【スカイ・クロラ考察】隠された親子関係
今回は映画『スカイ・クロラ』の人物関係についてです.ネタバレ全開なので鑑賞後に読まれることをお勧めします.
1.父と子?
(1)字幕のずれ
では物語の最終盤、函南優一の台詞からです.
これによればティーチャはmy father,つまりティーチャと優一が父子関係にあることになります.最終盤にして唐突な新情報.
もっとも,ここでいいう親子とはどういう意味なのか.少なくとも2人を血縁的親子と考えるには劇中それらしい事情は見当たらないので混乱します.
なお、“ティーチャー“も“ティーチャ“もこの作品では同じです.Sky Crawlers(スカイクローラーズ)がスカイクロラであるように.
(2)押井談
話をややこしくすることになりますが,監督の言葉から始めます.
父と子の対決という図式は、某ナウシカやナントカゲリオンでもモチーフにされており、エディプスコンプレクスで知られるところのものです.
本作の場合、原作に2人に父と子といった図式は見当たらないので、親子の設定は映画オリジナルと思われます.
さて、上記監督の発言からするとティーチャはあくまで父親“的“存在、つまり2人の関係はメタファーとしての親子関係と考えられます.母親的存在が整備士の笹倉というのと同じです(後述します).劇中で土岐野が説明した通り、笹倉の母親要素はキルドレが乗る飛行機の面倒をみることに拠っています.
もっとも、優一に限らず笹倉がキルドレ全員の母なら、ティーチャも同じくキルドレ全員の父親的存在ということでしょう.だからみんな彼に戦いを挑んでいく(父殺しとして).
(3)共通項
少し遠回りをします.仮に優一がティーチャのクローンであるとすると、あるシーンが伏線だった可能性が出てきます.
それは劇中で発生したイベント、大規模攻勢作戦.その後のミーティングシーンです.そこで三ツ矢碧は、ティーチャが味方機体を落とす様子を説明していました.
三ツ矢によると、ティーチャはストール・ターンを用いて撃墜しました.ストール・ターン(別名ハンマーヘッド)は上昇中の機体を失速、反転させて真下に向く動きをいいます.三ツ矢によればティーチャは失速後の反転の際に彼を追いかけてきた敵機を至近距離で撃ったと話しています.
筆者も詳しくはないのですが、この射撃が成功するためには、失速した後に機銃を相手側に向けることができなければなりませんが、通常失速すれば翼に風が当たらないため、基本的に機体の舵は取れないはずなのです.にもかからわず、三ツ矢はティーチャが失速反転した際に「スナップっぽく前転し」た、つまり舵をとって急速に向きを変えたと説明しています.
ティーチャは失速中の機体の倒れる向きを操ることができる.すなわち天才のなせる技ということになります[註2].
そして、劇中では優一の得意技がこのストール・ターンであることが各関連書籍で言及されています(劇中序盤の土岐野とのフライトで遭遇した最初の戦闘でも優一は使っていたとのこと).そして優一は短期間で基地のエースパイロットになります.彼も天才級なのです.
ティーチャと優一にはストール・ターンという超高難易度技術の共通点があった.これは偶然ではなく2人の間に特別な関係を示唆する、つまり父と子を暗示しているのではないかと考えることもできましょう.
ちなみにティーチャがストール・ターンを使ったという三ツ矢の説明シーンは原作そのままです.つまり原作そのままのシーンだけど映画だと伏線として機能しているというのはおもしろいですね.
2.母と子?
(1)押井談2
先ほど少し触れた、キルドレの母親的存在である整備主任・笹倉についてみていきます.実は笹倉永久は原作だと男性です.これは押井さんの意向で女性に変更になりました.
その理由について、ファンからは榊原良子さん呼びたかっただけと言われたりします.本人も「榊原良子さんのために作ったキャラクターでもあるということ.あの人なしにぼくがアニメーションをやるってことは考えられないんですよ」とか言ってます(オフィシャルガイド52頁).もっとも、
という理屈もあるそうです[註3].
(2)笹倉
さて、その母親的存在についてですが、実はパイロットのコードネームにもそれが表れています.コードネームは劇中の飛行シーンで実際にパイロットが使用してますが、ヘルメットにも印字されており、設定資料で一覧が確認できます[註4].
ヒイラギは函南優一の生まれ変わりとして本編最後に登場する映画オリジナルの人物です.これらは以下のように整理できます.
まず、基本的にテリア犬の品種名が付けられているのはキルドレです.キルドレではない山際司令官にはそれと異なる犬種が付いています.そもそも1人だけ犬でない草薙水素が気になりますがこれは後述します.
