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◎仕事を辞める理由。
「辞めたいと思っています」
Sexy Zone が結成して10周年を迎える本日(本当におめでとう)、わたしは店長に初めて辞める意思を伝えた。
ここで述べたように、わたしは学生の時に経験した飲食チェーン店で働いている。
【辞めたい】
という気持ちは働き出してから、わりと、ずっと、あった。
でもそれが単なる甘えなのか、何が嫌で辞めたいのか、すべてがただ漠然としていてずっと苦しかった。
寝る前に夫に泣き言をぼやいても、夕食時に愚痴っていても、たくさん夫に「辞めたい」という意思は伝えたけれども、中々その気持ちは受け取ってはくれなかった。
わたしが「辞めたい」という気持ちはちゃんと伝わっていたと思うけど、その理由を聞いたときに何も言葉にできないわたしを見て、『これではいけない』と思ったのだと思う。
きちんと辞めたい理由を自分で見つけれないと、次の仕事に支障がでるから、自分の納得できる理由を見つけた方が良い。
これは、「なんで辞めたいって言っても、いいよ、って言ってくれないの?」と夫に聞いたときの答えだ。
未だに『次の仕事に支障がでるって何?』とは思ってはいるのだけど(ごめん)、きっとわかるときがくるのだろう。
そんな夫にわたしはここ1ヶ月ほど『辞めたい』という気持ちは伝えなかった。あんなに毎日のように言っていたのに。
『行かなきゃ』と思ったのだ。
どんなにしんどくても行かなきゃ。
そんな頻繁に欠勤しているわけではない。ただ、いろんな理由を付けて休みがちではあったと思う。このコロナ禍の中でも、古株パートのおふたりは体調不良で休むって何?みたいな感じでめちゃくちゃ元気だし、基本的に小さなこどもがいても休まないひとたちなので、休む連絡を入れるほうがしんどいと感じてしまうようになった。
グループLINEも、元々そんなに動くものではないけれど、わたしの休む連絡の回数が増えると、どんどん返事をするひとが減っていき、「またか」って思われてそうだな、とか、あることないこと考えては勝手に傷ついてっていうのを繰り返して、自然と「(無理してでも)行かねば」という気持ちになった。
仕事というのは、本来、雇われている身であるのであれば、行かねばならないもので、「仕事が嫌」とか「休みたい」とか、そういう感情を抱いてしまうことがそもそも間違っているものなのかもしれない(とは言っても思ってしまうものだけど)。「行かない」という選択肢がある自分が間違っているのだとさえ思えてきてしまって、自分を責めていたのである。
自分の意志とは裏腹に頑張って仕事をしているひとはたくさんいると思う。
でもわたしにはそれが危険なサインだと感じた。
この感情はパートの自分が持つには重すぎると思ってしまったのである。
そして習慣化された寝る前のヨガの最後のポーズ【シャヴァーサナ】で、連日、涙があふれ出てしまったことも『やばい』と感じた出来事であった。
わたしの働いている飲食チェーン店は、社員とパート・アルバイトで仕事内容が大幅に変わるわけではない。もちろん事務処理だとか、責任を負うようなことは社員が受け持つことが多いけれど、基本的には変わらない。その差がないことが、いまのわたしにはきつかったのかもしれない。
ある程度別店舗での経験があったから、数年のブランクはあってもすぐに感覚を取り戻せたし、なんならあの時よりもできるようになったことは増えた。扱いやすい新人だったと思う。調理場にいくのも好きだったし、司令塔は別に嫌いじゃなかった。でも、経験があるからこそ、働けば働くほど思うことは増えていくわけで。
経験があったとしても、勝手が違うことが多い分、大きな態度はとらないように【郷に入っては郷に従え】の精神で今日までずっとやってきた。
一応肩書だけで言うとパートの中ではペーペーなので、自分から意見を発することはしなかった。したくてもできなかった。怖かった。でも、わたしもこの仕事が嫌いなわけではないし、効率よく業務する方法をいつも探しているので、何も考えずに仕事をしているわけではない。
「どう思う?」と聞いてくれれば、「こうしたほうがいいのではないか」というようなことはたくさん言えた。正直、もっと改善できることはあると思うし、今よりもっと若い子たちが働きやすい環境、仕事に対しての意識改革は起こせるしつくれると思う。でも聞いてくる人はいなかった。そりゃそうだよ、だって一番下っ端だし。その感覚が古いなとは思うけど。
何より、『この店に、わたしがそこまでする必要があるのか?』というのは結構思っていて、良くも悪くも淡泊な方たちが多いので、こちらにも【情】というものがない。
先月、古株パートの出勤日数がかなり減り、わたしの出勤日数が増えた。
さすがに働くだけで一日が終わり、自分の趣味の時間がまったくとれなかったこともあり、勤務日数を元に戻してほしいのだが可能か?というようなことを店長に聞いたときに初めて、古株パートがなぜ出勤日数が減っているのかを聞いた。
自分の代わりに働いてくれるひとがいるから、自分は違うことができる、という当たり前のことを彼女は思わなかったのだろうか?
