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ナマでヤりたい

ヤれないのは当たり前だ。分子の振動量が違うのだ。我々が発したバサハマテュナョシュゥィセメでは、生物はみな鉄化合物から出来ている。問題は情報量であり、分子の性質それ自体では無いとは、我々が宇宙進出し、地球の人間や、ブラツカドョドョのヨオソルネェィクレンと邂逅してからの常識だ。ある分子が液体で、しかも化合物として存在しているという、極めて可塑性の高い不安定な、すなわち「エッジ」な状態であるときに、その含みうる情報量は極大となり得る。生命とはそうした「カオス」から発生するものであり、宇宙進出以前に語られていた「ハビタブルゾーン」の理論はまったくの出鱈目であることが明らかになった。

かつて祖先たちははじめて人間を見て驚いたという。生命系がまったく異なる彼らは分析しようにも触れることすら叶わない。気化してしまうし、ある程度巨大になると触れただけで互いが爆発してしまうからだ。われわれは幾度かの物理的接触を試みた末に、人間の尊厳を傷つけない形での調査、接触は無理だと知り、高度な量子通信を用いた非物理的接触で文化交流を図るようになった。今やわれわれは地球人類が生み出した高度な技術や文化を貿易によって受け取ることができ、人間側もバサハマテュナョシュゥィセメの高度な技術で相当文明を先に進めることができたようだ。

俺の悩みはそう———よくある恋の悩みだ。地球人類のキャサリーンに恋をしてしまったのだ。現在では防護スーツの技術が発展したことで、生命系間のほとんど生身での交流が可能になっている。しかしそれはどこまでも「ほんとう」ではなかった。マシーンメイドな視覚、マシーンメイドな聴覚、マシーンメイドな嗅覚、そしてマシーンメイドな触覚。すべて量子計算の粋が生み出した、限りなく「リアル」に近い感覚だった。いまや異なる生命系間のセックスすら可能なのだ。ただしそれは防護服の下で、薄い薄い身体の膜に覆われている———ほとんどお遊びと変わらない———ものだった。俺は、ナマでヤりたいのだ。なんでかって?キャサリーンが好きだからに、決まってるだろ。今日こそキャサリーンを、ナマに誘うのだ。

デートは楽しかった。今日は地球の母星系で遊覧船観光だ。土星のリングは素晴らしかった。我が母星系は地球の母星系に比べるといくぶん小さく、土星のような巨大な岩石星は発生し得ないのだ。興味深く、雄大な光景だった。

しかしそんなこと何も意味がないのだ。問題は、生エッチできるか否かだった。君に触れなければ、ここまで生きてきた意味がない。お父さん、お母さん、俺は今宵、漢になります。

地球のホテルは素晴らしかった。ここはかつて地球最大の都市があったエリアのホテルだ。帝国ホテルと言うらしい。ここにあった帝国はしかし、数だけは多い劣った種族の文明だったという。何度も勝とうと挑んで敗れ、その度に不死鳥のように蘇る英雄性を兼ね備えていたが、真の支配種族には敵うことなく吸収されていったのだ。キャサリーンも、3代前の曽祖母がそのエリアの出の末裔だったらしい。帝国の民は、誰がそういうこともなく、静かに劣位に置かれ、先細って、滅びていったという。帝国ホテルの1488階についた俺たちは、いつものようにコトを始めようとしていた。

「ねえ、」
「?」
「今日こそナマでしよ」
「でも……」

このやり取りももう何回目だろうか。コイツはいつもまどろっこしいこと言って、拒否して来やがる。

「だって、ナマのほうが気持ちいいはずだよ」

俺は続けた。

「ほら、今はおまじないすると大丈夫ってやつ知らない?トレルブカゥスュでも流れてくるよ?」

嘘だけど、この場を乗り切れば良いんだ。それにどうせ死にやしないさ。長い長い夜に二人だけの時間がやってくる。原初世界には昼だけがあったという諺が、ウチの故郷にはある。我々が夜という概念を得たのは、宇宙に出て、暗闇にひとりぼっちになって、人間やヨオソルネェィクレンと交流するようになってからだ。夜の孤独を知った俺たちが、可哀想な人間や、ヨオソルネェィクレンに「昼」を分けてやるのは、崇高な文明の義務とすら言えるだろう?そう、キャサリーン、緊張を解いて。熱くない。暑くないさ。そう、これが「あったかい」なんだよ?キャサリーン。綺麗になってる。ちょっとずつ黒くなっていくキミは何よりも美しいさ。キャサリーン、聞こえるかい?聞こえる……



