替馬壇の地に行ってみた【プチ・フィールドワーク①】
かえまだん、俗称ではキャマダと読む。
平安時代後期の東北地方で、源頼義・義家親子が、東北の豪族、安倍頼時・貞任(さだとう)・宗任(むねとう)親子を鎮圧する戦がありました。(前九年の役)
源義家(通称・八幡太郎義家)が安倍貞任を追って見分森の近くを通った時、愛馬の香月が倒れてしまいました。
その地に丁重に香月を葬り、新しい馬に替えました。
後にそこは壇山と呼ばれ、牛馬の埋葬地となりました。
そうして替馬壇(換馬壇)と呼ばれるようになったそうです。
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証拠となる物は何も発掘できなかったようですが、こうして伝説が語り継がれています。
紅葉が綺麗な替馬壇の地。
愛馬の香月に関する伝説は他にも残されている。馬がこれだけ名を残すということは余程の名馬だったのだろう。
前九年の役に関する伝説