わたしの負担が明らかに増えていたのはシフト表を見ればわかることで、事前に彼女から理由を聞けていれば、「仕方ないか」と思えたものを…。
それでいて、その理由から解放された瞬間から、きっと彼女のシフトは元通りになるのだろうし、結局店長も彼女も、わたしは良いように使える駒とでしか思っていないんでしょう?とひねくれた考えにもなってしまって、そんなひとたちに情など沸くはずもない。
別に仲良しこよしがしたいわけではない。
わたしも最初から長く居続けるつもりはなかったから、変に仲良くなって辞めにくくなっても嫌だな、とか基本的に自分を守るために心の最後の扉は絶対開けないし、あまり素性は出さないようにしてきたのもあって、バリア張ってる歳の離れた若者にどう話しかけていいのかもわからないのはわかる、きっとそこに関してはわたしの出だしがミスった。たまに疎外感を感じるときもあるけれど、それでも、【みんなが気持ちよく働くうえで】必要最低限の言動はしてほしいとは思う。
さぼっているつもりはないのだろうけど、口ばかり動いてる古株を見ると、真面目に働いているこっちがむなしく感じてしまう。
わたしは「ここはこうすべきだ」というような【こだわり】は多い方で、【自分ルール】に則って仕事をしている。
メニューブックは、手に取るお客さんには必ず最初から見てほしいから最初のページが見られるように直すし(サイドメニューが最初に載っていることが多いため、少しでも客単価が上がってほしいのと、そのページをつくった方の気持ちを汲み取っての行動)、おしぼりなどの卓上補充は欠かしたくない。商品はできるだけきれいに提供したいし、価格に見合った商品を提供したい。カトラリーや食器はいつだって汚れのないきれいなものを使いたい。衛生面で気になることは自分はしないようにしているし(前職の経験から厳しめに見がち)。
この仕事が好きだからこその(世の中では当たり前のことかもしれないが)わたしの譲れないこだわりだ。
ただ、それを他人に求めるのは違うなと思っていて。
今は最低限のルールさえ守っていればいいか、と思っている。
これは今の職場で学んだことだ。
ひとりひとり、思っている「当たり前」は違っていて、自分の「当たり前」を他人に求めるのはエゴだなあ、と感じたのである。
前述した、古株パートのシフトの件も、きっとわたしには連絡する必要はないと判断したからで、彼女の「当たり前」ではなかったのだ(ちょっと悲しい)。
でもそう思ったら、わりと物事を楽に考えられるようになった(そしてスルースキルも身に付いた)。
”ひとはひと、自分は自分。”
なんてことは幼少期からよく聞く言葉だけど、そう思えたらどんなに楽に過ごせるのかなあって27年間思って生きてきた。でも最近やっとなんとなくそう思える自分に近づいた気がする。
わたしは昔からないものねだりするし、他人をうらやんだり、自然と他人と自分を比べる癖がある。
きっとそれはもう27年、そうして生きてきたから自覚はできるようになっても、大きく変わるようなことはないだろう。
でも、少しずつわかってきた。
わたしはわたし以外には誰にもなれない(歌かよ)。
(癖が強めな)色んな人間に出逢ってきたからこそ、ようやく、やっと、思えたことなのかもしれない。
そんな考えや心境にたどり着いたのもわりと最近の話。
そのきっかけのひとつとして、ドラマ『コントが始まる』がとても大きかったように思う。
このドラマが教えてくれたことはたくさんあった。
どんなに真面目で頑張っているひとでも、ちょっとしたことで人生が辛いと感じるような出来事に出会ってしまうこと、努力したひとが全員報われるとは限らないこと、それでも経験は財産だと思える内容であったこと、何より辛くて死にたいと思っていた人生を楽しいと思わせてくれた【推し】の存在ができて、人生が変わった里穂子と自分の姿が重なって見えて、すべて里穂子がわたしの気持ちを代弁してくれているようだった。
印象に残っているシーンはたくさんあるし、そのすべてがきっといまのわたしの考え方に影響しているのだろうと思うけれど、中でも里穂子と春斗が再就職を決めた理由が忘れられない。
里穂子は自分が一番輝いていた時代、華道部の部長をしてたときを思い出せるように、お花がきれいに飾ってある職場に就職した。きっとそのお花をみるたびに、きれいに飾ってくれたひとのことと過去の自分を重ねて、頑張ろうという気持ちになるのだろう。里穂子の言うように、この時に初めて過去の自分を肯定してあげられるようなこともある。
