胆沢物語『松浦長者①』【岩手の伝説㉑】
参考文献「いさわの民話と伝説」 編:胆沢町公民館
【四章】松浦長者【一節】
第二十七代、安閑天皇の代に、九州は筑紫肥前松浦の里に、松浦長者と申す者が住んでおりました。
※安閑天皇は在位531~536年。古墳時代。
※筑紫肥前松浦・・・つくしひぜんまつら。筑紫は九州の総称。肥前は現在の佐賀県、長崎県。そこに松浦郡があった。
※時代背景がバラバラな話が出てくるので正確ではない。
その長者の持つ財宝は数知れず、豪勢さは隣国の唐土までも聞えておりました。
まずその比類なき財宝のいくつかを数えてみることにしますと、目も眩むような黄金が湧いて尽くることのない鉱山を、九つまでも持っていたといいます。
第二に、白銀の湧くこと無尽と称する山、十三も数えました。
第三に、屋敷の南表には、浄らかな清水の湧く泉が七つもありました。
この泉は、どのような干魃(かんばつ)の時でも尽きることがなくコンコンと湧いていましたし、どんなに大雨大風の日でも濁るということはありませんでした。
第四に、東面の柴山に、音盤(おとわ)の松と称する松の木が一本あって、この松の根方に寄り添って、松を吹くそよ風に吹かれると、七、八十歳の老人でも十七、八歳の齢に甦るという、寿命の松の別名もある松の木でありました。
第五の財宝に、邯鄲の夢の枕を五つ持っておりました。
この枕をして一時眠れば、如何なる疲労もたちまちにしてとれるばかりでなく、明日をも知れぬ大病の人も、即座に平癒するという不思議な枕でした。
※邯鄲の夢の枕・・・かんたんとは鈴虫に似た虫。中国の故事で、人生の栄枯盛衰のはかないことのたとえ。ここから派生した話だと思われる。
第六の宝は、麝香の犬、五匹までも持っておりました。
この犬の分泌物は非常に芳香を放ち、常に身に付けると若さを保つという物でした。
※麝香犬・・・じゃこういぬ。麝香鹿や麝香猫の別名。どちらも分泌物が香水に利用される。
第七の宝には、飛剣三振を持っていました。
この剣を持っておれば、如何なる悪魔に襲われても絶対に防ぐことができるという物でありました。
※三振・・・さんふり。三本。
以上七つの財宝に恵まれて、松浦長者の生活は豪華なものでありました。
しかしここに一つ、長者に不足がありました。
それは子宝に恵まれなかったことでした。
妻を迎えて二十数年、ある時は諦めもしましたが、やはり世継ぎのいないことは、多くの財宝にうずまる生活の中にあっても、大きな淋しさでありました。
それは年を加えるごとに大きくなっていきました。
思い余った長者夫婦は、ある夜しみじみと相談しました。
もうこの上は神仏にお願いするほかはない。
聞くところによれば、長谷寺の観音様は非常に慈悲深く、思い余った人間どものお願いをお聞き届け下さるということだ。
もしそれでも叶わなければ、夫婦ともに髪を剃り落とし、墨染めの衣に身を浄め、心の垢をそそぎ落すよりほかはないと決意し、思い立ったるは吉日と装束を改め、長谷寺観音様へ願掛けの旅へと出立いたしました。