一体いつまで僕は騙され続けてしまうのか
僕の前職は、広告代理店の下請けの制作会社だった。
沢山の広告代理店と一緒に仕事をした中で、印象に残っている人のうちのひとりに、新山さんという歳下の女性がいる。
新山さんからは、企画書を制作する仕事を頼まれた。
新山さんの会社が、あるクライアントに提案を行うコンペに出ることになり、ある領域を得意としていた僕の会社に声を掛けてきた、という流れだ。
このような依頼は、様々な広告代理店の担当者から、毎月のように受けていた。
なので、僕はしょっちゅう企画書を書いていた。
広告代理店から企画書の制作を依頼されたとき、無償で引き受ける場合と、報酬をもらう場合がある。
無償の場合は、広告代理店が無事に受注できたらその先の制作作業を正式発注してもらうことが前提条件。
広告代理店的に「なんとしても受注したい」という気合いが入った案件の時は、企画を作った時点で報酬をもらうことが多かった。
新山さんからは、2回ほど企画書制作の仕事を受けた。
そこまで手の掛かる仕事ではなかったから、報酬は2回とも無償で引き受けた。
どちらの仕事も受注に至らず、提案した内容もほとんど覚えてないくらい、印象の薄い仕事だった。
しかし、なぜ新山さんのことが印象に残っているかというと、その理由は一通のメールだ。
2回目の提案がうまくいかなかった旨を伝えるメール本文に、こんなことが書いてあった。
「本当に申し訳ございません。そろそろ太さんに連絡を無視されるのではないかと思ってビクビクしています笑。この恩は、いつか何倍にもして、絶対に絶対にお返しします!」
僕は馬鹿みたいに、2回うまくいかなかっただけで、律儀な人だなあと思った。
他の仕事では、提案がうまくいったのかどうかも教えてもらえないケースは山ほどあったし、中には受注できなかったことを下請けの僕らのせいにしてくるような人もいた。
だからこそ、新山さんのメッセージは際立ったし、心に残った。
また今度依頼が来た時は頑張ろう、新山さんが仕事を受注できるように出来る限りのサポートをしよう。
そんな風に思って、頻繁に行われていた広告代理店への営業進捗を確認する社内会議に出席する度に新山さんのことを思い出したし、頭の片隅に自ずと残る人になっていた。
それから数ヶ月後、隣で仕事をしていた後輩から「新山さん、転職したっぽいですよ」と聞かされた。
さすがにあんなメッセージを送ってくるぐらいだから転職するならその報せはあるでしょう、と考えながら後輩が見せてきたパソコンの画面を覗き込むと、とある会社のホームページが映っていて、新山さんが笑顔でこっちを見ていた。
まあ、こんなもんだよなあ。
僕はしばらく脱力したのち、やり取りがそんなに多くないのに、一通のメッセージで新山さんを信用してしまった自分を情けなく思った。
そもそも、赤の他人である仕事の取引先に期待したところで、裏切られる事が多いのは、この下請け会社に入ってから、痛いほど思い知っていたことだった。
下請けは、発注元にとって都合の良い時しか基本的には連絡が来ない。
こちらから近づくと、突き放されるのも常だ。
僕が苦手だった広告代理店の担当者は、あまりにも下請けを無下にする人たちだったけれど、新山さんも例に漏れずその中の一人だったということだ。
その後、僕は頭の中から新山さんを消去して、人にできるだけ期待をしないことを頭に刻み込んで仕事をするようにした。
しかし、思わぬ形で僕は新山さんと再会することになった。
僕は下請けの制作会社を辞めて、IT系の事業を行っている会社に、プロモーションやPRの担当として入社した。今勤めている会社である。
入社してしばらく経ってから、様々な業界で、僕と同じようにプロモーションやPRを担当している人たちが集まるオンラインのコミュニティに誘われて、入ることになった。
そのコミュニティに、新山さんがいたのだ。
コミュニティ内での僕の投稿を見た新山さんは、メッセージを送ってきた。
今後何かあればよろしく的な挨拶をした。
それからまたしばらく経って、ある日コミュニティを覗いていたら、新山さんの悩み相談の投稿を見た。
その内容は、ひょっとすると自分の会社とコラボしたら、お互いメリットがあるんじゃないかと思われるものだった。
前職時代の出来事が頭をよぎったけれど、今はお互いのポジションも変わったし、生産性のある仕事ができるかもしれない。
そんな風に思って、僕は新山さんにメッセージを送り、一度会議をした。
すぐに仕事になりそうではないけれど、今後一緒に何かできるかもしれないですね、そんな話ができた。
ただ、後日新山さんから届いたメッセージは、また僕をガックリさせた。
そこには先日の会議の御礼とともに、僕へのお願い事が書いてあった。
新山さんが作った資料を無料でチェックし、僕の知見を元にしたフィードバックが欲しい。
また、僕が今までの仕事の蓄積で繋がりを持っている企業の名前を複数挙げて、それぞれの企業の担当者と連絡先を教えて欲しい。
全部、無料で。
そんな内容だった。
メッセージを前にして、「あー、またやってしまった」と超情けない気持ちになった。
なぜ僕は、新山さんみたいな人を見抜けないんだろう。
見抜けないっていうか、一回痛い目を見ているのに、お人好しのアホみたいになぜ信用しようとしてしまったんだろう。
こういう人は、下請けだろうと、そうじゃなかろうと、自分だけを中心に据えて他人と接する人なのだ。
だから思ってもいないその場で相手を喜ばせるだけのメッセージを送ってくるし、普通ならお金を払ってするようなことをダメ元(と思ってるかどうかも定かではないけど)で無料でお願いしてきたりするのだ。
僕は超オブラートに包んだつもりの、だけど刺が隠しきれないメッセージを新山さんに送りつけながら、下請け時代に良くしてくれていた広告代理店の担当者の方を何人か思い出していた。
「パートナーだと思っているから、クライアントが理不尽なことを言ってきたらちゃんと守るから」
そんなことを言ってくれた人もいたなあ。
結局、誰とやるかなんだよなあ。
仕事って。
新山さんからは後日、適当なお礼の返信がきた。
もう新山さんと連絡を取ることは一生ないと思うけど、またいつか新山さんみたいな人に出会った時に、また騙されてしまったどうしようと、僕はビクビクしている。
犬も食わない / Creepy Nuts