『繁栄』要約
『繁栄 明日を切り拓くための人類10万年史』(マット・リドレー 、早川書房)についてのかなりちゃんとした要約です。ざっくり説明すると、人類が誕生してから現在の繁栄に至るまでを「交換と専門化」という経済的側面から紐解いていく本です。終盤では現在から未来にかけての人類のあり方が述べられており、結論としては「将来の環境問題とか貧困とか経済問題についてもっと楽観的に捉えようよ」という著者のスタンスが示されています。
第1章 より良い今日 ―前例なき現在―
前提として、昔の生活に比べて、今の生活は物質的に豊かになっている。交換と専門化により、昔と比べて同じものを購入するために必要な労働時間は短くなった。さらに物質的な豊かさが増すにつれて幸福度も増している。つまり、経済成長を続けることが人類の繁栄の鍵であると言える。その経済成長の要因となるのが、イノベーションである。したがって、イノベーションが生まれ続けるような環境を作り出せれば、人類は繁栄を続けることができるといえる。
人類は長い時間をかけて交換と専門化を身につけ、自給自足の生活から他人の労働を少しずつ消費する生活に移行してきた。そしてこの移行によって経済成長は実現されてきた。交換と専門化がイノベーションを引き出し、それにより労働の分割が進み、時間の創造がもたらされた。交換と専門化こそが人類の歴史をたどる上で最も重要なテーマである。
第2章 集団的頭脳 ―20万年前以降の交換と専門化―
動物は突然変異と自然淘汰によってのみその種の習性を変えることが可能だった。つまり、能動的に習性を変化させることはできなかった。しかし、数百万年前にアフリカで発生した人類の祖先は紀元前20万年あたりから急速に自らの習性を変えだし、棲息範囲を広げた。このような能力を人類に与えた原因は「交換」にある。人類が最初に身につけた交換は男女間での物々交換であったと思われる。そして物々交換を発明するきっかけは火を使った調理にあると考えられている。なぜなら、調理をするようになったことで異なる食材を交換しやすくなったからだ。さらに交換が発明されたことにより、男女の「分業」が促進された。男性が動物の狩猟を行い、女性が果実や根などの採集を行う。そして互いが持ち寄ったものを共有する。このような、女性が主食となる炭水化物を安定的に確保する一方で男性が貴重なタンパク質をときどき提供するというスタイルには明確な利点が存在する。女性は少しだけ余分に採集を行うことでタンパク質を手に入れることができるし、男性は食事の心配をせずに狩猟に集中できるのである。つまり、男女間の交換によって集団の生産性を上げることに成功したのである。
これを機に交換が習慣化し、生産性が向上し、集団の規模が大きくなった。集団の規模が大きくなるとさらに分業が促進され、専門家が現れるようになった。専門家は卓越した技術をもとにより良いモノを生み出し、さらなる生産性の向上に寄与した。つまり交換と分業の拡大によってイノベーションが生まれるようになったのである。
専門家の専門度合いは集団の大きさに比例する。つまり集団の規模が大きくなればなるほどよりニッチな専門家でも食べていけるようになり、様々な分野でのイノベーションが期待できるようになる。逆に集団の規模が縮小するとニッチな専門家は存在しなくなり、イノベーションが停滞するどころか既存の技術が消滅する恐れすらある。実際に3万年前の近東は近隣の集団との交易を行うことにより、集団のネットワークを拡大させ、継続的なイノベーションを生み出すことに成功していた。
第3章 特の形成 ―5万年前以降の物々交換と信頼と規則―
交換には信頼が不可欠であるため、交換は当初親密な関係にある者同士で行われた。そして交換の範囲が拡大するとともに他人への信頼も拡大していった。交換を成功させるためには相手を信頼する必要があり、相手の信頼を裏切ることは交換相手を失い自分の評判を下げことに繋がるため、長期的に見て非合理的である。そのため、人は基本的に相手を信頼し、交換を行った。そして交換の成功が信頼を深め、さらに広い範囲での交換を可能にした。つまるところ、交換の拡大とそれに伴う市場の形成が人類の信頼を深め、人類の徳を形成した。人類が協調的であるのは交換の拡大に信頼が不可欠だったからである。現在、資本主義市場は非人道的・無慈悲と捉えられがちであるが、それは間違った認識であり、本当は市場の形成や商業化によって人々の生活が物質的に豊かになったのみならず、道徳的にも人々の暮らしは向上していたのである。
