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第4章 2020年代の課題:人口減少問題に関する調査報告書 人口減少社会の展望と対策

人口減少問題に関する調査報告書 「人口減少社会の展望と対策」は公的データをベースとして、人口減少に伴う社会の変化をさまざまな角度から可視化することを第一の目的とする。また、コロナ禍による新たな変化の分析も加える。その上で、人口減少社会に耐え得る社会を築いていくための提言を行うものである。

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■患者数増大で医療費が急伸

 少子高齢化および人口減少がもたらす変化は広範にわたるだけでなく、変化が現れるタイミングも個々に異なる。これから日本社会に何が起きようとしているのか。年代ごとに課題を拾い上げることにする。

 2020年代に深刻化する最大の課題は、患者数の増大だ。戦後最初のベビーブーマーである団塊世代(1947~49年生まれ)が全員75歳以上となるからである。

 この問題は「2025年問題」と呼ばれることが多い。団塊世代すべてが75歳以上になるのは2025年との誤解が広がっているためだが、厳密には2024年である。

 社人研の中位推計によれば、2024年の総人口は1億2316万1000人で、2020年と比べて254万7000人少なくなる。一方で、高齢者は増えて3670万4000人となり、このうち75歳以上は251万9000人増の2120万7000人に上る。国民の6人に1人が75歳以上になる計算である。

 もちろん75歳以上の全員が重篤な病気にかかるわけではないが、一般的に75歳を超える頃から重い病になる人が増える。

 国民医療費は過去10年間、年平均2.4%のペースで増加してきた。医療の高度化が押し上げているところもあるが、財務省によれば高齢化などの要因による増加分が1.1%を占める。厚労省の「国民医療費の概況」によれば、1人当たりの国民医療費(2018年度)は65歳未満が18万8300円に対し、75歳以上は91万8700円で約5倍となっている。

 病気になる可能性の大きい人の数が増える上に、1人当たりのコストが高くなるので医療費の急騰が見込まれるというわけだ。

 社人研によれば、社会保障給付費のうち高齢者関係給付費は、2017年度に79兆7396億円となっている。全体に占める割合は66.3%だ。団塊世代の先頭である1947年生まれが75歳になるのは2022年であり、その頃から社会保障給付費の激増傾向が強まるものとみられる。

 政府が、所得制限は付けながらも75歳以上の高齢者の医療費窓口負担割合を1割から2割へ引き上げることにしたのはこうした状況への危機感からだが、75歳以上が増えれば医療費だけでなく介護費用やその他の福祉政策経費も増える。

 政府の経済財政諮問会議の資料によれば、社会保障給付費は2018年度の121兆3000億円から、2025年度は140兆6000億円、2040年度には190兆円にまで膨らむ【図:4-1】。

4-1⑪社会保障給付費の将来推計

医療への給付費は、2018年度の39兆2000億円から、2025年度は47兆8000億円、2040年度には68兆5000億円にまで急拡大する。

 医療や介護については、サービスの提供態勢の遅れも指摘されているが、とりわけ深刻なのが人手不足である。厚労省の雇用政策研究会の資料によれば、医療・福祉分野の就業者は2017年には807万人だったが、経済が成長し、労働参加が進んだ場合には2025年に908万人、2040年には974万人に増えると見込んでいる【図:4-2】。

4-2⑫医療・福祉就業者数の将来推計

これは高齢化で患者数が増えるという需要増を織り込んでの推計だが、言い換えるならば推計通りの就業が進まなければ現行の医療・介護サービスを維持できないということである。

 しかしながら、日本全体で勤労世代が減り、すべての分野で人手不足が深刻化するのに、医療・介護人材だけが増えるはずがない。いくら診療報酬や介護報酬を上げて処遇を改善したとしても、専門性が高く誰もが簡単に就職し得る職種ではない。