最近入ってきた高校生の新人くんがどうやら管理栄養士を目指しているらしい。進路を決めるという大切な時期にバイト始めるんだ…、とは思ったが、それでもその話を聞いた時はすごく嬉しかったことを覚えている。
自分のしていた仕事に憧れてくれている、というこの状況は初めての経験だった(厳密にはわたしは管理栄養士ではなく栄養士だけども)。
わたし自身が両親の仕事だった栄養士に(謎に)憧れて栄養士になったので(後に妹も栄養士になり栄養士一家となった)、自分のこどもが自分の仕事を夢にするのは言葉にならない程嬉しいのだろうなと思っていたのだけど、身内でなくてもこんなにも嬉しくなるもんなんだろうか。
栄養士は苦しくてしんどかったけど、その何倍も楽しかったし胸を張って誇れる仕事だと思う。でも、それが自分よりも若い子にも伝わっていて、しかも、憧れてくれているというのは、自分の過去がここでまたさらに肯定されたような、そんな気持ちになった。
【すぐに結果が出なくても、後から遅れて結果がでる努力もある。】これはこれからもわたしの過去を支えてくれるであろう、里穂子のセリフだ。
春斗は人生はコントのようだ、と春斗らしい結末を迎えた。1話で行っていたコント《水のトラブル》に関係する会社に就職した。
そんなもんでいいんだ、と思った。
春斗もそんなラフな感じで仕事を決めていいのかと言っていたけれど、見ているこちらもそれでいいんだと肩の荷がおりたような気がした。
人生を背負って生涯働くことも素晴らしいことだけど、果たしてそれだけが正解なのか?そもそも正解なんてものはあるのか?
それこそ、ひとの数だけ正解というのはあるもので。
このドラマを全話見終えたときに、最後は仕事に対する気持ちがちょっと軽くなったし、もっとラフに考えよう、色んなことに挑戦してみよう、今からでも遅くないんじゃないか、とか、そういう前向きな気持ちになった。
そしてもうひとつのきっかけは【占い】だった。
先月、目の前が真っ暗になってこれからどうしたらいいのかわからない、と完全に人生に行き詰ったと感じる場面に出会った。
「突然ですが、占っていいですか?」という番組が好きで毎週見ているのだけれど、その影響を受けてか、ある時、アドバイスとか話だけでも聞いてもらいに占いに行こう!と思って行ってきた。
占いは本当に行き詰った時にしか行かない、もはやわたしにとっては助け舟のようなものだ。
そのときに、いろんな種類のタロットカードで見てもらったけど、たくさんこどもにまつわるカードが出てきた。
運命的には2023年にはこどもがいる環境にたどり着けるらしい。
そしてわたしは身体は強いけども、精神的に超絶弱いという運命らしく、今のままいけばまた精神的に病むと言われた。だから仕事は増やさない方が良いし、転職したとしても今のペースでゆるく仕事するか、もしくはいっそ辞めて、ゆっくりのんびり過ごした方が良いんじゃない?という言葉ももらった(運命的には夫がわたしの分まで稼いでくれるらしい)。
もう一度精神的に病むのだけは避けたかった。
そして占いでも指摘されたけれども、仕事と妊活と推し事と趣味を、ぜんぶ一度にするのはわたしには不可能だ。
占い通りに運命が進むとは限らないし、絶対なんてないけれど、時間差はあったものの、「このままだと精神的に病む可能性があること」と「のんびりしたほうが良い」という、占い師の言葉で、仕事を辞めるという決断に背中を押されたことは事実だ。
ここでの会話は、仕事を辞めてもいいんだと思えたきっかけのひとつだったので、あの時占いに行っていてよかった。
結局、先週末に夫に「仕事辞めたいと思ってる。」「辞めてちょっとゆっくりしたい。」「もっと趣味に時間かけたい。」と打ち明けたところ、「辞める理由はなんだっていい。その気持ちに向き合って自分の本心を知ることが大事。」と言われて、安心してポロっと涙をこぼした。
働くことは好きだし、今の仕事が嫌なわけではない。
でも、自分を守ることも時には大事なんだよなあ。
店長もすんなり受け入れてくれたけど、もっとわたしに何か言ってもいいのに。
悲しい笑い方してたなあ。
ほんとは店舗勤務するような役職じゃないお偉いさんなのになあ。
自分の感情を表に出すのが苦手な方だから、あれが精一杯だったんだろうなあ。
東京きてからほとんど引きこもってたわたしに、外に出て働くことの楽しさを思い出させてくれたこと、無事に社会復帰できたこと、すごく感謝してる。
外に出ることが億劫に感じることもなくなった。
わたしはふつうの人間に戻れた。
残り1か月、この約1年間、わたしはクレームを全く出さなかったので、このまま完璧な従業員で終わりたい。
がんばれ、わたし!!!!