カザルス指揮の「マタイ受難曲」…ひょっとしてチェロも弾いている?
カザルス指揮によるバッハの『マタイ受難曲』の音源があった。
1963年6月16日、アメリカのカーネギーホールでの録音とのこと。
昔なんかで読んだ文章の中で、”マタイ受難曲の録音はしているが音源としては未発表”というような記事があって非常に残念な思いをしたのを覚えていたので、これを見つけられてすごく嬉しい。
カザルスはその時86歳。
『カザルスとの対話』(J.M.コレドール著 佐藤良雄訳)によると、おそらく1952年頃のインタビューだと思うのだが、カザルスは「私のもっともあこがれている望みの一つは、自分の解釈にしたがって《マタイ受難曲》を指揮することなのだが、私はこの演奏を、私の《音楽的遺言》にしたいと望んでいる」「自分の最後のもっとも切なる願いがいつか実現するように望んでいる」と語っている。
そのカザルスの夢が10年越しで実現したんだろう。
つまみ聞きをしていると、どうもチェロがところどころカザルスっぽい。音色、低音の迫力、16分音符や32分音符の鋭さ、トリルのニュアンスなどのフレージング、あとカザルス特有のうなりごえ(笑)のまとわりつき方からもそうとしか思えないところがいたるところで聞かれる。
指揮を取りつつ、要所要所でカナメと思う通奏低音でチェロを弾いているんじゃないかな?
たとえば、第66曲「甘美なる十字架」、バスのアリアのこの通奏低音。
バッハはこれをヴィオラ・ダ・ガンバでやるよう指定しているが、カザルスは堂々とチェロでやっている。ガンバだとどこか寂しい風情な感じとなるが、カザルスのチェロだとかなり濃密で熱い。
あの唸り声から始まる前奏からして気合い満点で、そして曲のエンディングもチェロがあまりにドラマチックで感動的、そのため終わりの音が鳴り終わる前に拍手が起きてしまったりもしている(全曲のなかでもここだけじゃなくて、いろいろな箇所で拍手は入っているが)。
「オレはどうしてもこう弾きたい!」というカザルスの熱い思いを感じて感動してしまった。
有名なホワイトハウスでのコンサートがやられたのが1961年の11月。その時でもすでに84歳。
指揮者としては1960年代後半くらいまでの音源はあるようだけど、チェリストとしての音源がこんな時代のまでもあるとは思っていなかった。
ひょっとしたらチェロの録音としては生涯最後の録音とか…?
いずれにせよ、チェリスト・カザルスの最晩年のチェロ音源という意味でもかなり貴重なんじゃないかな。
ちなみに、カザルスの音のエネルギーに影響されて、今、この通奏低音をチェロ無伴奏っぽくアレンジできないかと試行錯誤中(笑)