「たのしい職場体験」はいかが?―これからの教師の資質について考える
● 中学生の職場体験
ある日の職員会議で,「中学生が職場体験に来る」という話がありました。ぼくら小学校の現場としては,それを受け入れる立場ですが,その年,ぼくの奥さんは中学2年生を担任していて,少し前に同じように職場体験で中学生を送り出していたので,そちらの立場の話もたくさん聞いていました。だから,職員会議でのその提案に「それは大変だなぁ。中学生の先生方,ご苦労様なことです」と思いながらプリントをながめていました。
すると,また別の先生から,「今年は町の研修で,中1ギャップを解消するための研究を進めていて,今回の職場体験で,中学生の方から6年生に向けて,中学校生活についての話をしてもらうということを検討しているんですけど,よろしいでしょうか」という提案もありました。(…そんなことで,解消できたら苦労しないよなぁ)と思いつつ,心の中で先のことを考えます。(中学校での指導の方が,よっぽど大変だろうなぁ)(こっちであまり期待しすぎると,中学生もかわいそうな目に遭うぞ…)などなど。
● やっぱりね
それから数ヶ月後,忘れた頃に中学生たちがやってきました。6名の生徒が3日間,クラスに1人ずつ,1日交代で,低・中・高とはりついて,小学校の職場を体験するというものです。ぼくのクラスには,3日目の最終日に女の子が1人来るとのこと。ぼくのクラスは4年生なので,例の中1ギャップは関係ありません。1日だけだけれど,自由にやれます。せっかく来るのだから,「働くってたのしいなぁ」と思ってもらいたいと考えていました。
そんな初日のこと。さっそく最初の休み時間から,職員室であまりよくない話が耳に入ってきました。
「アレでホントに中学校で指導されてきたのかなぁ。自己紹介だってまともにできないわよ…。それでうちの6年のクラスだもん。中学の話だってまとまったものじゃなかったわよ」
「ああ,そう? 私のところに来た子には,たくさん○つけをしてもらったけど,すごく使える子だったわよ?」
「ああ,そうね。たくさん○つけでもしてもらって,教師も大変なんだって知ってもら わないとね…」
…まぁ,中2ですからね。そんなに期待はしちゃいけないと思います。でも,いくつかの職種がある中で,小学校を希望しているというのは,とても貴重な人材だとも思います。最近まで自分がいた場所で「働く体験をしたい」って,相当興味がなかったら希望しませんよね。…それを,自分たちのコマみたいに使うというのもどうかなぁ,それって,ただのお手伝いの子どもと変わらないよなぁ,と思ってしまいます。人を「使える」とか「使えない」とか,そんなふうに評価している人も苦手です。
教師が大変っていうのをわかってもらうのもいいかもしれませんが,それで,働くこと自体がイヤになってしまうことだって考えられます。
逆に,「働くっていいなぁ」「こういう仕事もいいなぁ」というふうに,なにかしら夢や希望をもってくれたら,その子はきっと,いろいろなことを始められるようになると思うのですが…。
●うちの奥さんが感じた「いい雰囲気の職場」の話
数ヶ月前の,ぼくの奥さんの担任する中学2年生たちの職場体験の話です。クラスでは大変な子どもたち。けれど,自分の希望する職場に送り出されていった中学生たちは,そこで,とても生き生きしていたのだといいます。中学校の担任の先生方も,ただ子どもたちを職場に送り入れるだけではなく,どんな様子なのか,分担して各職場を回るのだそうです。
中には,挨拶に行ったのに,とっても迷惑そうにあしらわれるところもある一方で,入った瞬間に,とっても明るい雰囲気に包まれるところもあるそうです。特に,よかったという話をしていたのは,ある「美容室」のこと。そこでは,大変な生徒を受け持ってくれているのにもかかわらず,とっても明るく,親切に,その日の子どもたちのがんばりを説明してくれたのだそうです。
そして,いつもクラスで反発している女の子たちが,学校ではあまり見せ
ない笑顔で担任であるぼくの奥さんをイスに座らせると,その日に習った手順を思い出しながら,髪をとかし,いろいろ説明してくれたのだとか。
「そんな感じで,子どもたちもワイワイ言いながら,その日の仕事ぶりを話してくれたのよ~。なんか感動しちゃった~。そりゃあ,あんなに手のかかる子どもたちをあずかるなんて,フツーはイヤに決まってるけどさぁ。それでも,ああいうステキな職場もあるんだよね~。ありがたいなぁと思ったし,いいなぁって思ったよ~」
とのこと。中2の子どもたちのことを考えれば,ステキな職場で「働くのってたのしい!」って思ってもらった方がいいに決まっているよなぁ~と,それを聞いて思ったものでした。
● 自己紹介はたのしく
さてさて,3日目の最終日にぼくのクラス(4年1組)にやってきた女の子。なんだかとっても自信がなさそう。ぼくが「よろしくねー」と声をかけても,ボソッと「あ,はい…(でも,ニッコリ。笑顔のステキな子)」という感じ。
「どの学年でやってきたんですか?」と聞くと,「6年→2年→4年」なんだとか。あー,あの,職員室で話に出ていた,自己紹介もできなかったと
いう子…のようです。…確かに,とってもおとなしいので,みんなの前でお話するのは苦手そう。どうして教員なんかに希望したんだろう?