 患者数の増大への対応を考えるにあたっては、「超高齢社会」の難しさの一つでもあるが、少子高齢化の進み具合が地域によって大きく異なる点を考慮に入れなければならない。これまでは高齢化は「地方」が先行してきたが、今後は東京圏(東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県)をはじめとする大都市部で急速に進む。しかも、人口規模が大きい分、大都市部のほうが高齢者の増加幅が大きくなる。

 東京都などは地価が高く、用地の取得費がかさむ。まとまった土地を探すことも困難だ。患者が増えるからといって即座に病床や介護ベッドを増やすわけにはいかない。

 問題は医療機関や介護施設の不足や、スタッフの不足だけにとどまらない。いまや国民病ともいえる認知症患者も、75歳以上人口の増加とともに増える。「地域の足」や住宅内での移動といった高齢患者の日常生活をサポートする態勢も現状ではまだまだ不十分だ。屋内のバリアフリーは進んできたとはいえ、街角には段差や階段が無数に残っている。歩行能力の衰えた高齢患者が通院するのは困難だろう。これまで大都市部では問題視されてこなかった諸課題が、団塊世代が75歳になり始める2022年頃から一気に表面化してくるものとみられる。

■「親子型の老老介護」が増加へ

 2020年代に起こる2つ目の課題は、介護される側も、介護する側も高齢者という「老老介護」である。

 先に指摘した通り、高齢者を取り巻く家族構成が大きく変わっていく。2025年には世帯主が65歳以上という世帯は約2015万世帯となり、このうち75歳以上が1187万世帯を占める。その70%近くは一人暮らしか、高齢者のみという世帯だ。

 「老老介護」の形態は配偶者同士だけでなく、親も子供も高齢者という形もある。さらに介護する側も要支援や要介護認定を受けているというケースも少なくない。

 厚労省の「国民生活基礎調査」(2019年)によれば、65歳以上同士の「老老介護」は59.7%、75歳以上同士は33.1%だ。もう少し詳しく見てみると、65~69歳の要介護者を介護する同居家族の年齢層で最も多いのは60代で59.3%だが、70代が介護しているケースも21.6%となっている。80代の要介護者を80歳以上が世話をしている割合も25.1%に及ぶ。これらは配偶者をケアしているということである。

 90歳以上の要介護者の世話をしているのは、60代が最も多く58.2%だ。70代も18.4%である。こちらは年老いた子供が老親のケアをしているケースだ。平均寿命が延びるにつれて、こうした「親子型の老老介護」は今後さらに増えるとみられる。

 自分も病気を抱えながら、配偶者などのケアをしている高齢者は少なくない。政府は在宅の医療・介護サービスを充実させる考えだが、高齢者一人暮らしや高齢者のみの世帯が増えたのではうまくいかないだろう。訪問にあたる医師や介護スタッフをそう簡単に増やせるわけでもなく、在宅向けサービスの量的拡大にはおのずと限界がある。

 家族による介護が限界を迎えつつあるのは、「老老介護」が増えているという理由だけではない。厚労省の「国民生活基礎調査」(2019年)によれば、50代で家族を介護している人は19.6%、60代では30.6%である。男性で介護をしている人の年代別の割合では50代は18.8%、40代は6.2%だ。女性は50代が20.1%、40代は5.3%である。男女とも働き盛りの年代で介護にあたっている人が少なくないのである。

 配偶者が亡くなった後に自身が要介護になって、40代、50代の子供の世話になる人が多いということだろう。介護している家族の男女別では男性の35.0%に対して、女性が65.0%と圧倒的に多く、娘や息子の配偶者に頼っているケースが目立つということだ。

 しかしながら、40代、50代の女性を取り巻く環境は、かつてとは大きく変わってきている。総務省の「就業構造基本調査」(2017年)が働きながら介護している人について調べているが、介護をしている有業者は346万3000人である。有業率でみると男性は65.3%、女性は49.3%だ。

 男性は「55~59歳」が87.8%と最も高く、「40~49歳」(87.4%)、「50~54歳」(87.0%)が続いた。女性は「40~49歳」が68.2%と最も高く、「50~54歳」(67.5%)、「40歳未満」(66.1%)であった。

