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食用油と健康の逆説 XI:健康とコレステロールその②

前回は一般的に悪玉コレステロールと呼ばれるLDLコレステロールを中心に紹介しました。
その悪玉コレステロールが高いほど病気になると言われています。


シリーズIVで7カ国研究という研究を紹介しました。
その中で、日本人は最もコレステロールが少なかったことが報告されていました。

低コレステロールが健康的に思いますが、この頃の日本では、脳血管疾患が死亡原因の第1位でした。
その理由を考えていきます。


低コレステロールと脳の病気

出血性脳卒中は、くも膜下出血や脳内出血とも言われ、脳内の血管が破れて出血することで起こります。


出血性脳卒中は、日本や中国などに多い病気の一つです。
その理由の一つが、低コレステロールと考えられています。
一方で脳に血栓ができて脳に血液が行き届かなくなるのが虚血性脳卒中です。
(僕に起こったのは脳梗塞で虚血性脳卒中です。)


出血性脳卒中は虚血性脳卒中よりもはるかに危険な病気です。
出血性脳梗塞は虚血性脳梗塞に比べ、神経障害が起こりやすくなり、30日以内の死亡率は、虚血性脳卒中がわずか7%に対し、出血性脳卒中は28%となっています。


日本や中国の人たちは、欧米諸国の人たちに比べて、平均してコレステロール値が60%ほど低くなっています。


中国と日本の124,774人を対象に血圧、69,767人を対象にコレステロール値が脳卒中に関連があるか調べたコホート研究があります。[1]


平均血圧は、124/78mmHg、平均コレステロール濃度は174mg/dL(4.5mmol/L)でした。
1,798件の脳卒中が発生し、そのうち751件が出血性脳卒中と診断されました。


平均血圧が下がるほど、出血性、虚血性共にリスクが低下する傾向が見られました。


しかし、コレステロール値が低下すると、虚血性脳卒中のリスクは低下したものの、出血性脳卒中のリスクが上昇する傾向が見られました。

スコットランドの調査研究では、コレステロール値が上昇するほど全てのタイプの脳卒中後の死亡率低下と関連し、コレステロール値が40ポイント低下するごとに死亡リスクが上昇しました。


結論では

我々のデータは、脳卒中の予後不良と血清コレステロール濃度低下との関連を示唆している。 高齢者を対象とした前向き対照研究でコレステロール濃度低下の有益性が確認されるまでは、急性期脳卒中の二次予防としてコレステロール低下ガイドラインの適用を正当化することはできない。

と示しています。[2]


このような高コレステロールの方が脳卒中に対して有効的であるという結果は、いくつもの研究で確認されています。[3][4][5][6]


その理由の一つとして、高コレステロール濃度はy-グルタミルトランスフェラーゼ(GGT)という酵素とアセチルコリンエステラーゼ(AChE)という酵素の作用を調節することによって、神経保護効果を示す可能性があるからです。


これらの酵素はアミノ酸の取り込みと輸送に関与しています。


ウサギに高コレステロール食を12週間与えた実験では、食餌実験終了後にGGT活性は21%低下し、AChE活性は44%上昇しました。[7]


血清コレステロールが高い患者では、この作用によって、興奮毒性アミノ酸の神経毒性作用を減少できる可能性があります。


急性脳内出血で入院した患者は、LDLコレステロール値が高いほど、院内死亡率と血腫の拡大が低下したと報告されています。[8]
逆に低い患者は、血腫の拡大と早期の神経悪化、3ヵ月以内の死亡リスクが高かったと報告されています。[9]


脳は身体の中でもコレステロールが多い臓器です。脳内では全身の25%ものコレステロールが占めています。


その脳内にある神経細胞は、体重のわずか2%しかありませんが、神経細胞は全身のコレステロールの20%を含み、そのうちの70%はミエリンという神経細胞の軸索という神経信号が伝わる繊維の絶縁体に使われています。


神経細胞を喩えると、シナプスが電球、ミエリンが銅線のような感じです。


コレステロールはグリア細胞や神経細胞の膜に存在していて、神経細胞の修復や発達のために再利用されています。[10][11]


