日本人を不幸にしている「欲望の無限ループ」
スマホ社会とネガティビティ・バイアス
幸せに生きていれば、人々はマインドフルネスや瞑想といったものは求めません。しかし、それが求められているということは、やはり幸福度が下がってきているのではないかと私は思います。
メンタルの疾患が増えているのは事実です。人々はスマホをずっと持ちっぱなし、見っぱなし。情報がタダになり、SNSによってスマホの世界に吸い込まれて「スマホ脳」になっています。
人間の進化は何千年、何万年もかけてきたものなのに、テクノロジーの進化はこの20年ですよね。ついていけなくなり、脳が疲れて限界に達するのも当然のことでしょう。
『モンク思考:自分に集中する技術』では、ネガティビティについて詳しく解説されていますが、そもそも進化論的に、人間はネガティブな出来事をちょっと多めに見積もることによって、生存確率を高めるというネガティビティ・バイアスを持っています。ですから、どうしてもネガティブなことを探す癖があるのです。
SNSでは、ポジティブなことよりも、ネガティブなことのほうがバズります。現実の世界では、いいこと・悪いことが同じ割合で起きていたとしても、スマホばかりを見ていると、ネガティブなことを目にする機会のほうが増えてしまいます。さらに、反芻思考によって、ネガティブなことを何度もリピートしてしまいます。
しかし、「スマホのせいで自分は不幸になった」と認識している人はあまりいません。原因ははっきりわからないけど、モヤッとした不安があるとか、「このままでいいのだろうか」と感じてしまうとか、軽いうつ、自律神経失調症などとして症状が出ているわけです。
そして、この問題に対してみんながソリューションを探しています。最近、登山やアウトドア、キャンプ、たき火、サウナ、ヨガ、クラフト、手芸といったものがブームになっていますが、私は、これらを「広義のマインドフルネス」と捉えています。
いずれも、いまこの時間に集中することで脳や心を休ませ、過去や未来のことを考えない時間を持つというものです。つまり、みんなが無意識のうちにマインドフルネス的なことを求めて、すでにやりはじめているわけです。
広告やSNSなどから日々刺激を受け、本当は欲しくもないのに高級車を買ったりする。まわりの人から「いいね」と注目されると、自己顕示欲を刺激されてやめられなくなってしまう。幻想でしかないのですが、人々の欲望をかき立てることで経済を成り立たせているのが資本主義の世界でもあるわけです。
本書に、年収が7万5000ドルを超えると、人生の満足度は横ばいになり、お金が人生の質的評価に与える影響は、あると思います✨
メンタルの不調から救ってくれたもの
当時、スティーブ・ジョブズの「明日死んでもいいように生きよう」というスピーチを聞いて感動しましたが、私はいま死んだらきっと後悔するとも思っていました。
とはいえ、積極的に自分の恵まれた状態を捨てるほど不幸でもない。非常に快適な動物園にいるような、マヒしている感覚です。
幸せについてより真剣に考えるようになり、まずは自己啓発書などを片っ端から読み始めました。なにかソリューションがあればすぐ解決すると思っていたわけですね。しかし、なかなか難しい。
そんな中、仏教の本にあった「執着を捨てましょう」という言葉が印象に残り、興味を持ちました。勉強してみると、実はメソッドとしてかなり体系化された世界で、人間が幸福に生きていくためのおすすめのライフスタイルなども紹介されており、これは面白いと思ったんです。そこからマインドフルネスや瞑想も取り入れるようになりました。
実践する中で、やがて、マインドフルネスも瞑想も、人々に興味を持たれていて本は売れているのに、実際にやっている人があまりいないということに気がつきました。
走るなり、瞑想するなり、まずは何でもやってみればよいと僕は思うのです。いくらいい本を読んでも、実践せずに、ただ追い求めてばかりではもったいないですよね。
知識として知っていることと、実践しているかどうかには、ギャップがある。そこを埋めるための活動をしたいと考えて、マインドフルネスのプラットフォーム「MELON」を立ち上げるに至りました。
いまは、明日死ねますかと言われると、死ねると言えそうです。以前よりも収入は大幅に減りましたが、幸せなんですよ。物質主義的でない幸せを得ているからですね。
