N/A 年森瑛 感想
凄く面白かった。刺激を受けたし、豊かな気持ちになったし、著者への興味も生まれた。
まず比喩表現が独創的で難解なこと。「うまいこと言ったった」感がなく、奇妙な生々しさが常に付き纏う。そして主人公まどかの、会話における言葉への過敏さ。それはインターネット黎明期から徐々に顕在化してきた、文字のみによるコミュニケーションの不完全さが、今となってはデフォルトになっている世代を代弁している。
僕にはその感触はかなり強く感じられた。他者に対して、剥き出しの心で対峙せざるを得ないという感覚、自分の身一つで荒野を歩いてゆくしかないという寂寥感が、女子高生の日常から立ち現れてきたことにリアリティを感じたのだ。
「摂食障害」「生理不順」「LGBT」といった、腫れもの扱いされるような「事項」に対して、そもそもまどかは傷ついてなどいないのだ。社会との関わり方の話ではなく、「ただのまどかとしてずっと生きていたかった。」という、清々しいまでのシンプルな欲求にただ意識的なだけである。
まどかの”本当の自分”という意識は性自認以外にもあるだろうが、平野氏のいうように、コトは一個の生物の生存権の話なのではあるまいか、と読んでいて僕も思った。
本作では社会性を帯びたテーマとして、「かけがえのない他人」というキーワードがでてくる。こちらは”本当の自分”が確立された上での人間関係を巡る課題になるだろうが、
という評価も分かる。純文学として内省する「ただのまどか」があり、読ませるエンタメとして「かけがえのない他人」という審美眼で見た恋人や友人とのエピソードがある、この二つが(不細工であるかもしれないが)一つの小説の中で両立しているのも僕が気に入ったところだ。ラストシーンにも感動した。