの体を鏡で見ては、「でも仕方ないよね〜」と言い聞かせていた。
私はその程度の女なのだから。
女を磨くったって限界がある。もうこれ以上化粧は濃く出来ないし、強い性格にもなれない。
一人で歩く梅田のイルミネーションにイライラして、電車で泣いて帰る典型的なメンヘラだった。幸せな人を見るのが嫌で、ショッピングも行かなくなった。
見る見る内に芋臭くなった。
結婚と出産報告で溢れるSNSは見れなくなって、束縛もあったから友達とも疎遠になった。新卒から一生懸命働いていたはずなのに、気がつけばお金もなかった。
毎日カツカツで仕事をして、安い食事で済ませて休日は家でじっとしていた。
たまにぼんやりと、チェーン系カフェで1杯のブラックコーヒーと喫煙だけを趣味にしていた。スマホを片手にどうでもいいことを調べて、ゲームして、大抵2時間で1箱吸っていた。
20代の私には、ボロボロの体とボロボロの心だけで、もう何も残ってなかった。
奮起する気力すらなかった。
そんな空っぽの時に突然旦那は現れた。
旦那は出会った初日に好きだと言ってきた。
あ、また服装とキャラだけで判断されたなと思った。
それでも寂しくて辛くて仕方なかったので一晩泊まった。
その場限りのはずが、なぜか付き合うことになった。
彼は私を傷つける言葉をなかなか言わなかった。
傷つける行動もなかなかしなかった。
いつその時が来てもいいよう常に身構えていたけど、なかなか来なかった。
あろうことか、彼の会社の人間や友人を付き合って1ヶ月の間に紹介してきた。
逃げにくくなるのにバカだと思った。
私がいつもの流れでネタ的に自分を傷つける発言をすると、彼は「そんなん言わない!」と怒った。彼が怒ったのを最初に見た瞬間だった。
彼は毎週のようにどこかに連れ出した。幸せな人を見るのが嫌で、街を歩きたくなかった私だったけど、気がつけば幸せそうに見える人の中に加わっていた。
休日とショッピングモールが好きになった。
夏には花火を、冬にはイルミネーションを見に行った。
綺麗だねと私に言ってくる。綺麗だね、と返す。
一緒に見たかったんだーとニコニコ言ってくる。
その時私はようやく、色彩を感じた。
どちらも初めて見たわけじゃないのに
どちらも今までの彼氏とだって見たことくらいあったのに
どちらも綺麗だねと彼氏と話していたはずなのに
1年経つと、化粧は最低限になった。まつげエクステを無駄と感じるようになった。そのお金で美味しいものを食べに行きたい。
明るい茶色のロングヘアは、真っ黒ショートになった。
見せかけのブラもやめてノンワイヤーしかつけなくなった。
タンスいっぱいの服は半分以下になった。
ミニスカートとヒールを捨て、足捌きの良いワイドパンツとスニーカーを毎日履いた。
彼と結婚した。
相変わらず彼は私を傷つける言葉を発さない。
そして私も自分を傷つける言葉を発さなくなった。
相変わらず鏡に写る自分はブスのままだけど、それが自分が傷つけられていい理由だとは思わなくなった。だからこそ、他の人を傷つけるような言葉が聞こえると敏感になった。
自分が言われているわけじゃないのに腹立たしくて、傷ついて、涙も出るようになった。
私は打たれ弱くなった。
でも
別に強くならなくていいと思った。
だって隣に彼がいてくれるから。
私は誰に勝とうとしていたんだろう。
私は誰に負けたくなかったんだろう。
溜め込んだ傷については、彼に何も話していない。
だから特別に手当てしてもらったわけじゃない。
気がつけば血は止まっていた。
かさぶたはまだ残っているけど、彼がとんでもないことしでかさないうちは多分剥がれないだろう。
結婚して3年経つ。
父も亡くして家族が彼だけになった。
増えるかわからない。
でもいいかな、と思っている。
今一番怖いのは、かさぶたがめくれることではなく今かけているメガネを無くしてしまう事だ。せっかく色がわかるようになったこのメガネを無くしてしまうと、またモノトーンで生きなくてはならない。
そのためにも、旦那には1日でも長く私より長生きしてもらわなくちゃいけない。
旦那の最後を見たいだなんて思わない。最後まで面倒みたいなんて思わない。
本当ならとっくに死んでいたはずの私の面倒を責任持って最後まで見ておくれ。
だから私は1日でも早く旦那より先に死なないといけない。
多分薄幸だから、長生きできないだろうしその点は心配していないのだけれども。
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