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華男と晩ご飯
午後の仕事もあっという間に終わり、閉院の後は、もうすぐ月末ということで、患者のカルテの整理やレセプト点検など、職場の人たちと手分けしてキリがいいところまで終わらした。
クタクタになって帰りのバスに乗って、アパートに着いたのは、8時過ぎ。
というのも、昼間の男が、私の家にある食べ物ほとんど食べたって言ってたから、帰りに、バス停近くのコンビニでカップ麺、おむすび、冷凍食品、菓子パンを買っていたので、こんな時間になった。
もう、今日は早く帰って寝たかったのに。
私は心の中は、疲れと愚痴しかなかった。
あんな刺青男、泊まらせるんじゃなかった。ってか、勝手にあいつが私の部屋で、寝てたんじゃん。警察呼べば良かった。もう、ボトル紅茶だけでお礼なんて。せめて食費ぐらい返せよ。
だんだん、私の心の中の愚痴が、本当に口から漏れそうだったので、すぐに部屋に入ったら先にシャワーでも浴びて疲れ取ろう。
そう思い、ドアを開けた瞬間、ぷーんと味噌のいい匂い。それから、揚げ物の匂いが、私の部屋に漂っていた。
「おっ。おかえり。遅かったな。」
美味しい匂いの次に衝撃的だったのが、あの刺青漢が、私の部屋のキッチンで、おたまをもって笑って出迎えたこと。
は?は?何で。
遂に、いよいよ本格的に警察呼ぼうと、鞄を下ろそうとしたけど、コンビニで買ったもので、手が塞いですぐにスマホが出せない。
「ん?何か、買ってきたか?ケーキ?」
「違う、インスタント‼︎」
もう、ムカついたので、キレた声で言い返す私。
「あっそう。」
男はそう言って、私の買った食料を持ち上げて、キッチンに戻る。
「買い物お疲れさん。風呂沸かしたから、先入れや。もう少ししたら、味噌汁できるから。あっ、入浴剤。なんか、いろんな種類があるけど、どれ入れたら分からんかったから、お湯だけ溜めてる。」
ボルドーのカッターシャツを、腕まくりして、胸のボタンは2、3個留めてないため、例の花々の刺青が、ざっくりと開いた胸板からチラ見えする。
スマホは、取り出して、緊急用のダイヤル画面にしたけど、仕事の疲れが、この男を見てどっと増したので、ひとまず、手洗いとうがいをする他、何も考えられなかった。
「ゆっくり温まれよー。」
きっと睨んで言い返す。
「覗き見とか、せんといてね。」
「しねえよ。あっ、背中流してやろうか?」
ムカつくほど、いやらしいニタニタ笑い顔の男をキッと睨みながら、風呂に入った。
浴槽にはタプンとお湯が張ってある。
もう、水道代が、、、、。
なるべく、平日はシャワーだけで済ませていたので、ここで私のケチくさい癖が出てしまう。
でも、仕方ない。今日はあいつのせいで特に疲れたので、ヒノキの炭酸入浴剤をポンと入れた。シュワシュワっと炭酸特有の音と共に、お湯が薄黄色になるのと、ヒノキのいい香りがブワーと立ち昇る。
手作り石鹸で体を洗い、いつも使うピンクフローラル香りが特徴な、シャンプーとトリートメントで髪を洗った。
ふぅー。ザブンと湯船に浸かると、少しだけ、あいつのことが頭から離れた。
風呂から上がり、部屋着に着替えてテーブルを見ると、すごいご馳走、いや、お惣菜づくしで、驚いた。
鳥モモ肉の唐揚げと鳥ムネ肉の塩唐揚げ、コーンコロッケ、ピリ辛手羽先、アジフライ、頭のついたサバの塩焼き、ポテトサラダ、だし巻き玉子、それからカツ丼が2つ。
全部、私のアパートから少し離れた所にある業務用のスーパーのお惣菜。
土日は、私も歩いて買い出しをしているので、よく見るお惣菜だが、まさか、我がテーブルが、お惣菜コーナーになるとは。
さっきから部屋中に漂う、揚げ物の匂いは、アイツが、トレーや容器ごとレンジで温め直したからだ。