 75歳以上の「高齢化した高齢者」が増えるということは、2020年代は要介護度の重い人が増えるということでもある。こうした状況を「地域包括ケアシステム」を機能させることで対応しようとすれば、50~60代に大きく頼らざるを得ないことになるが、これまでのように50代の女性を中心に介護の担い手としての役割を期待するのには無理がある。

 その実情を「国民生活基礎調査」(2019年)が示している。家族の介護に割く時間を見ると、要介護5では「ほとんど終日」と「半日程度」を合わせて69.5%だ。要介護4は54.4%、要介護3も50.1%に及ぶ。

 一方で50代女性の有業率は「50~54歳」が70.4%、「55~59歳」は55.1%となっている。「地域包括ケアシステム」が普及したとしても、家族がケアにあたらなければならない時間が極端に短縮されることは考えづらく、中重度の要介護者を抱えながら仕事もしていくのはどう考えても厳しい。

 仕事と介護の両立の難しさは、看護や介護のために離職に追い込まれている人も相次いでいることに表れている。総務省の「就業構造基本調査」(2017年)によれば男性が2万4000人、女性が7万5100人だ【図:4-3】。

4-3⑬介護・看護を理由に離職した人の推移(男女別)

政府は労働力不足の対策として、女性の活躍推進に力を入れるが、介護が阻害要因となっているということである。

 ひとたび離職してしまうと、介護が一段落したからといって再就職の壁は高い。介護が長引いて生活設計が成り立たなくなり、破綻に追い込まれるという新たな問題も起きている。

 勤労世代が減少していく中で、職場の中心的役割を担ってきた中高年社員が突如として抜けることとなるのは企業にとっても痛手だろう。社員の平均年齢が高い企業では大量に介護離職者が出る懸念もある。もしそうなったならば、企業経営に影響しかねない。

 未婚化の進行も介護の懸念材料である。男女とも未婚率が上昇カーブを描いているが、親の介護をしようにも配偶者がいなければ相談相手もなく、介護を分担することもできない。独身者の場合には自分が働かなければ生活を維持できない人が多く、介護離職や休職の取得が難しい事情がある。2030年代に向けて家族介護の困難さは増していく。

■「ダブルケア」の背景にある晩婚・晩産化

 2020年代に起こる3つ目の課題は、育児が一段落する前に年老いた親が要介護状態となり、育児と介護を同時に行わざるを得なくなる「ダブルケア」だ。

 背景には晩婚・晩産化がある。厚労省の「人口動態統計月報年計」によれば、2019年の第1子出生時の母の平均年齢は30.7歳だ。第2子以降の出産時の年齢も考えれば、50代になっても子育て中という人は増える傾向にある。これでは、とても介護にまで手が回らない。

 「ダブルケア」については、内閣府が2016年4月に初めて推計をまとめたが、男性は8万5400人、女性は16万7500人の計25万2900人に上っていた。
年齢別では40代前半が27.1%で最も多く、30代後半が25.8%、30代前半も16.4%であった。約80%が働き盛りの30~40代だった。

 育児と介護の両方を主に担う人の男女別では、男性が32.3%に対し、女性は48.5%で、ここでもより多くの負担が女性にかかっている。仕事をしていた人のうち、業務量や労働時間を減らさざるを得なかった女性は38.7%に上り、その半数近くが離職に追い込まれている。

 ダブルケアは経済的にも肉体的にも厳しい環境に置かれるだけに悩みは深刻だ。少子化で相談できる兄弟姉妹や親族がおらず、精神的に追い詰められる人も少なくない。

 ダブルケアは「育児と介護」という組み合わせだけではない。両親が同時に要介護状態になることもあり得る。ひとりっ子同士の結婚が珍しくなくなったこともあって、夫と妻の親が同時に要介護となるケースもある。

