見出し画像

シルクハットにモーニングで仕事をする。

渡辺温が異常に大好きな僕は漠然と何時かは彼と同じようにシルクハットを被ってみたいし、モーニングも着てみたいと思っていた。もしそのスタイルが揃ったらそれで仕事をしてみたいとも思っていた。
十三歳の頃から何となく憧れて居た夢だった。夢だと言うことも自覚していないほどの夢だった。

先日から連れ合いが「誕生日にシルクハットを仕立てよう」と言い出して、本当に!?出来るの!?いいの!?と思いながら帽子屋さんを調べたら、オーダーで帽子を作ってくれるお店を見つけて、相談と見積もりに行ってきた。
帽子屋さんに温のシルクハットの写真を見せるなり、素材とリボン幅を即答で特定し、内側の布も見てくれてかなり良いものが作れそうだった。とても頼もしい職人さんだった。
シルクハットの値段も想定より安く、温が買った時は「お給料が上がったこと」+「今まで被っていた山高帽を友人の山内光に売って」作ったお金だったと言うことで、何となく今の感覚なら十五万円くらいかなーと思って居た。その位だと結構思い切った買い物って感じがするし。
けれどもこの帽子のオーダーは六万円程で出来るらしく思っていたより安くて、夢が夢じゃ無くなったと感じた。
推定十五万円しそうな高価なシルクハットは自分とは無縁だと思っていたのだ。

次はシルクハットに合うモーニングを探さなくちゃね、それから白黒コンビのストレートチップの靴も。と連れ合いが言うので「愈々モーニングか……。そのうち手に入ればいいなあ」などとのんびり思っていたのだけど、連れ合いが期間限定ショップの古着屋にヴィンテージのモーニングがあったから終わる前に見に行こう、と言ってくれ、僕はサイズもないだろうしとそんなに期待していなかったのだけど、セルフで占いをした結果「行かないとこんないいものは二度と手に入らないっていうので後悔する」という結果が出たから、全てを投げ打ってモーニングを見に行くことにした。

駅に降り立って歩いていると目の前を塞ぐように歩いている人のリュックに「Vanity Fair」と書いてあった。ゔぁにていふぇあーとは新青年のファッションコーナーのタイトルである。しかしその人のリュックは紳士ともアールデコとも1920年代とも無縁な、なんだか強そうな蜂の絵が書いてあった。どういうこと?と思いながら改札に向かって歩くもその人を全然追い越すこともできず、僕は結局改札を出るまでずっとその「Vanity Fair」の文字を突きつけられることになった。

これと同じデザインのリュックだった。

古着屋さんへ行くと良さげなモーニングが2つあった。一つは1930-1940年代のもの、もう一つは1950年代頃だと言うこと。
試着をした結果、1930年代のものの方がシルエットも好きだし小柄な僕にも意外なくらいフィットしていて最高にいいと思った。着てすぐに、一瞬で僕はそのモーニングを気に入った。連れ合いも「似合うねー」と感心してくれたのが嬉しかった。
店員さんに「フォーマルをお探しで?」と聞かれたから「いいえ、普段着として欲しいのです。これを着てスタバでパソコン叩きます」と言ったら「かっこいいですね」と笑ってくれた。

店員さん曰く1930-1940年代のものと思われると言うこと。

とても着心地が良くて此れならずっと着ていたいと思った。

被せボタンの柄が可愛い。市松模様だ。

こういうところも洒落てるのがいいね。僕の身体に馴染む素敵なモーニングだった。渡辺温の物とはデザインが違うけれど(あれはオーダーメイドだから仕方がない…)でもお気に入り。嬉しいな。

ベストもパンツもモーニング用じゃないんだけど、雑に着てみた。着心地抜群だった。すごく落ち着く。脱ぎたくないほどに。

92年小6、岐阜の小学生。僕が情報もなく手に入れられる服の中で、精一杯モダンボーイをやろうとしていた頃。この黒い上着は今思えばモーニングの丈だった。あの頃から僕は潜在的にモーニングが好きだったのかもしれない。この人生を送る前から。シャツはスズタンのネクタイ+白シャツ、Gパンと写真には写ってないけど黒の山高帽、5000円。お金を貯めて思い切って買った。小学生に5000円の帽子は高額だ。髪型もこれがモダンボーイだと信じて…この長さで七三に分けて居たりしたけど、そんなモボは渡辺温くらいしか居なかったよね。この頃は温の写真を見たことがなかったんだけど。
温を知る前から、温と趣味が合いすぎる。

帽子屋さんに行った翌日だったか、うちの連れ合いがこんな事に気がついた。機関車トーマスは1920年代の設定で、トップハム・ハット卿はシルクハットにモーニングで仕事に来ているという話。

成程。外国の映画が大好きな温はもしかしたら、此のスタイルが海外では普通だと思っていてそれで抵抗なく、この格好で出勤して居たのかもしれないね。
温が何ともない顔をして此の服で通勤していたのはそんな理由もあったのかもしれない。

これから冬の時期はこの装いで何處ででもお出かけしたいと思う。

余談だけど、此のモーニングを買って下りのエスカレーターに乗っていると
隣の上りのエスカレータから「編集者が……」と云う言葉が聞こえて來た。そうして店を出ると、眼の前にスニーカーの「on」の大きな広告が現れた。
これはもう祝福されているに違いないと思った。


性感帯ボタンです。