商標使用の「たかが」「されど」Vol.1~「Re就活」 ⇔ 「リシュ活」後編~
前回のおさらい
登録商標「Re就活」と、類似サービス「リシュ活」の類否問題。前回は登録商標「Re就活」の概要や、「リシュ活」サービスの内容や商標の使われ方をチェックしたうえで、商標権者(原告)が裁判所に、どんな訴えを提起したのか、そして裁判所がどんな判断を下したのか、というところまでをご紹介しました。改めてまとめると、「商標権侵害は認めたけど、認められた賠償額は激減」というものです(前編はこちら)。
裁判では何が争点になったのか?
一般論として、裁判にまでなるくらいですから、双方揉めに揉めているわけで、いろいろなことを主張したり、反論をします。今回もご多分に漏れずお互い様々な主張をしています。一見するとあんまり関係なさそうな主張に見えても、実はあとから「じわじわくる」主張があったりもするので、少し丁寧に主張を解きほぐしてみようと思います。
被告の主張その1~「リシュ活」は指定役務には使われていない!?~
被告はまず、「「リシュ活」サービスは、「Re就活」登録商標で指定されたサービス(指定役務)の範囲外だ、だから(「リシュ活」が「Re就活」と似ていようが似ていまいが)権利侵害にはならない、と主張しました。前編でまとめたポイント③「登録商標の指定商品・指定役務と「似た」商品・役務(サービス)に商標を使うと権利侵害」の要素を満たしていない、という主張ですね。
これについて裁判所は以下のような判断をしました。
「被告の言ってることは正しいが、だからといって、被告の言ってることは、原告の主張を否定することにはならない(2つの主張は並立する)」という判断です。しごく妥当な結論で、この結論が揺らぐ可能性はほとんど見いだせないように思います。
ただこの話、商標出願をするときに結構混乱を招く話なので地味に注意が必要です。商標出願の際に指定商品や役務を選ぶ際には、「どんな商品を売るのか(どんなサービスを提供するのか)」だけではなく、「どういった手段(態様)で売るのか(提供するのか)」までカバーしておかないのが定石です。そうしないと、メインサービスを特定の商流(アプリ展開など)で展開することができなくなる可能性が残り、そのようなリスクを抱えながらビジネスを展開するのは冷や汗ものだからです。
その観点から、本件の本筋ではないですが、「Re就活」商標が指定商品・指定役務として「アプリ」や「ウェブサービス」を権利範囲としていない点はやや気になるところではあります。
被告の主張その2~「リシュ活」は「Re就活」と似てない!?~
商標トラブルといえば通常、この「似てるか似てないか」が大きな争点になることが多く、一般的なイメージも同様かと思います。
ただ、そもそも論として、特許庁で専門家が審査をして登録された権利なのに、なぜ裁判所で白黒つけるところまでもめてしまうのでしょうか?知的財産権全般の紛争に共通して言えることなのですが、知財紛争における「似ているかどうか」の判断過程には、ある程度主観に依存せざるを得ない側面があり、判断するヒトによって異なる結論が導かれることも少なくないからなのです。
とはいえ全くの主観で裁判をするわけにもいきません。そのため最高裁判所の判例によって、商標の類否についてはおおむね以下のような判断基準が設けられています。
商標の類否は、対比される両商標が同一または類似の商品に使用された場合に、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが、それには、そのような商品に使用された商標がその外観、観念、称呼等によって取引者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべく、しかもその商品の取引の実情を明らかにしうるかぎり、その具体的な取引状況に基づいて判断するのを相当とする。(「氷山事件」最判昭和43年2月27日民集22巻2号399頁)
この判例が何を言いたいのかというとつまり、①外観(←見た目)、②観念(←イメージ)、③称呼(←「読み」)などの要素をピックアップして総合的全体的に考えましょう、さらに、その商標に接したヒト(需要者)が誤認混同しないかどうかといった観点から、2つの商標が似ているかどうかを「具体的な取引状況に基づいて」判断しましょう、というものです。この判例の考え方がおおむね確立されていることから、商標の類否判断の際には、外観や称呼等の各要素について多角的な比較検討を行うのがセオリーで、ここでどんな説得的な主張をするかが代理人の腕の見せ所の一つともいえます。本件でも双方の代理人がいろいろな主張を繰り広げましたが、裁判所は結局以下のように判断しました。
