日本画とアニメーション、ふたつの活動が拓く新たな地平 四宮義俊【プロフェッショナルストーリーズ Vol.1】
映画『おらおらでひとりいぐも』を題材に、それぞれのプロフェッショナルたちを深堀する連載企画がスタート!
第1回のゲストは、四宮義俊(しのみや・よしとし)さん。
東京藝術大学で日本画を専攻されたのち、日本画家としてだけではなく、新海誠監督の『言の葉の庭』のポスターイラストや劇中美術、『君の名は。』の回想シーンにおける演出・原画・撮影などをご担当。近年では、ポカリスエットのCMや小説の装画など、多様なフィールドで活躍されています。
今回は四宮さんのこれまでの歩みをお聞きしつつ、アニメーション制作について伺いました。
(聞き手:SYO)
日本画に惹かれ、東京藝術大学に進学
――まずは、四宮さんが日本画に興味を持ったきっかけを教えてください。
親が機織りという伝統的な仕事をしていることもあって、なんとなく伝統的な表現方法というものに惹かれていました。中学の時、美術系の高校を受験したのですが、その際に見てくださった美術の先生が、日本画の方だったことも大きいです。
――その後、1999年には東京藝術大学に進学されます。国内の最高峰ですが、東京藝大を目指した理由はどんなものだったのでしょう?
絵を描いて生きていきたいという気持ちは昔からなんとなくあったので、もっと学びたいなという思いと、当時は神奈川に住んでいたのですが、せっかくだから東京に出たいと思って。そこで東京で美術が学べるのは……というところから、リアルな目標になっていった気がしますね。
まぁでも進学したのは、いくつか受けた中で受かったのが東京藝大だった、というところです(笑)。
アニメーションという新たな表現方法を求めて
――日本画からアニメーションに、どういうプロセスを経て活動やご興味が拡大したのでしょうか。
修士、博士と大学で進学していく中、アートの表現の一つとして、映像表現も扱いたいと思うようになりました。もともとアニメーションも好きでしたし、平面絵画では表現できない部分が欲求のようなものとしてあったような気がします。
だからもともとは、商業アニメというよりも、表現技法の一つとしてアニメを学びたかったんですよね。そこで、アニメの制作会社に履歴書を送ったり、アニメーションの背景画を描く仕事をしたりしていました。個展などの作品制作にかかる資金調達もしなければならなかったので、学びつつお金も稼ぎつつを両立できるかなと思いました。
――そういったなかでコミックス・ウェーブ・フィルムの仕事や新海誠監督の作品にも携わるように。その後『この世界の片隅に』(16)や実写版『銀魂』(17)といった映画の絵画を手掛けられるほか、ご自身でも映像作品の監督を手掛けられるなど、多岐にわたる活動を行われていますね。
コミックス・ウェーブ・フィルムさんでは新海さんの仕事に携わったりcmの監督させてもらったりしていたこともあり、その後、現在しているようなアニメの仕事をするきっかけのようなものがあった感覚はあります。同時にそういった仕事で得たものを使って「自分の作品も作らなければならい」という思いも常にありました。
(四宮義俊「『水槽の虎』予告編/ 《Fudge Factor》 Trailer(Short version)」)
――2012年には、アニメーション『水槽の虎』を制作。日本画的な要素とアニメーションが融合した作品だと感じましたが、お話を伺っていると、ご自身の中で「アニメ系の仕事が増える」ことと「日本画を追求する」ことの両立が、かなり難しかったのかな?と思いました。
最初は、日本画とアニメってすごく離れたものだと感じていて、「この乖離をどうしたらいいんだろう」という居住まいの悪さを感じていました。アニメってマスに訴えかける表現じゃないですか。日本画はもう少し限定的な、パーソナルな部分に訴えかけるジャンルだと思うので、自分の中でうまくバランスが取れなかった気がしました。
ただ、結局求められるものは自分の“作風“、“色”だと気づき、いまは日本画でも映像でも、齟齬がなくなってきたような気がします。そう感じられるようになったのは、『トキノ交差』や「ポカリスエット」のCMなど、監督業にシフトしていったこととも関係していると思います。
(トキノ交差Tokino KOUSA「トキノ交差 Tokino KOUSA [YouTube ver.]」)
(PocariID「This is #BintangSMA 2019 Winner!」)
培ってきた技術が結実した『おらおらでひとりいぐも』
――アニメパートを手掛けられた実写映画『おらおらでひとりいぐも』は、水彩画で制作されたんですよね。
はい。日本画科を受験する際は表現方法の近さもあって予備校教育では水彩絵の具を用います。日本画の画材は基本大学に入ってから触ります。ですので水彩画は自分にとってとても身近な画材です。
――なるほど! ということは、四宮さんの中での、日本画に付随したルーツのような表現なんですね。マンモスを描くという内容も、藝大生のころから行われてきた「動物」というモチーフに共通しますね。
「花鳥風月」といいますが、日本画って自然や動植物を描くことをとても大事にしているんです。僕自身も、昔から興味のある題材ですね。
昔の日本画を見ると、同じ動物でも容姿の捉え方が全く違っていて、すごく面白いんですよ。その時代の表現方法や目線を含めて、楽しめるんです。
――目線、という観点でいうと、マンモスという絶滅した生き物を描く際、どういった風に作っていったのでしょう?
