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舞踏で紡ぐ中世の絆:9世紀から10世紀のダンス文化

こんにちは、芸能事務所トゥインクル・コーポレーション所属、パントマイムアーティストの織辺真智子です。

前回は5世紀から8世紀にかけてのヨーロッパのダンス史をご紹介しましたが、今日はその続きとして、9世紀から10世紀のダンス文化について、より詳細にお話しさせていただきます。
この200年間は、ダンスの歴史において極めて重要な転換期でした。古代からの伝統とキリスト教の影響が融合し、新たな舞踏文化が花開いた時代です。特に農村部では、ダンスが人々の生活に深く根付き、単なる娯楽を超えて、コミュニティの結束と文化の継承を担う重要な役割を果たすようになりました。

季節の息吹を踊る:農村の祭りとダンス

春の訪れを告げる「五月祭」は、中世の農村社会で最も重要な祭りの一つでした。その中心となるのが「メイポール・ダンス」です。高さ10メートルほどの柱(メイポール)を中心に、色とりどりのリボンを手にした若者たちが踊ります。
このダンスの詳細をご説明しましょう。まず、男女がペアになり、それぞれ異なる色のリボンを持ちます。音楽が始まると、踊り手たちは柱を中心に円を描きながら、時計回りと反時計回りに交互に動きます。リボンを高く掲げ、時には柱の下をくぐり抜けながら、複雑な編み目模様を作り出していきます。
このダンスには深い意味が込められています。リボンが絡み合う様子は、自然の生命力と豊穣を象徴し、男女が交差する動きは、人間社会の結びつきを表現しています。最終的に柱全体がリボンで装飾されると、それは まるで花で飾られた生命の樹のようです。この瞬間、踊り手たちは歓声を上げ、春の訪れを心から喜び合うのです。
収穫の季節には「穂刈りダンス」が踊られました。このダンスは、一年の農作業の集大成とも言える重要な儀式でした。最後の一束の穀物を刈り取る前、農民たちは大きな輪を作ります。
ダンスは、ゆっくりとしたリズムから始まります。踊り手たちは、穀物を刈る動作を模倣しながら、少しずつ円を小さくしていきます。中央に置かれた穀物の束に近づくにつれ、テンポは次第に速くなります。クライマックスでは、踊り手たちが一斉に高くジャンプし、地面を強く踏み鳴らします。この動作は、大地の恵みへの感謝と、来年の豊作への祈りを表現しているのです。

人生の節目を彩る:結婚式のダンス

結婚式は、中世の農村社会で最も華やかな行事の一つでした。そこで踊られる「ブライダル・ダンス」は、新たな家族の誕生を祝福し、コミュニティ全体で支えていく決意を表現する重要な儀式でした。
ダンスは、新郎新婦を中心とした大きな輪から始まります。参列者全員が手をつなぎ、ゆっくりと時計回りに動き出します。音楽が変わると、動きの方向も反時計回りに変わります。この単純な動きには深い意味があります。時計回りの動きは「過去への感謝」を、反時計回りは「未来への希望」を表現しているのです。
ダンスが進むにつれ、輪は徐々に小さくなっていきます。最後には、新郎新婦を中心に全員が寄り添うように集まります。この瞬間、新郎新婦を取り囲む参列者たちの姿は、まるで大きな家族のようです。これは、新しい家庭をコミュニティ全体で支えていくという誓いの表現なのです。

夜になると、「松明ダンス」が始まります。参列者たちは松明を手に持ち、新郎新婦の家の周りを踊り回ります。炎の光が闇を照らす様子は、新しい人生の門出を象徴すると同時に、邪気を払い、幸福を呼び込む意味もありました。踊り手たちは、松明を高く掲げたり、低く構えたりしながら、複雑な図形を描いていきます。その光の軌跡は、まるで夜空に描かれた祝福の言葉のようでした。

