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考えないで書く

最近は、前より書くことが減った。

毎日投稿をしていたときは、うまくかけているのか書けていないのか、あまり深く考えずにエイヤと投稿をしていた。あまり深く考えずに投稿していたために、後になって中途半端な記事になってしまっていないかと思い返すことがあった。
毎日やっているとそれなりに追われている感覚があったので、エイヤと出してしまうことが必要になる。そのことによって、時間をかけてもっと練ったたらもっとまともに書けたかもなどと思ったこともあった。

実際には、思い返そうが思い返すまいが、中途半端な記事を出していたと思う。

最近は、毎日投稿を辞めて間隔が空くようになった。そうすると、一度書いて寝かせることがある。あるいは、最後まで、書ききらずに途中の段階で一回寝かせることもある。一つの記事あたりの作成時間は長いかもしれないが、全体でみれば文章の作成にあてる時間そのものが減った。ほかのことが忙しくなったというのもある。

それによって特別何かが変わったということもないが、前よりも文章がスムーズに出てこなくなったような気がしている。限られた時間で一気に書くみたいなのが減った。これは、アウトプットの量そのものが減ったことが原因かもしれない。

あるいは、制限時間の縛りがなくなったからかもしれない。いつまでにやるかが決まっていないといつまでもだらだら先延ばしをしてしまう。時間の縛りがあるから、ある意味必死になってとりあえず書いてエイヤと出していたのかもしれない。

なんとなくアウトプットにムラがあるような気もしている。

しかし、まあ、ここまで言っておいてなんだが、もともと全て大して変わらないという気もしてくる。所詮、シロウトだし書きたいときに書きたいことを、話したいときに話したいことを話せばええじゃないか、というようなところに落ち着く。

そんなことを考えながら、読んだのがこの本。kindleだと450円くらいで買えます。

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NHK出版の学びのきほんシリーズは、そんなに長くないし、すぐ読み終わる。
このシリーズはですねえ。なんともいえないんですよ。どういったらいいのかなあ。誤解を恐れずにいえば、人によっては拍子抜けする可能性があるんじゃないかと思います。絶妙に答えを出し切らないやつが多い、最後は自分で考えましょうみたいな感じ。別の言い方をするとタイトルから得られる期待と内容の到達点にずれがあるのかもしれない。その代わり、読む前の目的と中身が合致しさえれば、本自体が安いから、けっこういい学びになる気がしています。
この本もある意味そういうパターンかもしれません。

タイトルは、「書く」ってどんなこと?である。

タイトルからして、「書くこと」についての学びが書いてあるかなとも思われるが、いわゆるテクニックが書いてあるという感じではない。どちらかというと著者のエッセイに近いのかもしれない。

したがって、「書く」とは何か?その答えを求めてこの本を読むと、もしかしたら拍子抜けしてしまうかもしれない。

個人的には、どちらかというと「書いているときに「わたし」はどんな状態になっているか?」ということが書いてあるんじゃないかと思っている。

書いているときに私はどういう精神状態にあるのだろうか?

こういうことって意外と考えないと思う。
あまりそういう問いでもって考えたことがなかったので新鮮だった。そういう観点でいうと、本書には何か所か押さえておきたいなと思ったシーンがある。

ということで、今日はその何点かをご紹介。

本書は第1章~第3章の3章で構成されています。


「昼間」と「夜」の比喩


 本書に「書く」テクニックを求めてしまうと本書は駄文に見えてきてしまうかもしれない。しかし、「書いているときに私はどういう精神状態にあるのだろうか」という今までにあまり考えたことのなかった問いを立てて読んでみると、特に第1章がすこぶる面白いんじゃないかと思う。

 これは本書に書いてあったことから感じた私の勝手な感想だが、「書く」という行為は、書き手としての「わたし」がやっている、基本的にはひとりでやる行為である。しかし、何かを伝えようとしている。誰に伝えようとしているのか?この「一人なのに、一人じゃない感じ」が、「書く」という行為にはある。

 この点について、一枚の写真から鮮やかに文章を紡いでいくのが第一章。

 あまりにも当たり前すぎて、スルーしてしまいそうなところなのに、「一人なのに一人じゃない」という、ある意味では、異常事態が「書いている」私には発生している。そうか、そんなことを考えるのか。そこに、焦点が当たっていく。
 そして、「昼間」と「夜」の比喩。「書く」ってなんとなく「夜感」がある。
 ということで、第一章は、ぜひ「書いているときに私にはいったい何が起こっているのか!?」という問いを携えて読んでみていただけるといいのではないかと思う。

考えずに書く


 第2章を読んで、作家さんはすごいと思った。

 冒頭でも少し触れた考えずに一気に書くという話です。

 著者は、40年以上前、一日に書けるのは、400字原稿用紙3枚、せいぜい4枚だったとのこと。そんななか、半年かけて書いた原稿用紙250枚の投稿が最終選考に落ちてから、別の選考のお誘いがあったらしい。
 しかし、その締め切りは2か月後で、原稿用紙500枚分は必要とのこと。60日間で原稿用紙500枚分。当時はワープロもなかったので大変である。

 時間がないから考える暇もない

 著者は、苦肉の策で「考えない」で書くことになったとのこと。

 著者は、「わたし」の中にある何かをとにかく外に出した。「昼間のわたし」を黙らせて、「夜のわたし」をそのまま出した。
 そうして、著者は1か月でほとんど書き損じなく書き終えたとのことである。

 いまだとワープロなので、書き損じがあったら修正が自在だが、原稿用紙で一気に書けるのは本当にすごいと思った。今だったら最初に、大まかな構成を決めることもあるだろうし、後から順番を変えたり、加筆修正をしたりなんてことは当たり前だ。
 しかし、実は、書き損じなく一気に書いたほうが、少なくとも「わたし」のなかにある何かを素直に端的に外に出しているのかもしれない、なんてことを思った。

 自分のなかにある「なにか」を「昼間のわたし」の検閲なく、ひたすら吐き出す。

 「考えないで書く」価値みたいなものに触れられるのが第2章である。

 一方で、第3章は第2章とは真逆とも思えることが書いてあるように見える。でも、実は真逆ではなく全く同じことを言っている可能性に気が付く。正直第3章は、ちょっとクサすぎるかなと思ったのですが(笑)、第2章と第3章はそこまで行ってはじめて対になって成り立つように見えてくるから不思議である。

 要は、第2章以降の部分も「書くとは何か」というよりは、「書いているとき「わたし」はどういう状態になっているか」ということを論じている。

 つまり、「一人なのに、一人じゃない感じ」。これってもしかしたら、異常事態なのかもしれない。
 この状態をどうやって楽しめるかが書くことを続けるコツなんじゃないかななんて思ったりした。


 てなわけで、無理なく安定したアプトプットが出力できるようになりたいと思いつつ、実は、書くという行為そのものに、「わたし」の状態を特殊状態に持って行く魔力みたいなものがあるということに気づかされた。
 そんなことを考えながら、毎日は難しくても、書く状態に入っていくペースをつかめるようになったら面白いんじゃないかとも思います。

 ということで、この記事を書くという特殊なモードもそろそろ終わりに近づきながら、「今日一日を最高の一日に


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