 親の晩婚・晩産が、世代を超えて子供の「ダブルケア」を招くケースも今後は出てくるだろう。たとえば、夫が50歳、妻が40歳の両親から生まれた子供が20代後半で結婚したケースを考えれば分かりやすい。その子供は晩婚でなかったとして、結婚時にすでに両親は高齢者となっており、ダブルケアの可能性を排除できない。これは、夫が晩婚で妻との年齢が大きく離れた「年の差婚」でも起こり得る。

 晩婚・晩産のマイナス面は、ダブルケアだけではない。夫の定年退職後も、子供が大学などに在学するケースでは、早くから収入面の計画を立てておかないと、学費の支払いで老後の生活資金が枯渇するということになりかねない。

 晩婚・晩産は出生数減少の主要因だが、介護や老後の暮らしとも密接に関わる問題だ。2020年代はその影響がさまざまな形となって社会問題化する可能性が大きい。

■ハイペースで働き手が不足

 2020年代に起こる4つ目の課題は、勤労世代の減少だ。

 前章ではコロナ禍の影響で勤労世代が想定以上に減ることを指摘したが、コロナ禍の影響が現れるまでもなく、今後10年ほどはかねてからの少子化に伴う勤労世代の減少が目につくようになる。

 女性の就業率の向上や高齢者の労働参加などもあって、近年は労働力人口は増加傾向にあった。総務省の「労働力調査基本集計」(2020年)によれば、約6868万人(男性約3823万人、女性約3044万人)だ。労働力率(15歳以上人口に占める労働力人口〔就業者と求職者の合計〕の割合)は62.0%だ。

 一方、総務省の人口推計によれば、勤労世代(20~64歳)は2019年の実績値6925万2000人だが、2040年までに1382万6000人減る。年平均66万人の減少である。いつまでも労働力率が上昇し続けるわけではないということである。

 独立行政法人労働政策研究・研修機構が2019年に公表した推計によれば、労働力人口は、経済成長と労働参加が一定程度進んだ場合でも2030年に6349万人、2040年に5846万人となる。

 ゼロ成長、労働参加が現状のまま推移した場合には2030年には6080万人、2040年は5460万人にまで減少する。ここまで減ったならば、日本経済が大きな打撃を受けるだけでなく、社会全体が随所で機能不全に陥るだろう。

 政府は「一億総活躍社会の実現」や「働き方改革」を掲げ、女性活躍推進や企業に70歳までの雇用する努力義務を課すなど、国民個々がそれぞれのライフスタイルに合ったさまざまな働き方を選択できるよう制度の整備を進めているが、労働力人口の減少が避けられないことを前提として対策を考えなければならないということだ。

 景気動向に左右される短期的な人手不足とは異なり、人口減少に伴う構造的な労働力不足は避けようがない。日本社会の労働文化を根本から作り替えていくことが求められる。

 労働力人口の中心である勤労世代が減少すると、広範に影響が及ぶ。経済規模や労働市場が縮小し、国内総生産(GDP)も縮小することとなる。GDPとは、その国で1年間にどれだけのものが生産されたかという概念によって量られる。簡単に説明すれば、労働者数に労働者1人当たりの年間労働時間や年間生産量を掛けたものだ。人間1人に与えられた時間は1日24時間であり、そのうち働くことができる時間には限度がある。労働力人口が減れば、日本全体としての年間労働時間も減ることとなる。こうした状況下でGDPを維持しようと思えば、労働生産性を上げるしかない。

 勤労世代の減少の影響は、経済成長やビジネスの現場だけではなく、われわれの日常生活にも大きく影響する。勤労世代は、賃金労働だけでなくさまざまな場面で社会を支える役割も担っているからだ。地域コミュニティーやボランティア組織のリーダーとして活躍している人も少なくない。こうした人材が減ったのでは地域や組織に活気がなくなる。地域の伝統行事や祭事の継承も難しくなる。

 高齢者や子供に対する地域の見守り機能は衰退する。「若い力」を必要とする自衛隊や警察、消防といった公務に穴が開いたならば、治安維持に影響が及ぶ。最近はゲリラ豪雨も頻繁に起こっているが、災害時の手助けもままならなくなる。

