病気とともに働く ~「第二の職場」からの卒業~
少し前に、3年間出向していた「第二の職場」を退職しました。
病気をもっていることを伝えた上で入った職場で、働きながら「病気をもつ人が、そうではない人たちと無理なく楽しく働くには」を考え続けた3年間でした。
在宅ワークで、オンラインでのやりとりがメインの職場だったのですが、まず最初にぶつかった壁が「コミュニケーションの取り方」でした。これが結構難しくて。
これは対面での人間関係でもいえる話ですが、すんなり相手の事情を受け入れられる人もいれば、そうではない人もいます。
お互いの姿が見えないことの難しさに悩んだこともあったけど、それをプラスに考えるようにしました。相手に「病気をもつ私」という存在の全てを勝手にイメージ付けされないように、伝えたいこと・伝えるべきことは伝え、とことん対話を重ね、時には提案し、一人でどうにかしようとはせずに常に「誰かと一緒に」考えました。
誰かの「当たり前」を変えるのは難しい
組織としての「当たり前」を変えるより、個人個人の「当たり前」をアップデートすることの方が難しいと思います。大人になってから考え方を大きく変えるって結構難易度が高いですよね…。
大勢の誰かのデータを見るだけよりも、ネットで誰かが語っているエピソードを聞くだけよりも、やはり実際に接して、一緒にいて、お互いの「当たり前」をよく知り合うことが必要だと実感しました。
全ての人が100%理解し合うことは難しいし、きっと無理なんだろうと思います。誰かが救われれば、その裏で誰かが傷ついてしまうこともあるし、どうしたって受け入れられないこともある。生き方の違う人たち全員が納得した上で完全に同じ方向を向くことは、本当に難しい。
妥協点をさがす…という言葉選びはちょっと違うかなと思いますが、お互いが気持ちよく共存するために、違いのある人たちがまず「一緒に過ごしてみる」ということに、大きな意味と収穫があると強く実感しました。理解はしきれなくても、きっと尊重はしあえる。
病気をもつ私が「特別な存在」ではなくなる
日々を積み重ねた結果、気づいたときには「病気をもつ私がここにいること」が特別なことではなくなっていきました。それが何よりも嬉しく、居心地がよかったです。
「言わなくても分かり合える」という関係性は、「とことん伝え合った先に出来上がる関係性」なのだということに気づかされました。
もうここなら、私のような人がまた入ってきたとしても、また私が感じたような居心地の良さをきっと感じられるだろうと思えました。
漠然と「難しかった」みたいなことばかり書きましたが、そのフワッとした「どうしたらいいかよくわからない難しさ」たちに出会えたことが、私にとってはよかったのだと思います。沢山の気づきや、すぐには解決策が浮かばないような出来事が、私がこれからも病気とともに生き続けなければいけない上できっと向き合う必要のあった学びでした。
居心地の良さ故に寂しさは大きいけれど、私のような存在が、この組織の中に居た意味を少しでも残せていたらいいなと思っています。
「なんか難しい病気をもってる特殊っぽい○○さん」ではなく、「みんなが色々な事情を持ちながら働いている中のひとつとして、“難病“がある○○さん」としてそこに居られたから、すごく息がしやすかった。
こんな職場が世の中にどんどん増えていってほしいし、増やせるような活動をしていきたいです。
ただ「働きやすい」だけを得るのではなく、病気をもつ人たちの「ここで働きたい」「この人たちと仕事がしたい」「やりたいことをやりたい」が叶えられる社会になりますように。