ではそのキルドレについて.これは笹倉が犬(バセットハウンド)を飼育していることにつながります.テリア種及び子犬のパイロットは、笹倉がキルドレの機体の整備士であることと、彼女が犬の飼い主であることを介して、母=笹倉/子=キルドレという関係が成り立ち、それがコードネームに反映されていると考えられます.
三ツ矢がキルドレなのに別立てなのはコード名の通りで、彼女がただ1人キルドレであることを受け入れられていない人物=子どもということを表しています.ここでいう子どもというのは、大人に“ならない“キルドレとは異なり、大人に“なりきれない”というニュアンスが込められているからでしょう.劇中で優一は草薙の娘との会話で、自分達キルドレは大人になれないんじゃなく、ならないと答えています.
こうしたニュアンスは劇中の対照的な描写に表れています.他のパイロットはキルドレを(無)意識的に受け入れているから、地上ではどこか力が抜けていても(あるいは達観か)、空ではティーチャに挑むわけです.
これに比べて三ツ矢は地上でも気が張り詰めているように描かれます.土岐野は三ツ矢を見て「なんなんだ、あいつ」と彼女の違和感に言及します.そうした他のキルドレとは異なる雰囲気が実は彼女は心の葛藤を抱えていたという後の展開につながります.
その葛藤とは、三ツ矢が自身がキルドレであることを受け入れられないことを優一に話すシーンのことです.ちなみにこのシーンではそうした彼女の本音とともに鑑賞する者に初めてキルドレの秘密を明かすという、物語進行上の役割を担っています.
実はキルドレが何なのかについて、優一が最初の戦闘から帰還後に草薙に尋ねてから三ツ矢のシーンまで、ほとんど触れられません.シナリオ上、三ツ矢はそういった役割を担っていた.
(3)フーコ
話をコードネームに戻し、続いて草薙水素です.先に結論を言ってしまうと実は草薙とフーコは同一人物であると押井さんはいろんなところで書いています.曰くそういう記号が作品に散りばめられているから探してごらんと.
パンフレットには、例えばフーコの館には古伊万里の磁器が、草薙の司令室にも古伊万里の皿が置かれていること(彼女は灰皿として使用…).また、2人は同じ場に居合わせても同じカメラに一緒に映らないこと(例えばパイロット時代の草薙がフーコの館に殴り込むシーンやティーチャ戦敗北後の救助シーン).といったことが言及されています.気づけません.
1点、私が気づいたものとしてはフーコの胸元のタトゥです.設定資料に詳細が載っていますが柄はフクロウです.フクロウは古今東西様々な象徴を担わされてきましたが、その中に魔女の使い魔というものがあります[註5].ここでようやく先ほどの水素のコードネーム・ウィッチとフクロウのタトゥがつながります.
コードネームとタトゥーによって水素とフーコは特別な関係にあることがわかり、さらにその特別な関係とは2人が同一人物であることらしい.もっとも、同一人物とはどういう意味なのかが、さらに問題になります.
ここにおそらく親子関係が関わってきます.先ほどパイロットのコードネームには笹倉とキルドレの親子関係が仕込まれていたことを確認しました.そのことに倣えばフーコと草薙についてもコードネーム(とタトゥー)に親子関係が反映されていたとみることができるのではないでしょうか.
すなわち、笹倉が整備士としてキルドレの面倒をみる点で母親というのなら、外で無茶してきた子どもを黙って家に入れるのもまた親の役目なのではないか.
これはあるシーンを念頭に置いてのことです.それは劇中草薙が司令官であるのにあえて偵察任務に出て、無謀にも単独でティーチャに挑んだシーンのことです.彼に敗北し、行方知れず不時着した彼女を発見し、基地まで運んだのがフーコでした.どうして水素を見つけるのがフーコだったのか.2人の間の特別な関係を表したかったからではないでしょか.
また、このときフーコは基地の誰からも感謝の言葉をかけられないことがコンテに書き込まれています(絵コンテ213頁).このことも相まって2人は訳あって会えない親子の関係にとてもよく似ている気がします.
押井さんに言わせればフーコは草薙のあり得たもう1つの姿なのだそうです.つまり押井さんのいうフーコ=草薙、あるいは別の可能性というのは、草薙が大人になった姿がフーコということではないか.言い換えれば、草薙はフーコのクローンということが考えられます.
