情報格差を乗り越えて
「情報格差を乗り越えられたんですね」
ある日私の経歴を知った方が言った。
なるほど、情報格差か。私は地方出身で、高校時代、周りに上京する人もそこまで多くなかった。地元の大学に進学するか、県外に行くとしても関西圏が多かった。東京に出るということは確かにハードルが高いことだったが、私には東京以外の大学に進学する選択肢はなかった。自分が学びたいことは東京の大学にしかなかったからである。だが、自分が情報格差を乗り越えたという自覚は微塵もなかった。
情報格差を乗り越える①地方出身者の大学受験
私は東京藝術大学という国内唯一の芸術系の国立大学に現役で合格した。芸大は倍率が高く、浪人生が多いと知られているが、私は現役合格がそこまで凄いことだとは思っていない。はっきり言って運とタイミングが良かっただけである。私は国立一本だったので、もし落ちたら浪人か高卒で就職していたと思う。私自身、浪人は全く悪いことではないと思っているし、何なら浪人経験がある人の方が自分の信念がはっきりしていて強いなとも思っている。だが、私の家族は浪人大反対だったし、私の母校には浪人する人はあまりいなかったから、浪人の道は考えにくかった。だから合格するしかなかった。
高校の進路調査で志望校を第一志望東京藝術大学とだけ書いて提出したら、担当の先生に考え直せと言われた。あなたに藝大は無理だと言われたこともある。だけどここしか行きたいところがなかったのだから、そうは言われても考えを変えることなんてできない。
ここでの問題は自分が藝大受験生の中でどういう立ち位置なのか全く把握できないということである。
一般の科目に関しては、河合塾の模試とかいろいろあったから、所謂全国偏差値とか順位とか把握できるが、メインである実技に関しては、はっきり言って合格のレベルに達しているのか、達していないのか、達していないとすればどれくらいレベルの差があるのかが全くわからなかった。
どうにかしてこの曖昧な自分の立ち位置をはっきりさせたいと思い、私は藝大受験対策をしている講習会を探した。調べると案外見つかるもので、夏休みに藝大入試の1次試験から3次試験までの全ての科目を集中的に学び、模試まで受けられる講習会があることがわかった。もちろん東京で。地元から東京まで講習会のために出かけるなんて、お金も時間もかかるけれど、やるしかなかった。
高校1年生の時、行ってみるとそこは高校3年生がほとんどで、受験のことがよくわかっていないのは私だけだった。だけど、そこで絶望感をも味わいながら、周りの寛大なお姉さまたちに受験にまつわる沢山のことを教わった。東京にはハイレベルの芸術系の高校があることも知った。環境があまりにも違いすぎて、本当に惨めになったのは正直な気持ちである。東京から帰る時、自分の惨めさを噛み締めながらも、自分に足りないことが何なのか、受験までにあの人たちくらいできるようにするには何をすればいいのか、がクリアになっていったので、やっぱり行ってよかった。その後受験直前まで長期休暇を利用してその講習会に通った。私が現役で合格できた理由の一つはやはりこの講習会であろう。
地方出身だからこれくらいやるのは当然だと思っていたけれど、でも今思い返すと、受験のための出費があまりにも多い。私の家族はサポートしてくれていたけれど、経済的に諦めざるをえない場合もあるだろう。
情報格差を乗り越える②海外進学と海外での仕事
高校時代に結構タフな受験を乗り越えたからか、大学生になってからも、周囲に惑わされずに自分のやりたいことを実現するという魂胆はあった。
まず私は海外に行きたかった。私の分野の関しては日本で学べることがあまりにも限られているということは高校生の時からわかっていたからだ。入学時はどこの国に行きたいかという国に対するこだわりはなかったが、知り合いがアメリカに留学していたので、アメリカに興味があった。大学を卒業したらアメリカに留学すると思っていたから、高校1年生の時から情報収集をしていた。はっきり言って私は所謂「意識高い系」だったと思う。私の大学、特に私の学科に大学1年生の時から海外の情報を集める人なんていなかった。意識高い系は悪くないと思うのだが、揶揄されることが多い気がする。
紆余曲折あり、大学3年生の時には結局イタリアに留学したいと思うようになった。
しかし、ここでも高校時代と同じことが起こった。大学の専攻の先生に卒業後はイタリアに留学したいと話したら、あなたは海外でやっていけないだろうから(←もうちょっと遠回しな言い方で)日本にいた方がいいと言われた。もちろんこれは先生の考えがあってのことだと思うし、確かに海外でやっていくのは簡単なことではない。
が、ここでの問題は、自分が留学することが具体的にイメージできないということであった。日本の音楽系の大学には海外の音楽院、音楽大学の情報がないし、実際留学した学生の話を聞くこともなかった。海外で仕事をしたいと思っても、全く情報がないのでイメージできない。勝手に留学のハードルを高めていると今振り返ると思う。
それでも、今の時代インターネットで何でも情報が手に入るので、私はイタリア語で留学希望の音楽院のサイトを眺めた。当時はイタリア語の読解力がそこまであったわけではないので、苦痛になりながらも、入試の情報や教授の情報を得ることができた。教授ともすんなり連絡がとれた。この時点で、私は勝った、と思った。何に勝ったかって?周りが抱く先入観や偏見に勝ったと思った。イタリア語も必死で勉強していたので、教授と話すことができたし、そこで受験の情報もちゃんと得られた。結局留学先の音楽院にも合格して大学院生として留学生活を始めることができた。
かつて大学の先生にあなたは海外で働くのは難しいと言われたが、実際今私はイタリアで働いている。
自分の経験を振り返って、多くの人が「どうせ無理」と言うのは、単に情報がなく、イメージできないからだと悟った。私は自分を介して、人に可能性を示すことができたらと願っている。
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