でも,どんな子だって,「ぼくの職場を体験しに来たのであれば,少しでもたのしい雰囲気を感じてもらいたい」と思いました。
1時間目は国語。いつものように,「20 のとびら」→「読み聞かせ」→「漢字マッキーノ」と,おきまりのパターンを見てもらい,少し緊張がほぐれたところで,自己紹介タイムです。子どもたちも,見慣れないお姉さんがいるので,ずうっと興味津々の様子。
ぼく「え~,今日1日,中学校のお姉さんが,小学校の先生になる勉強をしにきました。今日だけですが,みんなの先生です。それでは,自己紹介をしてもらいます!どうぞ~!」 ※学校名,子どもの名前は,全て仮名です。
中学生「職場体験で玉岡中学校から来ました,村田マミです。よろしくお願いします」
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ……………… シーン…
(ひそひそ声)
中学生「先生,どうしたらいいですか?」
ぼく「ああ,今日みんなとどんな感じですごしたいです,とか,小学校の先生を希望した理由とか,そういうのを話してくれればいいよ?」
中学生「わたし,小学校を希望してないんです…」
ぼく「あ,そうなの??じゃあ,ホントは何に希望したの?」
中学生「ええっと,希望を書く欄は3つくらいあって…」
「……ん(!)オッケー!!(急に大きい声)じゃあ,村田先生の自己紹介クイズで~す!」
ホントに,こういう時にとても役に立つ方法です。自己紹介の一点突破はまさにコレ(小原式・自己紹介クイズ)だと毎度毎度,感心させられます。
さっそく彼女にピンポンブーを持たせて,ぼくが問題を出します。
ぼく「君たちも中学2年生になったらやるんだけど,職場体験っていってねー。自分の働きたい職場でお仕事してみるっていう授業があるんだよ。それで今日,村田先生は来てくれているのね。でね,どの職場で働いてみたいかって,希望を3つ書くんだって。行きたいところから,第一希望,第二希望,第三希望って。その3つを,当ててくださ~い!」
と言って,「1位」「2位」「3位」と板書しました。
すると,「はい!」「はい!」「はい!」「はい!」「はいは~い!」…たくさん手が上がります。子どもたちは,こういうクイズが大好き。村田さんに指名してもらいながら,ぼくが進行します。
ぼく「はい,じゃあ,たくやくん,当たったよ?」
たくや「1つは絶対,小学校の先生でしょう!ここに来てんだから!」
ぼく「はい,〈いらしてるんだから〉って言ってね,先生なんだから(笑)中学行ったら先輩にしばかれますよ?(爆笑)…では,村田先生。〈小学校の先生〉が,この中にありますか?」
村田さん「ピンポ~ン♪」
ぼく 「あ,ありましたね。みんなは,何位だと思う?」
みんな「え?1位じゃないの?」「1位でしょ?」
ぼく「では村田先生,正解は?」
村田さん「ごめんなさい…3位です…」
みんな「ええ~!!??(クラスからガッカリな声)」
ぼく「(村田さんに対して)それはかわいそうに…。みんなだって,中学に行ったら,そういうこともあるんだよ~。第一希望に行けるとは限らないんだね。きっと,第一希望,第二希望は,人気のある職業だったんだよ…。では,それは何でしょう?」
「はい!」「はい!」「はい!」「はい!」「はいは~い!」…と,こんな調子。子どもたちもビックリするほどいろいろな職業を知っていて驚きました。知らなかった子も勉強になったでしょう。
初めは,身近なところから「スーパー」「コンビニ」「100 円ショップ」。具体的なお店の名前がどんどん出ましたが,すべて「ブー♪」
小学校の先生が3位なんだからと,「幼稚園の先生」「保育士さん」「介護ヘルパーさん」「看護士さん」「お医者さん」などなど出ましたが,すべて「ブー♪」
自分たちの知る仕事から,「パソコン関係」「ラーメン屋」「サラリーマン」「トラックの運転手」「タクシー運転手」「自転車屋」「オモチャ屋」などなど,すべて「ブー♪」