話を戻すと、草薙にとって笹倉も母親的存在には違いないわけですが、あえて他のキルドレと別枠のコードネームにしたのは笹倉とは別の母親の存在を暗に示したかった、というのがここでの読みになります.
以上により、水素とフーコの同一人物とは遺伝子上の親子関係を指していたという理解をとりました.ここで優一に話を戻します.草薙がフーコのクローンだとすると、優一がティーチャのクローンという見方もできるでしょう.草薙とフーコが母子関係であったことと、優一とティーチャが父子関係だったという配置はありそうな話です.
ちなみにこの図で作品を見直すと色々と乱れますが、それはさておきここで遺伝子上の親子関係という観点を導入する意味がはっきりします.
その観点からは、水素はオリジナルであるティーチャとそのクローンである仁朗と優一これら全員を愛したことに一貫性を見出すことができます(遺伝子レベルで愛する激重女).そして彼らは皆フーコの客でもあったことと、優一もまた水素に惹かれたこともこれで理解できるかと思います.
さて長々と論じてきましたが、結局のところ劇中で暗示されたティーチャと優一の親子関係とは(メタファーのそれに加えて)遺伝子上のオリジナルとコピーの関係である、というのが本記事の仮説であり結論になります.
今回は以上になります.最後までお読みいただきありがとうございました.
・参考文献
『スカイ・クロラ オフィシャルガイド』(中央公論新社、2008年)
別冊宝島1546号(2008年)
『スカイ・クロラ総設定資料』(誠文堂新光社、2008年)
押井守著・アニメスタイル編『スカイ・クロラ絵コンテ』(飛鳥新社、2008年)
画像:©2008 森博嗣/「スカイ・クロラ」製作委員会
註
1:原作はクローンや記憶移植の技術が存在しない世界であると、原作者・森博嗣さんが映画公開後、ブログで明かしています(ブログの書籍化である『モリログアカデミー13』(メディアファクトリー、2009年)54頁).これにより原作では三ツ矢の函南が栗田の生まれ変わりという話がフェイクだったことになります.もっとも、映画では函南のマッチに関わる所作が受け継がれている描写から三ツ矢の話は信用できるという扱いになっています.つまり映画ではクローン技術あるいはそれに近いものがある設定になっています.
2:原作には、ティーチャのトラクタ式の機体(プロペラが機首にある)は、失速後もプロペラの生む風が翼に当たることでプッシャー式(主人公らが乗るプロペラが後ろにある機体)より舵がきく時間が一瞬0.5秒ほど早く、そのことがストール・マニューバを好む操縦者にとって利点という記述がある.
もっとも、現実問題そもそもプッシャー式の散花でストールマニューバできるかという疑問もあるらしく(トラクタ式と異なり失速中主翼は風を受けられないため舵きくの?ということでしょうか).詳しい方がいたら教えてほしいところ.また、優一の必殺技がストール・ターンというのはおそらく映画オリジナルの設定.
3:よく用いられる父母観念ですが旧い印象も否めない.クロラ続編の有無を尋ねられた押井さんはそのつもりはない旨告げながらこんなことも言っています.
気になる発言です.その後、彼はこの問題を扱ったのでしょうか.情報を求む.
4:コードネームは映画オリジナルの設定.作監・西尾鉄矢さんによれば間違った綴りが1つあるようです(あえて押井さんのメモのままにしたとか).とはいえWESTYは“Westie“ですがそれはいいとして、“SCOTTIE“ですし、“SHAR-PEI“ですし、”NORFOLK”だと思うのですがどうなんでしょう.
5:参照、デズモンド・モリス『フクロウ その歴史・文化・生態〔新装版〕』(白水社、2019年、原著は2009年)41頁以下.著者は、象徴としてのフクロウとして①邪悪なフクロウ、②頑固なフクロウ、③乗り物としてのフクロウ、④賢いフクロウ、⑤護り手としてのフクロウに分類をする.魔女の使い魔のフクロウは、古代ローマからハロウィンの仮装に至る①のグループに含まれる.
※追記(2022/12/14)
「3.水素生還の意図」に大幅な加筆修正の結果、章タイトル変更
追記(2023/2/1)
フーコと水素の関係につき記述を追加.おまけに原作水素の記述を追加.
追記(2023/6/5)
3章「監督の発言から」に加筆.水素はキルドレか問題,「とりあえず生きてみる」,組織内変革等の記述を追加.
追記(2023/7/29)
3章「監督の発言から」を削除.独立した記事にして公開する予定(→下記記事).
追記(2024/7/26)
「フーコは元キルドレか問題」部分に魔女と使い魔の主従関係の説明を補充.