コロナ禍に読みたいマンガ。『リウーを待ちながら』は、医療従事者のリアリティを描いた作品。
優れた作家は予言者になるか
今年3月、漫画『AKIRA』は東京オリンピック2020の「中止」を予言していた、と大きな話題になった。思うに、漫画における「予言」には2種類あり、1つには自然災害や事故などを「偶発的に当ててしまう」場合と、1つはSFや近未来を描いて「科学的知見や分析から」当ててしまう場合。
どちらにも共通するのは、たぐいまれなる想像力から創作世界に「未来の現実」落とし込んでいることだけれども『AKIRA』のように前者は直観とも第6感という類に近く、後者は現状の研究分野が〇年後の実現可能かどうかを分析、推論をし答えを導く。リアリティによる説得力は、ときに予言になるわけだ。
『リウーを待ちながら』(朱戸アオ著)もそういった「予言漫画」の一作品に挙げられることだろう。別の世界線で起きた、ノンフィクションを読んでいる感覚を覚えた。優れた作家というのは時に未来を言い当ててしまうのか?本作を読んでまさかの思いにとらわれた。
本作はイブニング(講談社)にて2017年1月から連載されたコミックで、2018年1月の連載で全3巻が発売され、現在はkindleにて手に取ることができる。現在はコロナ禍を受けてコミックDAYSでは8話分を無料掲載している。反響の大きさから4月1日より最終話までの無料の週刊連載がスタートした。
5月20日以降に、増刷が決まったというので。こんなすごいマンガがあるよ、というおすすめ記事です。ネタバレはしてませんが気になる方はご注意ください。
架空の都市で感染拡大した医療現場
2020年5月4日、日本政府は緊急事態宣言の延長を発表。ゴールデンウイーク明けの都内はどこか日常に戻りつつあるようにも見えた。ひと月経て、5月14日には32都道府県で緊急事態宣言の解除が発表されようとしている。しかし本作を読んだいまでは、この平穏も、かりそめに過ぎないのかもしれないとさえ思えている。
日本政府が取り組んだコロナ対策は失策が続いた。そのうえ、発熱期間にはじまる政治家発言の数々……。
未だ先行き見えない状況に医療現場は崩壊寸前で、未だ防護服や、サージカルマスクは足りている状況だと聞いている。社会情勢の不安をあおるようなTVやSNSを見るたびにため息が出てしまう、なぜ日本は感染症に「負けて」しまうのか?
最初から崩壊は決まっていたのか。『リウーを待ちながら』は架空の都市で感染拡大した医療現場を描き、疑問を投げかける。
『リウーを待ちながら』あらすじ
舞台は、富士山麓の美しい街S県横走市なる架空の地方都市。自衛隊が駐屯するこの地域で、突如吐血し亡くなる患者が相次ぐ。
原因不明の病に内科医・玉木涼穂医師は、アウトブレイク寸前の最前線に感染病の権威・原神とともに立つことになる。
敵は「ペスト菌」だ。しかし短期決戦になると思われた戦いに、多態性サルモネラ菌と合体した致死率100%の「新型」に変異。有効なワクチンも対処法もない状況は、まさにコロナ禍に見舞われた今と重なる部分も多い。
このとき原神らの早急な判断が下され、横走市は封鎖される。日本をペストが襲った中世ヨーロッパにしないため――。タイトルにある「リウー」これはカミュが書いた小説『ペスト』に登場する医師の名だ。
人は常になにかを待っている
そしてもう1つタイトルに引かれているあろうベースラインとして『ゴドーを待ちながら』がある。有名な不条理劇、ゴドーという人物をひたすら待つという会話劇。ネタバレというわけでないが、ゴドーは最後まで現れない。この劇の解釈は様々あるが、どこかで拾い読みした「人間は常に何かを待っている」解釈が一番しっくりきている。リウーは現れるのか? 物語を通じ示されるのは、感染拡大を前に人はもろい。なにかに期待し裏切られ、それでも待ち望んでしまう。愚かしさと慈しみ抱え、生きていく事しか出来ない人を描く。
本作もそうだ。発熱から診断までの区画わけ、行列時でのソーシャルディスタンスや、配給、SNSのコミュニケーション、一方で「自粛ポリス」にちかい感染者狩りといった過剰反応や、政治家の進退。
封鎖された市民同士の過激化も、感染地域への差別も、遺族へのケアもままならない状況も。
国内、海外で起きている事実なんじゃないのか。まるで現在を予言していたかのような展開に言葉を失ってしまった。
忘れられないシーンとセリフ
母と子が感染者として運び込まれたシーンは忘れられない。
空地スペースへ設営された10以上のテントへと患者は収容され、テントには患者が約6床ずつ分けられるが「新型ペスト菌」の発症からの死への訪れは早く、また逃れられない。順々に患者を人工呼吸器につなげていると、患者の母親が、とぎれとぎれに幼い息子の名を呼ぶ。別々に隔離されてしまったことと聞いた玉木医師は、空のストレッチャーを押して息子を母の元へ連れてこようとする。が、院長が制止する。「持ち場に戻れ 今すぐにだ!!」
「できることをしたい」玉木医師は、真っ向返す。母子は再会を果たすものの――防護服を脱ぎ、彼女は屋上でひっそりと本音をもらすのだ。
現時点で国内のコロナ感染による死者は700人を超えた。3.11もそうだったが、忘れてはいけないのは、一人ひとりの死が700回あったという事実。疲弊していく医師ら、応援に出るも脱走者の出る自衛隊員。壮絶な医療現場を想像して、思わず胸が詰まった。
「リウー」はいつ現れるのだろう。いまの私たちができることは感染予防と「人と距離を保つこと」くらいか。
玉木医師の父とのセリフ「もっと諦めながら頑張らないと」
最後に、まだ渦中に私を励ましてくれた、玉木医師の父とのセリフを紹介したい。作品中で明言はされないが、国境なき医師団のひとりとして多くの人命を救っていた。そんなとき、幼い玉木医師と山中で車のトラブルに見舞われる。救助を呼ぼうと躍起になる彼女に、父はこう言い放つ。「この世界にはコントロールできることとできない事があるんだ。もっとあきらめながらがんばらないと続かないぞ」と。
もっと諦めながら頑張らないと。情報に一喜一憂の日々が続く。私も早急な答えをもう求めるのはよそう。「怖さ」と「希望」が入り混じる本作。
余談だけれども当時の連載では反響はそんなに高くなかったと思われる。しかし感染拡大に、物語が日常がぐっと近づいたいま、再度評価されるべきときだと思われる。一部SNSでも話題になり始めているが、どうか来たるべき明日のため、ぜひ今、読んでもらいたい作品となった。いまはただ『リウーを待ちながら』。
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