細かくてややこしいかもしれませんが、要約すると「外観や観念は似ていないが、読みが似ているうえ、具体的な取引状況を踏まえると、読みが似ていることは、誤認混同するかどうかに重要な影響を与える(需要者が誤認混同しやすい)といえるので、総合考慮の結果「リシュ活」は「Re就活」と類似する」と判断したものです。
ところでこの「具体的な取引状況」に関する裁判所の判断は、大変興味深いものでした。たとえば、以下のような事実認定をしています。
「求職者については、必ずしも役務内容を事前に精査して比較検討するのではなく、会員登録が無料で簡易であるため、役務の名称を見てとりあえず会員登録してみることがあるものと考えられる。」
「検索エンジン等を利用した文字列による検索が一般的であり、正確な表記ではなく、称呼に基づくひらがなやカタカナでの検索も一般に行われており、ウェブサイトや検索エンジン側においてもあいまいな表記による検索にも対応できるようにしていることが広く知られていることからすれば、需要者である求職者は、外観よりも称呼をより強く記憶し、称呼によって役務の利用に至ることが多いものというべき」
これらの判断については、立場によって評価が分かれるところのように感じます。
(このあたり、深堀りすると面白そうなのですが、話が尽きなくなりそうなのでまたの機会に…)
被告の主張その3~賠償額はわずかなはず!?~
そういったわけで、商標権の侵害が認められてしまった被告に待っているのは、違反行為の差し止めとしての「リシュ活」の使用禁止や広告等の廃棄、ドメイン名の使用停止等の対応に加え、損害賠償の支払です。
ここでまた更に難しいのは、商標権が顧客吸引力(ブランド)という、権利者の目に見えない信用などを保護する権利であるがゆえ、「損害の金銭的な評価はいくらか」を立証することが極めて困難だということです。そのため法律では、「被告の超過売上を損害額と推定する」とか、「本来ライセンスしていれば受け取れるはずのライセンス料に相当する金額を損害額と推定する」といった規定を設けており、通常裁判では、これらの推定規定を使った賠償請求や賠償額の認定が行われています(商標法第38条など)。
本件で原告は、「被告は「リシュ活」サービスの提供を通じて、約20,000人の求職者から個人情報の提供を受けている(はず)。個人情報漏洩事案の賠償額の相場(1人あたり1万円が認められた事例もあり)を考えても、1人分の個人情報の対価は最低でも5,000円はありそう。だから5,000円×20,000人=1億円相当のライセンス料が相当である」といった主張をしていました。
・・・さすがにこれは厳しい主張ですね。一般的な「ライセンス料」という発想からはかなり離れた考え方に基づいた計算式ですし、そもそもそのような特殊な計算式を採用すべき特別な事情もなさそうです。
知的財産権のライセンス料率については、かなり古いアンケートデータではありますが、業態別、使用態様ごとのさまざまなケースが想定された結果が書籍にまとめられており、いちおうの相場観が形成されているため、このアンケートデータを参考にして決められることが多いです。本件でも裁判所は、アンケートデータを参考に、以下のように判断しました。
何をもって「10%」と判断したかについては、詳細な説明はされていません(ほかの裁判例でも、ここの部分の説明を具体的にするケースはそこまで多くありません)。違反行為の悪質性や影響力の大きさなどを考慮するケースも多いのですが、本件で平均値を大きく上回る料率が認定された理由がそのような要素にあったとはなかなか考え難いところです。売上額自体がそこまで高額でなかったことを考え、過度に賠償額が低額にならないような観点から料率を決定した可能性等も排除できません。