地域の個性が踊る:各地のユニークなダンス

中世ヨーロッパの各地域では、その土地特有のダンスが発展しました。これらのダンスは、その地域の歴史や文化、自然環境を反映した独特の特徴を持っています。
フランスのブルターニュ地方で踊られる「アン・ドロ」は、共同体の結束を表現する興味深いダンスです。踊り手たちは小指をつなぎ、蛇行するような動きで前進していきます。この独特の手のつなぎ方は、ブルターニュの人々の「個性を保ちながらも、共に進む」という精神を表現しています。
ダンスは、リーダーの歌に合わせて進みます。歌詞は、ブルターニュの歴史や伝説、時には現在の出来事までも詠み込まれます。踊り手たちは、歌に応じて速度や動きを変え、時には歌の内容を身振りで表現します。例えば、海の歌では波のような動きを、戦いの歌では力強いステップを踏むのです。

一方、イングランドの「モリス・ダンス」は、より華やかで活気に満ちたダンスです。踊り手たちは、鈴や棒、ハンカチーフなどの小道具を使い、複雑なステップを踏みます。鮮やかな衣装に身を包み、時には顔に黒い塗料を塗ることもあります。
このダンスの起源については諸説ありますが、多くの研究者は古代の精霊信仰との関連を指摘しています。例えば、鈴の音は邪気を払い、豊作をもたらすと信じられていました。また、顔に塗る黒い塗料は、精霊に扮する意味があったと言われています。

モリス・ダンスの特徴的な動きの一つに、高くジャンプする「カパー」があります。これは穀物が高く成長するようにという願いを込めた動作だと言われています。また、棒を使った「スティック・ダンス」は、古代の戦いの様子を模していると考えられています。

踊りで紡ぐ文化の糸:ダンスを通じた知識と価値観の伝承

9世紀から10世紀の農村部におけるダンスは、単なる娯楽以上の意味を持っていました。それは、コミュニティの価値観や知識を次世代に伝える重要な手段だったのです。

例えば、「カロール」と呼ばれる輪舞では、リーダーシップと協調性を学ぶ機会が提供されました。リーダーが歌を歌い、他の踊り手たちがそれに応える形式は、コミュニティの中での役割分担や協力の大切さを体感させるものでした。若者たちは、リーダーの役割を交代で務めることで、責任感や決断力を養いました。
スコットランドの「ソード・ダンス」は、古代の戦士の勇気と技を称えるダンスです。踊り手たちは剣を使って複雑な図形を作り出し、その技術と勇気を競い合います。このダンスを通じて、若者たちは自分たちの先祖の歴史を学び、勇気や名誉、忠誠心といった価値観を身につけていったのです。

さらに、季節ごとのダンスは、農作業のリズムや自然の循環についての知識を伝える役割も果たしました。「穂刈りダンス」の動作には、実際の収穫作業の動きが反映されています。若者たちは、このダンスを通じて農作業の基本を学び、自然と共生する知恵を身につけていきました。
例えば、穂刈りダンスの中で、踊り手たちが腰を低く保ちながら前進する動きは、実際の刈り取り作業の姿勢を模しています。また、リズムに合わせて手を大きく振る動作は、鎌を使う際の効率的な動きを表現しています。これらの動きを繰り返し踊ることで、若者たちは自然と正しい作業姿勢や効率的な動きを体得していったのです。

心を紡ぐ舞踏の力

このように、9世紀から10世紀の農村部におけるダンスは、単なる娯楽を超えた、深い社会的・文化的意義を持っていました。季節の変わり目を祝い、人生の節目を彩り、地域の個性を表現し、そして知識や価値観を伝承する - ダンスはまさに、人々の生活のあらゆる側面に浸透していたのです。
踊ることを通じて、人々は自分たちのアイデンティティを確認し、喜びや悲しみを共有し、そして未来への希望を表現しました。ダンスは、言葉以上に雄弁に、人々の心を結びつける力を持っていたのです。


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