第4章 90億人を養う -1万年前以降の農耕―
1万1,500年前、温暖化によって植物の棲息可能範囲が拡大し、狩猟採集社会から農耕社会への移行の下地が整った。農耕は、一つの分野への特化が可能で、余剰生産物を作る余裕とメリットがあるような交易の中心地で発明された。つまり、農耕も交換と分業を一形態として発展した文化なのである。農業とは、動植物の遺伝子を人間が保護することと引き換えに、他の種の労働を人間の役に立つことに転用することにほかならない。つまり、農業とは交換と分業を他の主にまで拡大することといえるのである。農耕の発明から長い年月をかけて土地面積あたりの収穫量は増加し、一人あたりに必要な土地面積は減少してきた。これらの生産性向上に起因したのは、窒素の人工固定法の発見、内燃エンジンによる土地の開放、遺伝子交配などのイノベーションである。今後増え続ける人口を賄うことができる食糧を生産するためには、一層の土地面積あたり生産量の向上が必須であり、そのためには集約農業や遺伝子組み換えによる効率的な種の開発などを進めるべきである。
第5章 都市の勝利 ―5000年前以降の交易―
農業の発明により、農耕民は財の貯蔵が可能になったため、さらに広い地域の人々と交換を行うことが可能になった。すると、交易の起点となる町に人が集まるようになり、都市が誕生した。そして都市において交換の仲介役となる商人が登場した。商人によって促進された交易は多大な利益を生み、都市の人々の生活向上にも大きく寄与した。しかしそのようにして生まれた富は往々にして権力者の搾取の対象となった。皇帝や政府などは独占企業的に振る舞い、交易によって生みだされる成長を停滞させた。さらに権力者は域外との交易を制限する保護主義に走った。しかし、これまで見てきた通り、生産性は自由交換を源として向上に向かうため、保護主義は悪手であり、継続的な繁栄を実現するためには自由交易が必須である。
第6章 マルサスの罠を逃れる ―1200年以降の人口―
都市化によって、世界全体で人口増加が起こり、人口の増えすぎによる貧困が心配されるようになった。マルサスは、人口の増加スピードが経済生産性の成長スピードよりも速いため、いずれ貧困が訪れると予測した。確かにこれまで人口が増えたことにより経済成長が停滞したことはあったものの、それは飢饉によるものではなく、人口増加により余剰生産物が少なくなり、交換が成立しづらくなった結果として起こった自給自足生活への回帰によって起こっている。そのため、人間の人口問題に関してはマルサスの示すような単純な理論で説明することはできない。実際、拡大し続けると思われていた人口増加速度は、一定以上の繁栄を果たした国から縮小し始め、今では人口減少が始まっている国すら存在する。つまり、国が豊かになり、都市化が進み、自由が確保されるとともに出生率は下がる傾向にあるのだ。驚くべきことに人間は分業が進むと自然と人口抑制に向かい始めるのである。そのため、人口増加による貧困を心配する必要はない。
第7章 奴隷の解放 ―1700年以降のエネルギー―
人間は生産に使用するエネルギー源を奴隷、動物、木炭、水力や風力、化石燃料と変化させてきた。この変遷のうち、18世紀後半の産業革命に寄与したものは化石燃料である。従来のエネルギー源から化石燃料への移行は現時の太陽エネルギーから蓄積された太陽エネルギーの利用への移行を意味する。化石燃料はほぼ無限に存在し、価格上昇と収穫逓減を起こさないという点で従来のエネルギー源とは一線を画していた。この特徴により、人類は持続可能な成長に必要なエネルギーを手に入れることができた。化石燃料の枯渇が心配されており、バイオ燃料や再生可能エネルギーの開発が進められているが、実際には今後3世紀分の化石燃料の埋蔵量が確認されているうえに、現在確認されている埋蔵量が尽きるまでにまた新たなエネルギー源が見つかる可能性は非常に高いと考えられる。したがって、無理にバイオ燃料や再生可能エネルギーに移行する必要はなく、逆にそれらのエネルギー源は土地を不必要に占拠することにつながるため、環境に悪影響を与える。