自分たちの小さい頃の夢から「消防士」「警察官」「ケーキ屋」「パン屋」「洋服のお店」「雑貨店」「宇宙飛行士」「トリマー」などなど,すべて「ブー♪」
なかなか当たらないので,クラスは大盛り上がり。答えた中に,近いものがあったかどうか,ヒントを出してもらうと,「ラーメン屋」と「トリマー」が〈おしい〉とのこと。
それをヒントに,ついに下のような正解が判明。
「トリマー」が犬の美容師だと初めて知ったという子もいて,とても勉強になりました。
ぼく「そうかぁ。美容室とか,レストランで働きたかったのね。じゃあ,全然違う学校とかになっちゃって,大変でしょう?」
村田さん「え,でも,今ちょっと楽しかったので,2位になりました(笑)」
それを聞いた子どもたちも「ワーイ!」とニコニコ笑顔。いつでもどこでもステキな出会いができる「自己紹介クイズ」には,絶大な信頼をおいているぼくです。今日も,なにかとってもイイことが起こりそうな予感がしてきました。
● 授業,やってみる?
2時間目は,偶然にも算数のテスト。その間に,村田さんとゆっくり打ち合わせができました。実は,ぜひやってもらいたいことがあったのです。それはやっぱり「授業」です。教師が教師として「この仕事はいいなぁ」と思える瞬間は,授業だと思うので。
以前なら,全くそんな発想はなかったと思うし,そんな無責任なことは,中学生にも子どもにも悪いと思っていたと思います。でも,そういうことを可能にする教材が存在するいま,それは可能になったのではないかと予想できるのです。小原茂巳さんの『未来の先生たちへ』(仮説社)を読んで感動し,その可能性を感じて以来,ずっとそう思ってきました。それを確かめるチャンスかもしれないと思ったのです。
とはいえ,いきなり「仮説実験授業」はちょっとムズカシイなぁと思いました。全体の流れの中での1時間になるので,いまやっている《食べ物とウンコ》でもできないことはないと思ったのですが,それは,3時間目にぼくが見せることにしました。
やってもらうのは,4時間目の「道徳」。これなら,1時間で完結するし,自分でやった感じも味わうことができるでしょう。プランも信頼できる定番〈指揮者のミス〉を選びました。
※授業プランは『たのしい授業プラン道徳』仮説社に収録されています。
さっそく,印刷したものを村田さんに渡し,読んでもらいます。
ぼく 「読んでみて,もしやれそうだったら,やってみない? 無理にとはいわないけどね。もし,自信がなければ,ぼくがやるのを見ててもいいし。3時間目に,同じような進め方で授業をやるから,できそうだったら,せっかくだから挑戦してみてはどう?」
3時間目の仮説実験授業《食べ物とウンコ》も,いつものように盛り上がり,村田さんにもわかるように,選択肢で聞いていくやり方を解説しながら,たのしくやりました。
そして,いよいよ4時間目の道徳。村田さんが「やります。でも,困ったら助けて下さい」というので,「もちろん。うまくいくように応援するから,大丈夫だよ」と励ましながら,やってみることになりました。
プランの本文を読み聞かせたり,進行したり,板書したりするのも,みんな彼女にやってもらいました。「4年生には,ちょっとわかりにくいだろうなー」と思う箇所などは,途中,ぼくも解説を加えながら進めていきました。村田さんの音読は,とても緊張しているのが伝わってくる感じで,クラスの子どもたちは,先ほどの3時間目とは打って変わって,し~んと聞いていました。
● 村田先生の〈指揮者のミス〉と子どもたちの感想
まず,無事に授業を終えた村田さんの感想です。
緊張感と,その後の安心感が伝わってくる,ステキな感想です。いきなり30人の前に立って授業をするわけですから,緊張しないはずはありません。それでも自分から引き受けて,やり遂げたのだから,たいしたものです。「ぼくだったらやったかなぁ…」と考えると,ぼくは音読がとても苦手だったので断っていたかもしれないと思い,さっきまで可愛らしい中学生だと思っていたのに,急に敬意をもって彼女をみるようになりました。彼女が最後まで読み終えた時,話の感動と,彼女の頑張りと,泣いているように聞こえるふるえた声に,僕がもらい泣きしそうになったほど,よかったです。
