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18世紀のタブロー・ヴィヴァンの進化:ディドロと劇的タブローの概念

こんにちは。芸能事務所トゥインクル・コーポレーション所属 パントマイムアーティストの織辺真智子です。しばらくタブロー・ヴィヴァンのお話をしています。今日は18世紀のおはなしをしていきますね。


18世紀にタブロー・ヴィヴァンは劇的な進化を遂げ、演劇の世界に革命をもたらしました。
その中心にいたのが、フランスの哲学者ドニ・ディドロでした。
彼の「劇的タブロー」の概念は、タブロー・ヴィヴァンを単なる見世物から芸術表現へと昇華させたのです。

では、この興味深い芸術形式の進化を、時代を追って見ていきましょう。

「アルルカンの結婚」:舞台上の静止した瞬間

1761年、パリの劇場で革命的な出来事が起こりました。「アルルカンの結婚」という芝居の中で、初めて舞台上でタブロー・ヴィヴァンが使用されたのです。コメディア・デラルテのスタイルを取り入れたこの芝居は、観客に衝撃を与えました。

突如として、俳優たちが動きを止め、絵画のような構図を作り出したのです。この瞬間、舞台は生きた絵画となり、観客は息を呑みました。これまで見たこともない光景に、劇場は興奮に包まれたことでしょう。

この革新的な演出は、タブロー・ヴィヴァンを演劇の重要な要素として確立する第一歩となりました。静止した瞬間が持つ力、そして視覚的表現の可能性が、ここで初めて舞台上で証明されたのです。

ディドロ登場:哲学者が描く新しい演劇の姿

そして、この革新的な表現方法に理論的な基盤を与えたのが、フランスの哲学者ドニ・ディドロでした。1713年生まれのディドロは、「百科全書」の編纂者として知られる啓蒙思想の巨人でしたが、演劇理論の分野でも革命的なアイデアを提唱しました。

1757年、ディドロは「自然の子についての対話」を発表します。この中で彼は、「タブロー」を次のように定義しました。

「舞台上の人物の配置が自然で真実であり、画家が忠実に描いたとしても、私がその絵を喜んで見るようなもの、それがタブローである。」

この定義は、タブロー・ヴィヴァンに新たな意味を与えました。ディドロは、舞台上の静止した瞬間が、絵画のような美しさと共に深い感情や物語を伝えることができると主張したのです。

ディドロの演劇理論には、画家ジャン=バティスト・グルーズの影響が強く見られます。グルーズの絵画に見られる感情的な表現と自然主義的な描写は、ディドロの「劇的タブロー」の概念に大きな影響を与えました。

ディドロは、グルーズの絵画のように、舞台上でも瞬間的に凝縮された感情と真実を表現できると考えたのです。これは、タブロー・ヴィヴァンを深い芸術的表現へと昇華させる重要な一歩でした。

「劇的タブロー」:静止の中に宿るドラマ

ディドロの「劇的タブロー」の概念は、タブロー・ヴィヴァンに新たな生命を吹き込みました。彼は、舞台上の静止した瞬間が、物語の最も重要な転換点や感情の頂点を表現できると考えたのです。

ディドロは、俳優が一瞬静止することで、その瞬間に登場人物の感情が最も強く表現されると考えました。まるで時間が止まったかのような瞬間に、観客は登場人物の内面に深く入り込むことができるのです。

この考えは、従来の演劇の概念を大きく変えるものでした。動きや台詞だけでなく、静止した瞬間にも大きな表現力があることを、ディドロは示したのです。

また、ディドロは、演劇における視覚的要素の重要性を強く主張しました。彼は、言葉だけでなく、身体の動きや構図によって感情を表現する新しい方法を模索したのです。このアプローチは後の演劇やパフォーマンスアートにも大きな影響を与えることになります。ディドロの考えは、演劇を「聞く」ものから「見る」ものへと変える、革命的なものだったのです。

「第四の壁」:観客と舞台の新しい関係

ディドロはまた、「第四の壁」という概念も提唱しました。これは、舞台と観客の間に見えない壁があると想定する考え方です。この概念により、俳優は観客の存在を意識せずに、より自然に演技することができるようになりました。

この「第四の壁」の概念は、タブロー・ヴィヴァンの表現をより強力なものにしました。俳優たちは、観客の視線を気にせずに、完全に静止した状態を作り出すことができるようになったのです。これにより、より深い没入感と真実味のある表現が可能になりました。

演劇革命の波及:ディドロの影響

ディドロの「劇的タブロー」の概念は、演劇界に大きな影響を与えました。多くの劇作家や演出家が、この新しい表現方法を取り入れるようになったのです。

舞台上で突如として時間が止まったかのような瞬間が生まれ、観客はその「生きた絵画」に魅了されました。タブロー・ヴィヴァンは、演劇におけるヴィジュアルコミュニケーションの重要性を示す、強力な手段となったのです。

18世紀の革命が現代に残す遺産

18世紀におけるタブロー・ヴィヴァンの進化、特にディドロの「劇的タブロー」の概念は、演劇の歴史における重要な転換点となりました。静止した瞬間の力、視覚的表現の重要性、そして身体言語の雄弁さ。これらの要素は、現代の演劇やパフォーマンスアートにも大きな影響を与え続けています。

また、ディドロの演劇理論では、身振りとパントマイムが非常に重要視されています。彼は、これらの非言語的要素が、言葉よりも自然かつ強力に感情を表現できると考えました。次の記事ではこの「タブローヴィヴァン:身振りとパントマイム」についてさらに深掘りしていきたいと思います。

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