トインビー「世界文明は来ようとしている」【慶應義塾大学法学部・論述力試験】
慶應義塾大学法学部の論述力テストで2016年、トインビーが出題されました。トインビーの文明観を400字でまとめ、「世界文明は来ようとしている」という見解について、論述するものです。
トインビーは1889年のロンドン生まれ、オックスフォード大学出身の歴史学者です。27歳頃より文明論の構想を考え始め、32歳から国民国家単位ではなく、文明単位の著作を次々に発表していきました。(1922年頃)
36歳から王立国際問題研究所(チャタム・ハウス)の所員となって「国際問題大観」の執筆にあたりました。主著「歴史の研究」で、有名となり(1946年 57歳)8年をかけて全十巻を完結しています。
1975年 86歳で亡くなるまで、世界各地を訪問、日本にも何度か訪れ、講演などもしています。
トインビーの文明観は、西洋中心の文明から、東洋文明をも踏まえて、世界文明へとゆく発展的文明観です。
とくに、日本と中国の文明に焦点をあてて、世界史の構成要素は文明である、という立場から、世界史は主役である大文明ばかりで成り立っているのではなく、脇役的小文明も重要な役割を果たしているとしています。
注目されるのは、東アジアへの期待という視点です。1970年代、80歳代になってから、自説を修正し、「図説 歴史の研究」(1972年)「日本の活路」(1975年)などで最終理論を展開しています。
それは、世界史の主導権は東アジアに移るだろう、そして東アジアに世界政府ができるだろうと言っていることです。
東アジアとは日本・中国・韓国のことです。西洋文明の中心的存在であるユダヤ系宗教には、自然観において欠陥があり、人間が自然をどのように扱ってもよいという自然蔑視の考えがあるというのです。
宗教としても独善的な排他性と非寛容、その擬人的な神観の不当を指摘しています。これが工業化による自然破壊を生んだとしているのです。
特にキリスト教の自然観は、自然の尊さ、自然に対する畏敬の念という、人間的感覚を麻痺させ狂わせてしまった、としています。過度の工業主義を「脱工業化」することは、「自然の神聖さを取り戻す」ことだ、としています。
東アジアの宗教的伝統は、自然の尊さに対する人間的感覚を保存しており、その貴重な感覚が過度の工業化に対して解毒剤となると期待しているのです。
これが東アジアへの期待なのです。
世界国家は全世界を統合するのであるから、人類が生き延びるための文化的資質がいる、と言います。
東アジアの歴史的遺産としてあげているのは、儒教的世界観に見られるヒューマニズム。儒教と仏教のもつ合理性。道教のもつ宇宙の神秘性に対する感受性。人間が宇宙を支配しようとすれば、自己挫折を招くという認識。仏教と神道がもつ、人間の目的は自然の支配ではなく、人間以外の自然との調和にあること等です。
西洋的工業主義ではなく、東洋的自然主義の中に、世界文明と世界政府が存在するというのです。二十一世紀はアジアの時代と言えるのではないでしょうか。