「クソがッ!」

地球連邦アメリカ州警察巡査、ジョージ・スミス・ジョブズは、この身体の震えをどこにぶつければ良いか分からなかった。分かったのは、これが怒りによるものだということだけだった。量子通信情報によれば、またバサハマテュナョシュゥィセメ人が性交事故を起こしたという。最近のヤツらは、ほとんど息を吐いて捨てるように地球人の女性を食い物にしている。女も、我々のような「冷たい」男たちよりも「アツい」男たちがお気に入りのようで、こうした事件が後を絶たない。今回もそうだ。爆発でもちろん男のほうも傷を負ったらしいのだが、致命傷ではなかった。女はもちろん死んでいる。黒く焼けこげて、遺体の肉は散乱して、地獄の苦しみを味わったのだろう、顔が残っていた場合は必ずと言っていいほど苦痛に歪んでいる。俺も警察になってから、現場に居合わせた回数は20を下らない。許しがたく、残忍で、あまりにも悍ましくて、それでも俺たちはバサハマテュナョシュゥィセメのグズどもを罰することもできない。領事裁判権を奪われた我々は、ヤツらの靴を舐め続けるしか道が残されていないのだ。貞淑さを失った地球の売女と、バサハマテュナョシュゥィセメのプレデターたちのせいで、文明は今にも滅びそうだった。焼酎をぐいと呷って、怒りと不甲斐なさにオイオイと泣き続けていると、声がかかった。

「あなた、大丈夫?」
「シュメシュメグュルヒュキィ……今日もかわいいな……」

そっと布団をかけてくれた彼女はブラツカドョドョ出身の、シュメシュメグュルヒュキィという優しい女の子だ。地球の売女共と違って本当に優しく、気品高く、誇り高く、美しく、何より俺のことが好きだった。彼女と会ったときが俺の人生の始まりだった。彼女とはちょうど半年前に結婚した。式では、泣きながら喜んでくれて、俺を抱きしめてくれた。男を立てるということを知っていた。

そんな彼女の唯一の不満が、ナマでさせてくれないことだった。今どき地球人とブラツカドョドョ人のナマえっちは、珍しいことではない。なのに、時々誘っても、やんわり断られてしまう。でも今、俺が弱っている今なら、イケるかもしれない。

「なあ……」
「俺じゃダメか?」
「え?」
「俺じゃ、ダメなのか?」

きつく抱きすくめた。誰よりも美しい彼女の肢体を直で感じたい。もう我慢できず、薄い皮膜を脱がして、事に及んで……



ブラツカドョドョは恐ろしいほど陰鬱な雰囲気に包まれていた。女は一人もいない。全て、地球や、バサハマテュナョシュゥィセメに行ったからだ。宇宙の一部となった彼女たちの噂を聞くたびに、惑星の男たちは発狂していた。その冷血さには似合わないほどマグマのようにたまった彼らの怨みは、今にも煮えたぎりそうだった。

『冷血牛』
『宇宙のゴミ捨て場でしょ?』
『貧困地帯だし、冷たいし、なんか暗いよな笑』
『ごめんなさい、地球人のジョージと結婚するの……』

ブラツカドョドョのフジャメでは連日の追悼集会が開かれていた。献花の列は途切れることを知らなかった。

「絶対に彼奴等を殺す。」

アタバスルケィォンが壇上に立ち、手を広げると聴衆の興奮は最高潮に達した。

「我らの苦心、犠牲、献身が生み出したこの新兵器。彼奴等は、俺たちを見ようともしない。俺たちの凍てついた怒りがお前らを凍らせる日は、近い。では各員、一層励め。我々の女と、尊厳を、取り戻すのだ。やつらが殺られるその日を、生で、しかと目に焼き付けられるその日まで、我慢するのだ。」

結審の日は、近い。

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