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今宵は正午に日が落ちます。
夜に眠ろうと思うと、夜になってから眠る前のひとり時間を許させる限り堪能しようと考えてしまう。助走が必要なのにスタートラインから始めようとして、走るための準備運動を白線の前に立ってから始めるようなお人なのよ。人間、理解していることと結果を生むことは別のようで、まるで脳とその他の肉体は別物であるかのようね。私も同様、夜を待っている時点でそれは明らか。
それならば、と夢を膨らませてみようと思ったのは十四時頃のこと。
お昼が夜と考えて、お昼から夜の行動をとってしまえば眠るまでの時間が倍に感じられるのではないでしょうか。名案。実行する前に脳内でシミュレーションしてみよう。
正午に夜は訪れた。あの太陽は幻覚だ。
カーテンを閉めても漏れ出る光には目を瞑り、部屋は常夜灯をつける。今日からこの電球が月だ。
「この月は常夜灯のようだわ」
今の私を見れば隣人もきっと羨ましがるに違いない。だって毎日満月なんですもの。
晩酌を始めよう。缶のままで問題ないはずのおビールをグラスに注ぎ、煙草と小説とスマホを机に置く。一口喉を通ってしまってから思ったが遅かった、お風呂に入ってから呑むべきだった。これはもしや「実はお昼なんだ」と自覚してしまっている証なのかもしれないと思うと、自分がとても恥ずかしく思えてしまってお口に残るおビールの苦味が増したように感じた。
いやいや、私の夜は長いんだもの。何を気にする必要があるのかしら。勢いよく二口目を飲み込むと、上がってきた泡を静かに吐き出し、小説を開いて片手に煙草を持った。
きっと二十ページほど読み進めたら一度閉じてスマホを触りはじめ、通知の確認やらゲームに寄り道をする。そしてまた時間を確認し、もうこんなに経ったのかと小さな絶望感を避けようもなく、正午から今までの自分の怠惰ぶりに嫌悪すら抱いて、もう一度小説の世界に飛び込む。
座り続けて痛くなってきたお尻のせいで集中力が途切れ、栞を挟んでまた閉じる。ぬるくなってしまったお酒を飲み直し、常夜灯のような月を見上げる頃だろう。
夜、夜、夜。もうすぐ、あの人も、また違うあの人も、夜を迎える。わざわざ月を探して空を見るようなタイプの人なのかしら。それとも急いで帰宅して家のことに追われる夜か。当てもなく散歩をしてみるような人、でもないか。最後の一口はとくに苦い。でも、夜に味わう炭酸の抜けた苦いおビールが私は嫌いじゃない。空が低い私の夜は、疲労感のない冷えた指先と暖色の寒さ。栞に二度触れたことだけが昨日との違い。
立ち上がって背筋を伸ばす。カーテンを開けたのは誰かと同じ空を見たくなったわけじゃない。昨日の私の顔を見たくなっただけ。
湯船に浸かった裸を見て、ただのお昼だったことを知り、昨日と大して変わらない時間に身体を洗っていることにまた恥ずかしくなる。いいや、夜の続きだ、ともう一つ空き缶を増やす自分への優しさで十二月の寒さを抱いた。
十五時。シミュレーションを終えた私はお酒など入っていなかった冷蔵庫を開けた。