 勤労世代は消費のリード役でもあるので、その減少は消費の冷え込みも意味する。経済が停滞する悪循環をもたらしたならば、税収も落ち込み、地域によっては自治体の予算編成がままならなくなる事態になりかねない。

 人手不足はあらゆる仕事にふりかかる。県庁や市役所といった行政機関で若手職員を思うように採用できなくなれば、住民サービスの提供に支障が出るだろう。

 3人の若者で高齢者1人を支える「騎馬戦型社会」から、いずれマンツーマンで支えなければならない「肩車型社会」へ転換するというたとえ話について先に触れたが、2020年で計算すると20~64歳が約6886万人に対し、65歳以上は約3617万人である。すでに「騎馬戦」は成り立たず、1.90人で1人を支えている状況にある。

 社人研の中位推計によれば、2065年の20~64歳は現行の約60%の4189万人に減り、高齢者は3381万人となる。1.23人で1人を支えなければならなくなる。いよいよ「肩車型社会」が現実味を帯びてくる。

 この問題については、支え手の実数が減ることばかりに目がいくが、「肩車」の上に乗る高齢者の〝体重〟が重いことにも関心を向けなければならない。

 高齢者の総数が増える分、年金や医療・介護にかかる総費用も上昇する。とりわけ増えるのが75歳以上だ。先述した通り75歳を超えると大病を患う人が増え、1人当たりの医療費が74歳以下の5倍近くもかかるというデータがある。社会保障給付費は2018年度の121兆3000億円から、2040年度には190兆円にまで膨らむ。

 一方、「肩車」を下支えする勤労世代は、人数が激減するだけでも厳しいのに、収入が不安定な非正規雇用や低所得者が増えている。労働力調査によれば15~64歳の正規雇用者が3419万人に対し、非正規雇用者は1701万人に及ぶ。これは、若者が高齢者を支える仕組みの社会保障制度にとっては極めて厳しい。非正規雇用者の中にシングルマザーや、就職氷河期にあたって就職できずに親の支援を受けている人も珍しくない。こうした人たちの中には親が亡くなった途端、生活保護を受けざるを得ないギリギリの生活をしている人もいる。「肩車型社会」を待つまでもなく、社会保障制度は危機的状況にある。

 国の社会保障予算は伸び続けているが、世界で最も速いペースで少子高齢化が進む日本にとって、国民の隅々にまで目配りして社会保障の充実を図っていくことはいまや難しい注文となった。「行財政の無駄を徹底的に削ればよい」とか、「経済成長すれば税収も増え、財源は確保できる」といった意見もあるが、行財政改革だけでは社会保障費の伸び幅を賄うだけの財源はとても捻出できない。

 歴代政府が求めてきた、社会保障サービスを充実させながら、負担はある程度までで抑える「中福祉中負担」政策は幻想にすぎない。それなりの社会保障の水準を求めるのならば、「超高負担」を受け入れなければならない。反対に、あまり負担したくないのであれば「低福祉」で我慢しなければならないということだ。社会保障サービスの縮小も、増税などの負担増も、経済成長も行政改革も、すべて同時にやらなければならないというところまで日本は追い詰められている。

■社員の高年齢化で企業が停滞

 2020年代に起こる5つ目の課題は、勤労世代内での「高年齢化」だ。

 勤労世代の減少は企業経営に影を落とすが、これまであまり語られなった重要なポイントがある。すべての年齢で満遍なく減るわけはないことだ。

 絶対数が減るだけではなく、勤労世代の中でも若いほど減少が速いのである。

 2015年国勢調査によれば、20~29歳が1259万人に対し、30~49歳は3372万人、50~64歳は2372万人である。もちろん、それぞれの年齢層すべての人が仕事をしているわけではないが、単純計算をすれば、すでに3分の1を50歳以上が占めている。高年齢化はさらに進み、社人研の中位推計によれば、2040年には50歳以上の占める割合が4割を超す。

