その後の華
平島と約束をして、いつの間にか、1ヶ月過ぎていた。
私の身の回りでは、平島以外、何の変化もない。平島が私との約束を守ってくれているのか知らないけど、仕事も私が一人の生活の時は、今まで通りのまま。
それはそれで良いのだけど。平島がいる時は、本当に忙しない。
約束を交わしたあの日の夜は、ひとまず連絡先を交換し、その後は、アイツの奢りで、我が部屋は、お惣菜(殆ど平島好みの揚げ物の)オンパレードと500mlの缶ビール、缶チューハイのケースで埋め尽くされて、祝賀会場に変わってしまった。
私も、健康のために普段は控えていた揚げ物もお酒も、今晩は自分自身への無礼講で、たちまち食べて飲んだ。
いわゆるやけ飲み食い。
平島は、相変わらず食欲も飲酒も旺盛で、ベラベラと、これまでの武勇伝を語る。
私は、極道やマフィアなどの興味は、はなっからないので、適当に相槌を打ちながら、飲み続けた。
ただ、アイツが、私の話し方から、都会人ではないことを見破ってしまったのは想定外だった。
もともと、父が転勤族で、子どもの時に、いろんな所を転々としていた、ということだけ、平島には話した。
ただそれ以上、あまり自分のことを話したくないので、なるべく余計なことは言わない。
誰だって、話したくないことはあるし、私の場合、誰かを干渉することも、干渉されることも絶対に嫌だった。
俗に言う『ひとりの時間を大切にするタイプ』の私は、平島のようなタイプは、本当は合わない。
だからこれ以上、ボロが出ないように用心せねばと、3缶目のレモンハイボールを飲みつつも、平嶋を軽く睨む感じで見る。
相変わらず、華男は、上機嫌で、10缶目の缶ビールを開ける。顔自体は、赤くないけど、ケラケラと笑う姿。
ただ、何となく完全に酔っている様子でもないようだ。
その晩は、飲んで食いながら、肝心のアロマテラピーの勉強の予定について、しっかり話し合いできなかったものの、私が仕事で忙しい時は、勉強会は無しにするということだけ決めた。
午前2時過ぎ。
飲酒もしているということで、結局、平島を、またまた泊まらせる羽目になった。奴は、これが狙いだったのでは?とは思ったが、流石に飲酒運転だけは不味い。
シャワーだけなら早く済むけど、あまりにも色んなことがありすぎたので、ひとまずお風呂を溜める。
リフレッシュも兼ねて、今日はベルガモットと柚子の炭酸入浴剤を入れた。
シュワシュワっと小さい泡と共に、黄金色のお湯からシトラスの爽やかさが漂う。
「絶対に覗くな。」と、何度も平島に言い聞かせて、私が先に入る。深夜のお風呂は何とも言えないが、やっぱり疲れが取れる。
水道代の元を取るため、平島にも入ってもらった。上機嫌な華男は、「柚子風呂、最高〜。」と言い、すかさず風呂上がりの缶ビールを開ける。
これが、俗に言う『ザル』なのか?
私は呆れつつも、先にベッドに入った。
翌日は、朝ご飯を一緒に済ませて、片付けまでしてくれた後、平島は深々と律儀に頭を下げて、
「大上先生‼︎今回も泊めて頂きありがとうございます‼︎これは、宿代と銭湯代です‼︎」と言い、折りたたんだ、万札5枚を威勢よく渡す。
いやいや、いくらなんでもこれは、ちょっと。ってか、よくもポケットにこれだけの札、直に入れてたな、、、。
そんな大金受け取れないっと言っても、「何言ってんすか‼︎先生には、これからも厄介になるっているのに‼︎俺だって、これだけの気持ちじゃあ済まんのんです‼︎」
どう見てもこのやり取り、師弟関係というよりは、親分と子分のやり取りだ、、、
どうしようか迷ったけど、ひとまず1万円だけ受け取り、これで、私がアロマに関する本や精油を買って、平島に勉強してもらうということにした。
「大上先生‼︎何から何まで本当にありがとうございます‼︎俺、死ぬ気で勉強頑張りますので、どうか、御指南のほど宜しくお願いします‼︎。」
一応、車が見えなくなるまで見送った後、はぁ〜とため息が出る。
と言うのも、私もアロマは数年前に通信で独学して検定受けて合格した後、長いこと忘れているところもあったし、指導者の資格は、そもそも持っていない。持っている精油も数少なく、どれも比較的値段が安いもの。
『本当に厄介なことになった。』
心の中でブツクサ思いつつ、しかしながら、引き受けた以上、生半可な気持ちで教える訳にはいかない。
ひとまず、指導代はもらったのだし、ちょっとバスで、隣街のいつものアロマショップまで行こうか、、、。
梅雨がまだ明けていない日曜。蒸し暑さはあるが、珍しく晴れている。
私は、財布と日傘を取りに、一旦、部屋に戻った。
ーーー(続く)