なお、本件のような損害賠償事案では、権利侵害によって被った損害とは別に、代理人をつけて訴訟せざるを得なくなった点を考慮し、損害額として「弁護士費用」名目で一定金額の上積みが認められるのが通常です。そしてその額については、「認定された賠償額の1割相当額」と認定されるのが一般的なところ、本件では、弁護士費用として商標権侵害による賠償額とほぼ同額の22万円(賠償請求に関する弁護士費用が2万円、差止請求に関する弁護士費用が20万円となっています。)が認められました。この弁護士費用を加えた合計44万3919円が、本件で認められた損害賠償の総額(正確に言うと、この額に一定料率の遅延損害金が加算されます)ということになります。
このようにみてみると、裁判所が損害額を大幅に減額したのではなく、被告の売上額を基準にライセンス料相当額を計算した結果算出されたのがこの金額だった、ということがお分かりいただけたかと思います。つまり、原告主張の賠償額(1億円)とは、そもそも依って立つ計算式が異なる以上、そこで算出された金額と裁判所認定の賠償額との間に乖離が生じたとしても不自然なことではなかったのです。なので冒頭の判決結果のまとめのなかで「原告主張の賠償額が激減した」とした表現は、やや正確さを欠くかもしれません。
判決に関する雑感
ここまで本件を題材に、商標権侵害における争い方を駆け足で見てきました。単に「Re就活」と「リシュ活」を並べて、「なんとなく似てるからクロ!」とか、「「活」の字しか一致してないからシロ!」みたいな判断はしていない(できない)ということがお分かりいただけたかと思います。
このように商標の類否判断には、当事者(代理人)がどのような証拠を出すのか(どのようなロジックの主張をするのか)、裁判官がどのような受け止め方をするのかによって、結果が大きく変わりうるという宿命を抱えています。その意味で商標権を含む知的財産権の侵害事案というのは、結果の「予測可能性」が極めて不安定なトラブルということもでき、その分専門家としても、結論が出るまで全く気が抜けないケースが多いと思います(だからこそ、訴訟になる前の交渉で解決の糸口をつかむことが重要になってきます)。
本件についても、特に商標の類否をする際の具体的な取引状況をどのように評価するか、大阪地裁の判断とは別の観点からの見方もありうるのではないかと思います(例えば、「アルファベット+漢字」と「カタカナ+漢字」のように、異なる系統の文字で構成されている造語を読むときには、それぞれの系統の文字の区切りの部分で音節が区切れるのが一般的と主張したとします。そうすると、「Re就活」は「リ/シュウカツ」、「リシュ活」は「リシュ/カツ」と発音される(称呼される)といえ、サービスに接した需要者もそのような音節の区切りのもとで商標を識別することが多いと主張することができるようになります。そして、そのような観点から2つの商標を見ても、誤認混同はしないはず、といったような主張もありうるかなと思います)。
そういった意味では、現在控訴されている大阪高裁でどのような判断が示されることになるのか、大変興味深いところです。
なお最後に1点。似ているかどうか、最後まで結論が「読めない」裁判を1年以上かけておこない、やっと認められた損害賠償が約45万円弱。コストパフォーマンスの観点から原告が受けたダメージは大きかったと思いますし、「リシュ活」が使用できなくなることで事実上の経営的な打撃(サイト改修、パンフレットの破棄・差し替え等)を受ける被告のダメージも推して知るべしです。予測可能性に乏しいとはいえ、ここまで泥沼化する前段階で、双方どうにか折り合いをつけられなかったのか、と感じるところです。
話はこれで一件落着・・・か?
と、ここで記事を終わりにしてもよいのですが、実はこの話、まだ続きがあります。この両者、本件(登録商標「Re就活」の商標権侵害問題)とは別に、つい最近まで特許庁でも熱い火花を散らせていました。なんと、被告も「リシュ活」という名前で商標登録をしていたのです。そう、何とか折り合いをつけるのはそう簡単なことではなかったようです。そこで、今度は別記事で、「Re就活」商標とは別に「リシュ活」商標が登録できた!?という話についても少しだけ触れてみたいと思います。
商標使用の「たかが」「されど」Vol.1~「Re就活」 ⇔ 「リシュ活」場外編~
長文御覧いただきありがとうございました。
判決言渡:2021年1月12日
裁判所:大阪地方裁判所第21民事部(谷有恒裁判長)
事件番号:平成30年(ワ)第11672号 商標権侵害差止等請求事件
判決の全文はこちらです。