 勤労世代の高年齢化を各職場でイメージするならば、どこもベテラン社員が多いということである。労働力調査基本集計で2020年の年齢階級別就業者数を確認してみると、「25~34歳」1098万人、「35~44歳」1350万人、「45~54歳」1588万人、「55~64歳」1172万人である。いまも60歳定年という企業は多く「55~64歳」の就業者こそ、「45~54歳」と比べてやや少ないが、概ね若い年齢層ほど減っていく。年齢別にしても団塊ジュニア世代など一部の例外を除いて、年齢が若いほど人数も少なくなっていく。

 ベテラン社員は仕事に対する知識や熟練度は高いかもしれないが、年齢を重ねるにつれて〝慣れ〟が生じ、行動力も鈍くなりがちだ。いつの時代においても若手が組織に新風を送り込むものであり、仕事は若手からベテランまで多様な年代がいてこそ円滑に進む。ある年齢層に偏ったのでは組織は停滞し、生産性を上げることは難しい。

 世代交代が進まなければ、ベテラン社員が仕事のコツやノウハウを引き継ぐこともできない。培ってきた人脈を残すこともできない。発想がマンネリ化すれば新商品開発には切れ味が無くなり、社会にブームも作れない。新しい事業創設の知恵も湧かなくなってイノベーションが起きづらくなる。

 社員の年齢構成の偏りは、企業経営にも影響を与える。とりわけ注目されるのが、団塊ジュニア世代(1971~1974年生まれ)の動向だ。団塊世代が現役を引退した今、世代人口の大きな塊である団塊ジュニア世代の存在感は大きくなっている。

 団塊ジュニア世代は2021年時点で47~50歳である。一般的に賃金のピークは50代前半とされるのですでに人件費負担は重くのしかかり始めているが、団塊ジュニア世代のすべてが50代となる2024年頃にかけて負担がピークになるとみられる。

 団塊ジュニア世代とともに年齢構成を押し上げているのが「バブル入社組」だ。日本経済がバブル期にあった1990年頃に入社した世代で、団塊ジュニア世代より少し早い1969年前後に生まれ人たちである。バブル経済崩壊後は新卒採用が急激に抑制されたため、相対的に組織全体に占める割合が大きい。団塊ジュニア世代もバブル世代も、いまや賃金が高い課長や部長といった管理職に就任する年齢にあるが、人数が多いためポスト不足の対応に頭を痛めている企業は少なくない。

 企業によってはこの世代のモチベーションを引き出すために管理職と同格のポストを用意するところもあるが、こうした対応はかえって人件費負担を膨らませる。さらに深刻なのは、そのしわ寄せで若い世代の給与が伸び悩みにいくことだ。若手人材の流出につながっている。

 若手人材が流出する危機感に加えて、世界的なデジタル改革の流れもあり、ここ数年は経営が順調ながらも早期希望退職を募る「黒字リストラ」を行う企業が増えている。ただ早期希望退職にしても、定年退職にしても退職金負担が大きくなる状況には変わりなく、「バブル入社組」や団塊ジュニア世代が60代となる2020年代後半から2030年代前半にかけては退職金の負担増が企業経営の重荷となる。

 このように、日本は勤労世代が高年齢化しながら大きく減少していくことが避けられない。しかも高齢者雇用が社会ニーズとして大きくなってきており、この傾向はより強まっていくことになりそうだ。その影響とひずみは複雑に交錯していくこととなるだろう。

 実態をよく知り、こうした状況下の中でも組織が活性化する方策を見つけ出さない限り企業のダメージは計りしれない。2020年代は組織の硬直化の影響を次々と目にするだろう。

■経営者の後継者不足が深刻化

 2020年代に起こる6つ目の課題は、中小企業の休廃業・解散の増大だ。

 勤労世代の高年齢化は後継者の確保を難しくするが、それは経営者の世代交代においても同じだ。

 東京商工リサーチによれば、2020年に休廃業・解散した企業は4万9698件(前年比14.6%増)となり、2000年に調査開始して以降の最多を更新した。コロナ禍で先行きが見通せなくなり、事業の継続を断念した「諦め型」が数字を押し上げたところもあるとみられるが、注目すべきは経営者の年齢だ。