ここで前回の補足を踏まえて、今一度、コレステロールの役割について再確認しましょう。


コレステロールの役割

細胞膜の一部として不可欠なもの

・膜脂質の25~30%を占める
・膜の流動性と透過性を調節する
・多くの表面受容体(βアドレナリン受容体を含む)の活性を調節する。

胆汁酸の生産

・一部の脂溶性ビタミンの摂食調節
・疎水性化合物(主に脂溶性のもの)の排泄促進
・脂肪、グルコース、エネルギー代謝におけるシグナル伝達役割
・粘膜免疫と炎症の調節

ビタミンDの生成

・骨格および筋緊張の調節
・免疫調節
・抗菌ペプチド産生

免疫機能を補助する

・免疫を調節
・毒素を結合

ホルモン前駆体になる

・コルチゾール
・エストロゲン
・テストステロン

オキシステロール(酸化コレステロール)

・免疫系と炎症を調節する
(B細胞およびT細胞機能、好中球、樹状細胞、インフラマソーム活性化)
・コレステロールホメオスタシスの調節
・多すぎると害を及ぼす(シリーズX参照)

コレステロールは前回お伝えしたように身体にとって必要不可欠なものです。
そのため、病気やストレスによって使われるとコレステロールは一時的に減少し、必要がなくなればまた増えてきます。


コレステロールと心臓病

コレステロールは組織の成長や修復、複製にも使われています。[12]


急性心筋梗塞を起こした患者では、発症後1日目にコレステロールが急低下し、2日目には急上昇し、10日目には発症前のコレステロール値にまで戻ることが確認されています。
発症後は組織の修復のためにコレステロールが使われ、コレステロール要求に対して産生が多くなっていることが示唆されます。[13]


慢性心不全の患者では、血中の総コレステロールが少ないほど、発症後の経過が良くないことが確かめられています。[14]


心不全の患者の5年後の生存率では、血中の総コレステロールが低いほど生存率が低くなり、血中の総コレステロールが高いほど生存率が高くなりました。[15]


70歳以上の高齢者997人の採決結果を調査した前向きコホート研究では、低コレステロールの高齢者が心臓発作で死亡する頻度が、高コレステロールの高齢者に対して2倍になりました。[16]


組織の成長・修復・複製にコレステロールが関わると考えると、組織の健康を保つためにコレステロールが必要になると考えられます。

心臓の病気の発症とコレステロールの関係については、コレステロールそのものが原因というよりも、他の要因があるのではないかと考えられています。
その要因を紐解いていきます。


コレステロールと病気の関係は?

コレステロール値が低いと消化器疾患や呼吸器疾患で死亡するリスクが高くなります。[17][18]


感染症も低コレステロールでかかりやすくなります。[19]


低コレステロール血症と高コレステロール血症の人に分け、免疫のはたらきを調べた研究があります。


平均総コレステロール濃度151mg/dlの健康な成人男性19人の低コレステロール群と総コレステロールが平均261mg/dlの同年齢の男性39人の高コレステロール群をそれぞれ検査したところ、
低コレステロール群では、白血球が有意に少なかったことがわかりました。[20]


重症心不全患者200人に5年間行った追跡調査では、アネルギー(anergy:異物に対する生体の防御機構による応答の欠如を示す状態で、アレルギー(免疫反応が特定の抗原に対して過剰に起こる反応)とは異なる)は、患者の45%にみられました。


アネルギーを起こした患者は、それ以外の患者よりも死亡率が高く、総コレステロール、LDLコレステロール、HDLコレステロール、中性脂肪が低かったことも特徴でした。[21]


また、細菌が出すエンドトキシン(LPS:リポサッカライド・リポ多糖)という毒素が動脈硬化の発症に寄与している可能性があることが示唆されています。


エンドトキシンがLCAT(レシチンコレステロールアシルトランスフェラーゼ)という酵素の活性を阻害し、エンドトキシンとリポタンパク(LP)の複合体である、LPS-LP複合体を形成することが確認されています。[22]


LCATは使い古したコレステロールをHDLコレステロールに回収させる酵素です。
つまり、LCATが阻害されると身体の中に不要なゴミが溜まると考えられます。
実際にアテローム層からは、細菌の成分などが検出されています。[23][24]


このようにアテローム性動脈硬化は、細菌やウイルス感染症による炎症の過程で起こることが様々な研究で指摘されています。[25][26][27][28][29][30][31]