うまく言語化できないんですが、日本画やアニメーションで四足歩行の動物を描いてきた中で、ふっと「サイズ感」と「動き方」が見えてくる瞬間があったたりするんです。
引き出しが増えた、ということなんでしょうか、自分の身体性みたいなものが拡張されて、「これくらいのサイズの動物ならこういう動きをする」というイメージが最近浮かぶようになってきた気がします。昔は動物を描く際、時間をかけて実物を動物園でスケッチをしていましたがなかなか動きまでイメージできませんでした。
もちろんまだまだ完璧じゃないし、次はもっとうまく描ける気がしていますが、いろんなヒントを得られる仕事でしたね。
(映画『おらおらでひとりいぐも』公式Twitter)
――まさに、「蓄積」ですね。ちなみに本作、1枚1枚水彩画を描いて、それをアニメーションにしていったと伺いましたが、何枚くらい描かれたのでしょう?
正確には覚えていないのですが、500~600枚くらいでしょうか。
――そんなに!
マンモスを原始人が取り囲むシーンなど、「マンモス」「手前の原始人」「奥の原始人」といったようにレイヤー分けして作っています。
沖田監督は、独特の間(ま)が特徴的な方ですし、最初はもう少し穏やかでおとなしめなアニメーションを想定されていたと記憶していますが、僕は能動的に動くアニメーションが好きで。ご相談したうえで動きを入れていったのも、枚数が増えた理由ですね。
要素をしぼり2ヶ月くらい描きあげたれたので、出来上がるもんだなと思いました(笑)。
――先ほどの「自分の色」の部分もそうですが、監督とディスカッションしながら作っていくというのも、四宮さんが大切にしているスタンスなのでしょうか。
全体のイメージはある程度読み取りますが、僕は「全体のために奉仕しよう」というつもりはあまりなくて。もちろん「全体を考慮して作るというのがプロフェッショナルだ」という考え方もあるかと思いますが、僕はあくまで自分の作風を画面に残すのが仕事だと思っています。監督としての思考が強いんですかね。そういう意味では今回のお仕事は沖田監督の作風に興味がありました。
アニメには偶然映り込む要素はありませんが、沖田さんの作品にはなぜか偶然性までもが作品の中で昇華されているような部分が散見されてご本人に直接そこらへんをお伺いしたかったというのもありました。
沖田さんは、ご本人ものんびりと話す方で、「沖田さんの作品のテンポは、ここから来ているのか!」と思いました(笑)。
これからは自分の作品にシフトしていくので、他の方の作品に携わる機会が少なくなっちゃうかもしれないので、今回沖田さんとご一緒できてとても良かったです。
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『おらおらでひとりいぐも』の劇中で、四宮さんが紡いだ流麗なアニメーションは、主人公の気持ちを押し上げるものとしても、重要な役割を果たしています。ぜひ、こだわりの“動き”にもご注目ください。
次回は、フードスタイリストの飯島奈美さんに登場いただきます。
「映画における料理」について、舞台裏をお伺いします。お楽しみに!
アニメーション:四宮義俊
1980年生まれ、神奈川県出身。美術家・日本画家。CMや広告、企業商品のアートディレクター、本の装画など各種メディアに携わる一方で、ベースとなる日本画家としての創作では、絵画を軸に立体、映像など多岐にわたって活躍。『言の葉の庭』(13/新海誠監督)でポスターイラスト・美術背景に携わり、『君の名は。』(16/新海誠監督)では回想シーンのパート監督としてアニメーションを担当。主な映画作品に『この世界の片隅に』(16/片渕須直監督)、『銀魂』(17/福田雄一監督)、『マンハント』(17/ジョン・ウー監督)など。
映画『おらおらでひとりいぐも』11月6日(金)公開