伝統を紡ぐデザインの企画と思考ー名古屋黒染紋付×名古屋扇子「KOKUSEN」
PROJECT NOTE
名古屋黒染紋付×名古屋扇子「KOKUSEN」(愛知)
名古屋黒紋付染と名古屋扇子を融合させた「KOKUSEN」は、伝統工芸を現代の価値観に合わせて再構築したプロジェクトです。このような伝統と革新を結びつける仕事では、単なるデザインスキル以上に、企画の方向性や関係者との協働が重要な要素となります。今回のプロジェクトを通じて得た学びを、ものづくりに携わるデザイナーの視点から深く掘り下げていきます。
課題から始まる企画の力
企画の出発点となったのは、名古屋市主催のマッチングイベントです。末廣堂様との出会いで感じたのは、伝統工芸が抱える課題――市場縮小や職人不足といった構造的な問題でした。このような課題を見過ごすのではなく、むしろそこにプロジェクトの意義を見出し、課題そのものを企画の軸に据えることで、プロジェクト全体の方向性を明確にすることができました。
企画を考えるとき、課題は決してネガティブなものではなく、プロジェクトの「存在理由」そのものです。市場が縮小しているからこそ、どのようにして新しい価値を創造するか。この問いがプロジェクト全体を牽引する原動力となりました。課題を深く掘り下げ、そこから企画の本質を見つけ出す作業は、すべてのものづくりにおいて欠かせないプロセスです。
ブランド名が生む一貫性と拡張性
「KOKUSEN」というブランド名は、黒染めの扇子という製品の特徴をそのまま伝えるシンプルさを追求したものです。ただ、このネーミングには単にわかりやすいという以上の意味が込められています。それは、ブランド名そのものを企画全体の指針とし、プロジェクトの一貫性を保つ役割を持たせることでした。
特に、名古屋扇子という伝統工芸品は、これまで単一の商品としてのブランド性を打ち出してこなかった背景があります。そこで、「KOKUSEN」という名前にシリーズ展開の可能性を見据えた拡張性を持たせ、新しい価値を発信する象徴として機能させることを目指しました。ブランド名は単なるラベルではなく、企画全体を支える「基盤」となるのです。
デザインに込めた解釈と物語
「KOKUSEN」のデザインでは、伝統工芸の技術をどう現代に調和させるかが大きな課題でした。その中で、持ち手部分に採用した金属の質感や、ヘアライン加工の背景は、プロダクト全体の洗練された雰囲気を支える重要な要素となりました。また、ロゴを拡大し、持ち手部分に刻印するというアイデアは、単なる意匠ではなく、使い手に製品の物語を伝える仕掛けでもあります。
デザインとは、単に美しさを追求するものではなく、製品が持つ背景や意図を形にする行為です。そのためには、製品の持つ機能や特性を深く理解し、それをどのように視覚化するかを徹底的に考え抜く必要があります。「KOKUSEN」のデザインは、こうした解釈の積み重ねによって完成したものです。
信頼を築く具体性
伝統工芸のプロジェクトでは、関係者との信頼構築が成功の鍵を握ります。「KOKUSEN」では、職人や関係者に対し、具体的なビジュアルやプロトタイプを用いて提案することを徹底しました。抽象的なアイデアだけでは、関係者全員が同じイメージを持つことは難しいからです。
提案のたびに、具体的な変更点や選択肢を提示することで、職人やクライアントとの対話をスムーズに進めることができました。こうしたプロセスは時間を要しますが、結果として、関係者全員が納得のいく高品質な成果物を生むことができます。
準備こそが成功の基盤
「KOKUSEN」のプロジェクトを通じて改めて感じたのは、企画の成否は準備段階でほぼ決まるということです。課題の定義、ブランドの指針づくり、関係者との対話――これらすべてが事前の準備によって左右されます。準備とは単なる下調べではなく、すべての関係者が同じ方向を向けるように調整する行為です。
企画の準備を丁寧に行うことで、プロジェクトが進む中で生じる迷いを最小限に抑え、最終的な成果に確実につなげることができます。
新しい価値をつなぐデザイン
「KOKUSEN」のプロジェクトは、伝統工芸の未来に新たな光を当てる挑戦でした。今回の経験を通じて得た学びは、次のプロジェクトにも活かしていきたいと思います。最後までお読みいただき、ありがとうございました。この記事が、ものづくりに携わる皆さまのヒントとなれば幸いです。記事にスキをいただけると励みになります。また、X(@okunote_tokyo)のフォローもぜひ。これからも、価値をつなぐデザインを追求していきます。
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