マインドフルネスは、日本においては新興宗教の影響もあって、以前はあやしいイメージを持たれていました。しかし現在では、科学的な裏付けやエビデンスが加わり、メソッドとしての信頼性が認められ、広く認知されるようになっています。
本書でも解説されていますが、瞑想している状態の僧侶の脳波がどうなっているのかを、科学的に検証するというような研究も行われるようになりました。
科学的に「見える化」されるようになったことで、宗教の世界にはまだまだいいことが眠っているのではないか、何千年もの間、先人たちが行ってきたことにはすばらしい効果があるのではないかと謙虚に受け入れられるようになってきたわけです。
そこに登場して、アメリカでベストセラーになったのが本書ですね。アメリカは日本よりももっと大衆化していて、飛行機の中などどこでもマインドフルネスをやっていたりします。
アメリカは多様性社会ですし、そもそも1950~1960年代の西海岸では、精神世界に興味を持ち、瞑想やドラッグをやるヒッピー文化がありました。物質主義的ではない世界があるということをすでに発見していて、それがマインドフルネスにつながっているわけです。その人たちがハーバードやイエールの研究者になり、最新の論文を出してもいます。
このようにして、マインドフルネスや日本の禅は、アメリカで再発見されて、日本に逆輸入されました。本来は、日本から生まれてもいいブームで、新しいものとして社会に広めればいいと私は思うのですが、「アメリカから来たメソッド」としてありがたがられています。
コロナ禍で浮き彫りになる日本の遅れ
コロナ禍で、マインドフルネスの必要性はますます加速しました。自殺者も増えていますし、正確な統計はまだ出ていませんが、メンタルの疾患も増えている可能性があります。
実は国連は、在宅ワーク向けにマインドフルネスをやりましょうと推奨しています。アメリカでも、ニューヨーク州がマインドフルネスを推奨していて、医療関係者のためのメディテーションなども行われています。
とくに、エッセンシャルワーカーの方はつらいですよね。メンタルケアが必要ですし、「やったほうがいい」ではなく「やらなければならない」という段階です。その点、日本はかなり遅れています。
経営者の方々も、メンタルが病むのは「仕方がない」「こうなるのは当たり前」と言って済ませてしまったり、いまだに「メンタルが弱いんだ」という言葉も聞こえてきたりします。
MELONでは、健康経営を考えている企業からの引き合いがあり、法人プログラムでメディテーションなどを行っています。とくに大企業や外資系企業は早いですね。研修としてマインドフルネスを学び、それを福利厚生で受けられるようにするというケースもあり、関心はかなり高まっています。
経産省の健康経営度調査の評価項目には、「メンタルヘルス」「マインドフルネス」という言葉が入っています。そこをきちんと見ている企業さんは、すでに導入を考えているようです。
個人の人生にも「パーパス」が必要
ビジネスパーソンの方々には、マインドフルネスがいいということはわかっていても、目の前のタスクに追われて、自分の心になんて関心を持つ余裕がないという方も多いでしょう。
私自身、メンタルに支障をきたすというきっかけがあり、内観することで方向転換できましたが、それがなければ突っ走っていたと思います。
一度立ち止まるためには、やはり瞑想は非常に有効です。つまりは、自分のことを観察するということです。
いま自分は不安なのか、幸せなのか。その感情をこまかく観察すると、何か理由があるはずです。それは仕事のストレス、お金を貰えなくなることへの不安、人間関係だったりするでしょう。それを毎日、見つめる時間を作ることで、自分をいい方向へと引っ張っていくための選択が見えるようになるのです。
会社としてのパーパスは注目されていますが、個人の人生に当てはめられるパーパスが必要です。「あなたは人生に何を求めているのか」ではなく、「人生はあなたに何を求めているか」という運命的なものを知るということですね。
それが『モンク思考』で見つかるかもしれません。たいそうな教えではなく、こんなことをすればいいんだよという身近な方法がたくさん書かれているのがいいと思います。
中心となっているのはヒンドゥー教の僧侶の思考法ですが、著者は世界各地のよいとされるものを勉強して、おいしいところを「全部乗せ」しています。多くの人が幸せに生きるためのティップスやメソッドが詰まった1冊ですね。