 休廃業・解散した企業経営者の84.2%が60代以上である。さらに詳しく見ると、70代が41.7%で最も多く、続いて60代の24.5%、80代以上の17.9%だ。他方、休廃業・解散の直前期の決算で黒字だった企業は61.5%に上っており、事業承継がスムーズに進まず休廃業・解散に踏み切ったケースも多いということである。

 中小企業経営者には、子供に事業を引き継ぎたいという人が少なくない。とりわけ、一代で事業を拡大してきた経営者にそうした意向が強い。だが、少子化で子供がいなかったり、いても別の仕事に就いていたりで、後継者を決め切れないまま年を重ねている経営者が少なくない。2020年に休廃業・解散した企業が過去最多となったのも、コロナ禍という社会の激変をきっかけとして「引退」を決めた経営者が少なくなかったものとみられる。

 経営者が引退を決め切れず、ずるずると後継者難による倒産へつながるケースも多い。東京商工リサーチは、2020年度の後継者難による倒産状況についてもまとめているが、2021年2月までの11カ月間で311件(前年同期比10.6%増)に達した。このうち、経営者の「死亡」が147件、「体調不良」が112件、「高齢」が27件で、「死亡」と「体調不良」という健康上の理由だけで全体の80%以上を占める。金融機関の中小企業支援では企業の将来性が重視されるが、後継者の不在はマイナス要因となる。経営者が個人保証で資金調達していることも多く、高齢経営者の健康リスクがそのまま経営リスクとなっている。

 経済産業省の資料によれば、中小企業経営者の年齢の山は、1995年の47歳から2015年には66歳へ19歳の上昇となった。

 経産省は中小企業・小規模事業者の経営者の平均引退年齢は70歳で、2025年までに経営者が70歳を超えるところは約245万社に上るとしている。このうち127万社(日本企業全体の3分の1)では後継者が未定であるというのだ。

 有望な中小企業の休廃業・解散は地域経済にも大きな影響を及ぼす。すでに廃業してしまった中小企業・小規模事業者の中には、日本経済の縁の下の力持ちとなっているような黒字経営の優良な会社も多かった。大企業のビジネスパートナーとして〝無くてはならない存在〟となっていたり、地域の雇用の受け皿になっていたりした企業も多く存在した。

 影響はこれにとどまらない。中小企業の中には、かなり高度な技術力や独自の技術をもったところもある。経営者の引退に合わせて、熟練した技能を身に付けていたベテラン社員まで引退してしまうと、その技術自体が日本から消え去り、散逸することとなる。

 技術力の海外流出も懸念される。これまでにも日本人技術者が中国や韓国にヘッドハンティングされるケースが珍しくなかったが、引退するには早い年代の社員たちの中には仕事を求めて海を渡る人も出てこよう。「オリジナルの技術」を持参金代わりに提出したならば、日本企業の競争力はさらに低下する。

 一方で、特異な技術力を持った中小企業の中にはM&Aによって事業承継するところも増えてきた。あるいは、さまざまな中小企業がもつ特異な技術力をデータベース化し、全国各地に散らばる中小企業を連携させることで新技術に結びつけたり、大企業からの仕事を受注したりする取り組みもある。こうした新たな動きも強まるだろう。

 中小企業を取り巻く環境は厳しさを増してきている。労働生産性の低さを指摘する声が小さくなく、デジタル化への対応の遅れも懸念されてきた。地域金融機関の統廃合の流れが強まってきていることも逆風だ。こうした課題に、経営者の高齢化問題が追い打ちをかける形である。

 経産省は後継者未定の企業がこのまま休廃業・解散へと結びついていったならば、2025年度までの累計で約650万人の雇用が奪われ、約22兆円のGDPが失われると試算している。

 個々は小さな存在だが、数が多い分、大きな流れができれば社会に与える影響は大きいということである。2020年代に起きる中小企業の激変は、日本の産業構造を「底の部分」から変える動きへとつながっていくかもしれない。

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