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【 読書感想文 】『 モナドの領域 』哲学者、筒井康隆としての最高峰に位置する小説
『 モナドの領域 』は、筒井康隆氏のライフワークでもあった、神や超越者、世界を管理しているナニかを、くっきりと明確に描きだしている。
七瀬シリーズの三部作に登場した、世界のどこにも存在し、すべてを見通し、万能ともいえるパワーをもつナニかをしっかりと言語化し、物語のなかに組みいれている。
小説家や役者、演者など、かずかずの顔をもつ筒井康隆氏。
筒井康隆氏は、哲学者の顔ももたれていると常々おもっていた。
「われ思う、ゆえにわれあり」
神という存在が、すべての中心からひきずりおろされた近代。
神にかわりうるモノをみつけるために、さまざまな哲学者が登場した。
現象学なども、神にかわる物事の本質になりうるものを探すために生まれた。
哲学者:筒井康隆は、神にかわりうるGODを読者のまえに示してくれた。
さまざまな哲学者の考えが引用され、噛みくだかれ、我々でもかろうじてわかるように小説のなかで説明されている。
我々は、筒井康隆氏の言葉をそのまま受け止めるのではなく、吟味し、呻吟し、思考をふかめ、すこしでもGODがいわんとしていることを探求する。
それが、この哲学書ともいえる『 モナドの領域 』の知的な愉しみかたである。
『 モナドの領域 』の文章のなかには、筒井康隆氏が着想をえた様々なアイディアの素がちりばめられている。
筒井康隆氏の脳みそのニュートロンは、世界樹の根のように広げられた膨大な知識をもつ。
その知識の内側まで踏みこむと、輝ける闇にとりこまれ自分の古い知識を脱構築しながら、インテリジェンスな飛翔をかんじ、あなたの人間のレベルがひとつか、ふたつはあがる。
たとえば、物語の終盤に、小説の書き方に悩む小説家にGODがアドバイスをあたえる。
ジャン=フランソワ・リオタールの言葉を、あるていど噛みくだいて我々に教えてくれる。
GODの言葉だけで納得するか、ジャン=フランソワ・リオタールの本を手にとり読み理解を深めるか、後者にまで踏みこんだのであれば、あなたはもう哲学の扉をひらき、GODの考えの深奥にいたるための道を歩きはじめた哲学者といえる。
哲学者の名前や考えなど、終盤になるほどにふえる。
筒井康隆氏が、わかりやすく丁寧に書かれているが、それでもわかりにくい。
それは、それで問題ない。
一流の頭脳をもった設定の登場人物たちもいまいち理解できていない。
なので、読者は哲学的な部分は、なんとなくそんなものダと思い、ふわふわと読みすすめてもらってかまわない。
なにかの拍子に、あなたの記憶から、『 モナドの領域』に書かれていた哲学的な言葉が、首をもたげあげる時があれば、それについてゆっくりと考えるとよいだろう。
その言葉が登場した前後を読みかえし、筒井康隆氏がアイディアをえた哲学書を手にとりペラペラと言葉を眺めると、あなたの心の領域でちかッと知恵の灯りがともったり、革新的なアイディアが勃起したりするかもしれない。
さて、原稿用紙3枚分をついやし、哲学者としての筒井康隆氏の側面について書いてきた。
『 モナドの領域』 は、むずかしそうだな。
そのように思われたかたが、多いだろう。
そのようなことは、まったくない。
小説でありながら、劇を見ているように読みやすい。
ベーカリー、公園、法廷、討論会、それぞれの切りとられた場面を視覚でたのしめる。
聴覚でGODの言葉を噛みしめられる。
『 モナドの領域』は、猟奇殺人事件小説のようにはじまる。
刑事も登場し、いよいよ、証拠などが集められ、解決へとむかうのだろうなと読者は想像させられる。
ところが、われら読者の期待は裏切られる。
GODが、物語に登場し、おやおや、話の流れがかわっているゾと思いつつ、公園でのリアリティある説法、迫力ある法廷での場面にひきこまれてしまう。
法廷の場を描きだす筒井康隆氏の筆の運び方は、文学史上偉大な作品のひとつにあげられる『 カラマーゾフの兄弟 』のように、清潔と汚泥をあわせもった異様な迫力ある文章である。
武田泰淳の『 ひかりごけ 』の透明感の要素も、これまた持ちあわせているように感じられた。
どちらの作品も、神、もしくは、神をこえたサムシングについた書かれた小説であることをつけくわえておく。
物語の終盤では、小説の登場人物をとおして、紙のむこうがわにいる我々にたいしても語りかけてくるGOD。
その言葉は、GODがおっとりと話しているのか、筒井康隆氏が我らに警句をあたえているのか。
伝えられたメッセージのうけとりかたは千差万別。
メッセージの解釈具合をめぐっては百家争鳴。
GOD、筒井康隆氏からメッセージをうけとった我々はどう生きるか。
筒井康隆氏としては、めずらしく『 モナドの領域』では、おおきなイベントが終了したあとの登場人物について書いている。
登場人物のその後を書きくわえることで、爽やか結末のように感じられるが、なんとなく残酷で悲惨な影が未来にむけて伸びているようにも思われた。
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さいごに、筒井康隆氏は、『 モナドの領域』を自身の最高傑作としてあげられている。
たしかに、「筒井康隆氏の読みやすく、なおかつ文学的な小説を読みたい」とたずねられたら、おれは『 モナドの領域』をあげるだろう。