第8章 発明の発明 ―1800年以降の収穫逓増―
人類はイノベーションによってその生活水準を向上させてきた。イノベーションによって収穫逓減の壁を乗り越え、人口を増やすことに成功してきた。つまり、この先もイノベーションが続けば、人類は継続的に生活水準を向上させ続けることができるといえる。
イノベーションとは、知識と知識の掛け合わせによって生まれる。そのうえ、イノベーションに使われたからと言って知識が消滅するわけではない。つまり、知識は無尽蔵であり、枯渇することが理論的にありえないのである。そしてこれまで人間が発見してきた知識の量を考慮すれば、イノベーションもほぼ無限に存在することになる。さらにイノベーションによって生み出された技術や知識もまた新たなイノベーションの種として機能する。すなわち、イノベーションは連鎖的に発生し続け、我々の生活を豊かにし続ける。ただしそのためには「知識の自由な交換や共有が可能である」という条件が必要である。この条件さえ満たされていれば、将来の停滞を心配する必要はない。
第9章 転換期 ―1900年以降の悲観主義―
いつの時代においても、将来に対して悲観的な予測をする人は多い。そのような悲観的予測はほとんど「この先技術革新が起こらない」という前提のもとで論じられており、その前提が正しいのであれば、たしかに予測も正しい。しかし、前章でも述べたとおり、技術革新はこの先も連鎖的に発生し続けると考えられるため、先の前提は現実的ではない。
社会の将来に対して悲観的な見方をするのは人間の性らしく、多少の悪化を人類滅亡の始まりと捉えたり、良い話でさえも何らかの悪化として捉えたりと、将来について楽観的な予測をする人はあまりいない。しかし、歴史を振り返ってみると、悲観的主張の的となっていた核、飢饉、資源などどの項目をとってみても実際には改善しており、悲観主義者の主張は過剰であったことがわかる。
第10章 現代の二大悲観主義 ―2010年以降のアフリカと気候―
悲観主義者が唱える最大のテーマは「アフリカ」と「気候変動」である。この2つの問題はジレンマを抱えているように思われがちだが、実はそうではない。現在アフリカでは貧困が問題になっているが、この問題は他国からの資金援助を断ち、市民の財産権を確立させ、事業に関わる規則の自由化を行い、自由交換を促進させることで解決可能である。アフリカの繁栄は必然的に二酸化炭素排出量増加および地球温暖化の促進を意味する。このことは地球にとって悪影響を与えると考えられているが、寒冷化と比較するとある程度の温暖化は疫病や食糧などの面で良い影響を生み出す。さらに温暖化を阻止すべく再生可能エネルギーを普及させようとすることは、土地を必要以上に消費することになるため、逆に生態系に悪影響を与える。そのうえエネルギー源となる物質に含まれる炭素量は時代を経るにつれて減少している。以上の要因より、温暖化によって地球の環境が悪化し、将来の繁栄が果たされないと考えるのは過度な心配と言える。
第11章 カタクラシー ―2100年に関する合理的な楽観主義―
人類は交換を起点として外部に集団的知性を持つことに成功した。そしてその集団的知性に習慣や文化を蓄積することにより、遺伝子を変化させずに急速に生活を変化させることに成功した。さらに交換は専門化を促し、やがて数々のイノベーションを発明するに至った。そしてそれはこの先もずっと続くことであり、人類が交換を行う限り、文化は変化し続け、着実に繁栄へと向かう。
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