さて,そんな授業を,子どもたちはどう思ったのでしょう。気になる評価と感想はというと・・・
ぼくは,低学年から高学年まで,毎年必ずこのプランを実施しています。だからこそ,わかるのですが,今年の感想も,僕が実施した時とほとんど変わりのない,いや,それどころか,子どもによっては,僕がやった時よりも,きっといい感想かもしれないと思うものがあるほどでした。また,次のような感想もありました。
この授業を実施したのが中学2年生だというのは,すごい事実です。いくつか補足しながらとはいえ,瞬時に教師7年目のぼくと同等か,それ以上を感じさせる授業ができたということなのですから。それは,明らかに,本人の能力を超える内容を教授できる教材のなせる技だと思うのです。
● 教師の資質について
そういう事実を前にして,教師の存在って何なのだろう?と考えてしまいます。誰でもたのしい授業が可能なのであれば,教師の専門性とは何なのでしょうか。
中一夫さん(東京・中学校)の「教師の適性とは?」という資料の中に,板倉聖宣さんの文章を紹介しながら,新しい教育学についての展望を示した文があります。今回のまとめのような文なので,引用させていただきます。
つまり,たのしい授業ができるからスゴイ教師なのではなく,「たのしい授業を選んでこれる」というのが,教師にとっての大切な資質,ということになるのでしょう。その点では,今回,ぼくは教師としていい仕事をしたなぁと思うことができます。スバラシイ授業をしたのはぼくではありませんが,教材を選んできたのはぼくなので(笑)。
● そんな職場体験の感想は?
その日も終わる頃には,子どもたちともすっかり馴染み,休み時間も女の子たちに囲まれながら,笑顔で過ごしてくれた彼女。「先生,日誌を書いたので,ひと言 いただけますか?」という声には張りがあり,最初の自信のなさは全く感じさせない,元気な彼女がそこにはいました。
初めは小さい声で「小学校…希望してないんです…」と言っていた彼女。そんな彼女が,小さな夢をもったとき…,そんなステキな瞬間に立ち会えているのだとしたら,教師の仕事として,これほどうれしいことはないなぁと思ってしまいます。
● 後日談
それから3週間が過ぎた頃,職場体験の感想文集が机上に回ってきました。ペラペラめくりながら,多く目につくのは右のような,「辛かった」「大変だった」という感想の数々。
ドキドキしながらめくっていくと,なんと,村田さんからの手紙がついていたのです。そこには…
● おわりに
さて,ぼくや子どもたち,そして,職場体験の中学生も,みんな笑顔になってしまうなんて,スゴイことです。けれど,これらを可能にしているのは〈教材〉であって,〈教師の資質〉はその後です。だから,今回のような職場体験は決して奇跡的な出来事ではなく,ぼくだけが体験できることでもないと思うのですが,どうでしょう。
それにしても,これを書きながら思うことですが,教師というのは人に夢を与えられる,本当にステキな職業だということです。自分の職業に,こんなにもやりがいを感じながら仕事をできるぼくは,幸せだなぁと思います。
多くの人に,こういう幸せを感じてもらいたいなぁ…,そう思いながら,この資料を書いている自分がいます。『未来の先生たちへ』を書いていたときの小原さんの気持ちが,少し分かってしまったような,自分の新たな成長を感じることができた出来事でした。
おしまい
2010.2.11 / 2024.11.24 小改訂
※文中の学校名,中学生の名前は仮名です。
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