詩歌イベントのための3冊
この記事は、静岡県浜松市で2月24日にポエデイを副代表として主催し、8月24日に詩丼を開催しようとしている人が詩歌イベントを打つにあたって参考にした3冊の本を紹介する記事だ。
鈴木健『なめらかな社会とその敵』ちくま学芸文庫
本書は自由意志や責任のありかた、膜や核について触れながらこれからの時代の貨幣システムや投票システムなどを提案する。
引用はこの記事を書いた実情である。冗談はさておき、いまの社会は自由意志や何らかの理由によって人々の言動が為されているという幻想を互いに信じ、その前提によって誰かひとりに必ず責任があると思い込み、その幻想を強化している。だから、いまの社会はなめらかな社会じゃなくてギスギスしているよね、というのが本書の問題提起だと私は捉えている。めっちゃスピノザ。
幻想のための責任の生贄であって、その代償として権力を担わされている核が政治家や経営者であり、その権力集中によって恩恵を受ける共同体とそれ以外を隔てるのが膜だ。
核や膜が詩歌と何の関係が? と疑問に思われるかもしれないが、これは聖別化(※後述)された作家を主宰や選者という権力者=核として据えて組織された膜としての会・結社を念頭においてもらいたい。もちろん規律/訓練型システムや引き上げシステムを有する膜としての会・結社は必要だし、その実績は認めざるをえない。しかし会・結社、短歌・俳句・五行歌・川柳・詩といったジャンルの膜には限界もある。首都圏や京阪神圏に属しない、作家人口の絶対数が少ない地方都市ならその限界は目に見えるだろう。地域社会のなかで会・結社が存続するために、そして詩歌人たちが存在感を示すために、既存の会・結社と併存する網としての詩歌イベントが必要になる。
絓秀実『革命的な、あまりに革命的な』ちくま学芸文庫
詩歌・小説・美術・演劇といった芸術諸分野と社会運動を連結して論じた本。詩歌イベントのみならず文学フェスティヴァルは詩歌・小説と社会を連結させるものであるゆえ、詩歌イベントを主催するにあたり強い理論的背骨となる。
本書はおおよそこんな調子だ。戦争機械は、おおまかに説明すると国家の成立を妨げようとする遊牧民のような運動のことで、私が会・結社といった核や膜を作らず、散発的な詩歌イベントというありかたにこだわるのはこの戦争機械概念に由来する。
労働組合など組織で行うストライキを機動戦とするなら、個人がキリンやサントリーなどの商品を買わない不買運動や東京五輪の担当者をSNSで排斥して辞任に追い込むボイコットなどは陣地戦である。政治ならそういう動きもありうるだろう。では、なぜ詩歌という意思表明をしにくい文芸ジャンルで陣地戦的文学フェスティヴァルとしての散発的な詩歌イベントに私がこだわるかと言えば、詩歌の下記のような特性に拠る。
詩歌という脱中心化された核心性という文芸ジャンルを容れる中心=核を持たない詩歌イベントというありかたは、まさに、うってつけなのだ。器と内容の一致。それに対し、代表という中心を持つ機動戦的文学フェスティヴァルでは、私が理想とする詩歌のありかたの実現は難しい。
駒に名前が刻まれた将棋(機動戦)は打ちたくない、磨かれた黒白の石でしかない囲碁(陣地戦)を打ちたい。
ジゼル・サピロ『文学社会学とはなにか』世界思想社
作家神話を崩壊させ、新たに作家史をつくる本。文学社会学とは、文学作品の批評をしたり文学史を調べたりする学問ではない。では何を研究する学問かというと
つまり聖別化された作家、Xでよく名前を見る作家とそうではない作家がなぜ選別されているのかをおもにネットワーク分析などで研究するのが文学社会学だ。村上春樹や谷川俊太郎といった聖別化された作家とそうではない作家の何が違うのか、歩兵はいつどのようにして金将に成ったのか、を作家の技量比較でなく、作品受容の面から説明しようとする。「聖別化の諸審級」はわかりにくいが別のページで列挙・説明されている。
「制度的聖別化」は俳句結社や短歌結社内の引き上げシステムと言えばわかりやすいだろう。つまり象徴資本を蓄積すればいつか誰でもこの聖別化を受けて、聖別化された作家になれる。聖別化された作家はなにも作品をつくる技量のみによって聖別化された作家になったのではなくこうした諸審級によって聖別化された作家になったのだから、それらを研究して詩歌イベントで具体化し各作家が象徴資本を蓄積していけば新人賞を連発しなくても理論上は聖別化された作家を量産できる、のだ。
ほかに本書は前衛集団の老化についても言及されている。
日本における短歌や俳句の前衛派と伝統派の循環を参照するとうなずける点もある。
このように社会学の視点から作家とその受容を相対化していくと飛車も歩兵もみな同じ黒か白の碁石に見えてくるだろう。そうやって見えはじめたとき、やっと、詩歌の陣地戦がはじまる。
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