「お前のアパート、買い物には便利だな。コンビニはねえけど。スーパーのもの安いし。それに、夕方になると、食べ物に割引シール貼ってくれるから、いいわー。」
男のテンションは相変わらずで、味噌汁の入ったお椀を2つもってきた。
「味噌汁もできたし、んじゃ食うか。いただきます。」
上機嫌な男は、あぐら座りをして、割り箸を持って、合掌。そのまま、味噌汁を飲むと、カツ丼をかき込む。
男は、ただただ、呆れてどんな顔しているか分からない私に
「どうした?腹減ってんじゃないのか?あんな少ない弁当だと、痩せこけるぞ。」
と、言いながら空になったカツ丼の容器に、炊飯器で炊いたご飯を、アニメのご飯のようにこんもりとつぐ。
「これって。このおかず買ったお金って、私の、、、。」
「いや、これ全部と、米10キロと食パン1斤は俺のお金。心配すんな。盗ってねえよ。」
私の嫌な予感とは対称的に、男は、塩サバの頭をバキバキとかじる。
買い過ぎだ。ってか、アンタは港で漁師さんから、お魚もらった野良猫かい、っとツッコミたいくらいの顔つきだった。
どうしても、私も腹が鳴るので、味噌汁を一口入れた。
「うまっ」
「っだろ。味噌汁と飯炊きはお手のもんでね。」
男のニンマリとした顔にはイラっと、でも味噌汁は美味しい。具は、油揚げと木綿豆腐。小口切りの青ネギの辛さも丁度いい。
「どんな風に作ったの?」
「へ?どんな風にって言われても。冷蔵庫にあったダシ入り味噌に、揚げと豆腐切って入れて煮て、後はカットされたネギのせただけよ。」
ピリ辛手羽先を骨ごとボリバリかじりながら答えるこの男。
今度は、動物園で飼育員さんからもらった鶏肉かじるライオンですかという顔している。
味噌汁の意外な美味さに驚きながらも、流石に、9時過ぎに、これだけの量は、食べきれない。ポテトサラダ好きだけど、せめて野菜サラダか海藻サラダにして欲しかったのに。
「悪いけど、私こんなに食べれない。」
「えー何で。これら嫌だったか?」
ご飯を頬張りながらも、男は少し眉を顰めた。なんかがっかりしたように見える。
「嫌じゃない。でも、私には多すぎるの。」
もう9時過ぎて、これだけのハイカロリーなごはん、食べるとどうなるか。大抵、月1回の体重計を見たら、愕然とする自分が浮かんだ。
「食べてくれないのか?」
「カツ丼とサバは食べる。後は、明日の朝ご飯とお弁当に残す。でも、、、、。味噌汁はおかわり頂戴。」
コロッケを頬張る男の目が、パァッと丸くなった。今度は、飼い主からひまわりの種もらったペットのハムスターか。
「よっしゃ。たっぷり注ぐから、たくさん食べろよ。」
そういうや否や、私の空のお椀に並々と味噌汁を注ぐこの男。本当に何者だろう。
それに、時々、ズズズっと鼻を啜るのも気なる。
「そう言えば、ビールとチューハイ買ったけど、飲まないか?」
「いい。飲まない。」
「そっか。冷蔵庫にストロング系の缶チューハイとハイボールあったから。てっきり、いける口なのかと、、、」
ギグっとした。そうだ。もちろん、それらは私のお酒だ。
「平日は休んで、金曜とか休日に飲むの。」
「へ〜」
偉いね〜というような顔をして、冷蔵庫から取り出した500mlの缶ビール取り出した男。
プシュっといい音をしてゴグゴグ飲んだ後、すんごく満足そうな顔して、
「いや〜。やっぱり、ビールと揚げ物、最高だわー。」
コイツやっぱり、ムカつくわー。私は少々睨む気持ちで、味噌汁を飲んだ。
晩ご飯食べ終え後、男は、鍋やおたま、使った道具を洗ってくれた。
「しゃ、終わった。じゃあ、これで。昨日のお礼もできたし。」
また、ズズッと鼻を啜るこの男。
「お世話になりました。」
っと言ってお辞儀すると、玄関に向かう。
「あ、、ちょ、まっ。」
思わず声が出た。