エンドトキシンが身体に循環すると敗血症を起こします。
この時、総コレステロール、HDLコレステロール、LDLコレステロールは低下します。[32][33][34][35][36][37]


敗血症でなぜコレステロールが低下してしまうのか、それにはコレステロール合成の低下や輸送障害、代謝の更新や、エンドトキシンによるコレステロールの消費が関係していると考えられています。[38]


コレステロールが低いと、免疫に悪影響があることが示唆されています。[39]
そして、前回お伝えしたマクロファージのはたらきにも影響を及ぼしています。[40]


これらを全部踏まえて、このシリーズXIにおける僕の考察へと進みます。


考察

アンセル・キーズの7カ国研究(SCS)が行われた年代は、日本ではちょうど高度経済成長期にあたり、水質・水源汚染、自然破壊、大気汚染が深刻化し、各地で公害が明らかになった年代でもあります。(四大公害裁判などもこの年代に起こっている)[41]


脳血管疾患の死亡率のピークは、ちょうどこの頃と重なり合います。[42]
大気汚染は免疫や神経系に大きな悪影響を及ぼすことが指摘されています。[43]
SCSでのアメリカの場合では、データは大気汚染にさらされていた鉄道員でした。


コレステロールの機能から考察すると、
・身体に不調が起こるとコレステロールが必要になる
急性心筋梗塞を起こした患者では、コレステロールが低くなったり、高くなったりしました。


・身体が正常に機能するためにもコレステロールが必要になる
コレステロールは多くの役割を持っています。
コレステロールは組織の成長や修復、複製にも使われていました。


脳卒中においては、低コレステロールだと出血性脳卒中のリスクが上昇します。
そのため、脳の血管の傷の修復にもコレステロールが必要だと考えられます。


・コレステロールが免疫のはたらきに重要な役割を持っている
低コレステロールで感染症になりやすかったり、白血球が減少したり、免疫のはたらきに重要な要素を持っています。


つまり、低コレステロールだと身体を守ったり、補修する材料が足りなくなるという恐れがあります。
そこに、シリーズXでお伝えしたOx-LDLの害が加わったこと。
大気汚染などのリスクファクターが加わったこと。


あくまで僕個人的な考えではありますが、いくつものリスクファクターが関わっていたことが、日本人に脳血管疾患が多かった要因だったのではないかと考えています。

なお、適切なコレステロール値については、僕の中でまだまだ多くの疑問や腑に落ちない点がいくつかあります。それは、多くの文献でOx-LDLが考慮されていないことや、スタチン系製剤によるコレステロール低下薬の効果が矛盾したものが多いからです。


僕としては、食事からPUFA(多価不飽和脂肪酸)を極力排除していくことが、重要だと考えています。


つづく


【関連記事】


【参考文献】

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[2]Influence of cholesterol on survival after stroke: retrospective study.
BMJ . 1997 May 31;314(7094):1584-8.  

[3]Higher total serum cholesterol levels are associated with less severe strokes and lower all-cause mortality: ten-year follow-up of ischemic strokes in the Copenhagen Stroke Study.
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[4]Effects of clinical and laboratory variables at admission and of in‐hospital treatment with cardiovascular drugs on short term prognosis of ischemic stroke.
The GIFA study. Nutr Metab Cardiovasc Dis. 2013;23:642–649.

[5]Low total cholesterol level is the independent predictor of poor outcomes in p™atients with acute ischemic stroke: a hospital‐based prospective study.
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[6]High cholesterol levels are associated with improved long‐term survival after acute ischemic stroke.
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[7]Functional properties in vitro of systemic small arteries from rabbits fed a cholesterol-rich diet for 12 weeks.
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[38]The Many Roles of Cholesterol in Sepsis: A Review.
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[39]HDL in innate and adaptive immunity. Cardiovasc Res . 2014;103:372–383.

[40]Intracellular lipid flux and membrane microdomains as organizing principles in inflammatory cell signaling. J Immunol . 2011;187:1529–1535.

[41]環境再生保全機構 公害健康被害補償予防制度40年のあゆみ 大気汚染の様態の変化

[42]厚生労働省:令和3年(2021)人口動態統計月報年計(概数)の概況

[43]Air Pollution: Possible Interaction between the Immune and Nervous System?
Int J Environ Res Public Health . 2022 Nov 30;19(23):16037.

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