日本のお米に熟成米という、もう一つの選択があるといいかも
前回の投稿も、たくさんの方に読んでいただきありがとうございました。今回も、普段、僕自身が考えていることをお店のスタッフに語りかけるつもりで書いていきたいと思います。
投稿に少し時間が空いてしまいましたが、その間、日本中のお米の産地におじゃましてきました。各地で感じたお米のことについて書いてみたいと思います。
日本人が一番語れる食材の「お米」
8月から9月にかけて、日本各地を旅をしていると、一面に水をはった田んぼが広がり、収穫を待つ稲の穂がキラキラと輝く美しい風景に出会います。
山に行っても、傾斜を利用して拓かれた棚田が、山の景色とあいまって、まるで土地の個性を活かしたアート作品のような美しさをみせています。
鳥取県や宮崎県、熊本県ではお米の農家さんのもとをたずねました。おいしいくて、さらに安心・安全なお米を育てようと苦労されているのはもちろん、近年の気候変動に対応していこうとする姿に感銘を受けました。それと同時に、地球環境についてそれぞれの立場で考えて実践していくことは、すぐにやらなければいけないことだとも感じました。
日本人にとって、お米は特別なものです。
「あれ、お米変った?」とか「新米はおいしいね」というように、お米の違いについての話題が家庭の食卓で当たり前のように出たり、「僕は硬めが好き」というような炊き方の違いや「コシヒカリの粘りがおいしい」といった品種の違いまで、お米についていくらでも語り合えるほど、好みやこだわりがあります。
テレビのCMなどでは、冷蔵庫や車の紹介と同じような頻度で、各社の炊飯器の広告を目にします。日本人にとって主食であるお米は、僕たちが思っている以上に生活に密着しているのがわかります。
和歌山県に生まれて、祖父母の家で自家菜園で米作りをしていたこともあり身近なものでした。アメリカの大学に留学していたときも、下宿先で食事が出るにもかかわらず、自分で買った炊飯器でお米を炊いて食べていたほど、体が(舌が?)欲するものであり、故郷を懐かしむものでもあるようです。
イタリア料理人になり、イタリアで修業し、ブリアンツァをオープンさせてからお米を食べる頻度は減りましたが、イタリアにはリゾットやサラダにお米を使うこともあり(カルナローリ米というインディカ種の一種)、日本の米(ジャポニカ種)の違いも知れましたし、洋食だからこそ、日本食のお米のすごさを改めて実感することが多かったと思います。
というのも、お米って何にでも合う、包容力がある食材なんです。三大栄養素といわれる炭水化物(糖質+食物繊維)とたんぱく質、脂質が含まれているだけでなく、ビタミンB1・B2、カルシウムやナトリウムも含まれる栄養価のよい食材でもあります。
精米された白米の炊きあがりの美しさや艶やかさは、どこか生命の源、神秘さをたたえているようにも思います。お米は、芸術品といわれますが、美しさや文化的な背景を考えてみても、そういわれる理由が納得できます。
日本の文化に深く根ざしたお米の文化
日本で米作りの歴史は所説ありますが、中国から伝わって縄文時代の晩期(約3000~4000年前)には始まっていた可能性が高いとされています。弥生時代に入ると広く各地に稲作が行われるようになったそうです。
それから長くお米は、日本の農業の主幹産業になり、律令制以降、江戸時代が終わるまで、国や地域の統治者に納める「田租」や「年貢」といわれる税金の代わりとしても扱われました。1200年にわたって、お米はお金の代わりにもなっていたわけです。
長い冬があけ、春になればその年の豊作を祈り、秋には収穫に感謝する。稲作中心の人々の暮らしは、八百万の神々への信仰と結びついてさまざまな年中行事を生み、日本独自の文化を育みました。
たとえば、「勤労感謝の日」として祝日になっている11月23日は、全国の神社で行われている新嘗祭(にいなめさい、しんじょうまつり)にあたる日です。収穫したお米を神さまにお奉りし、その恵みに感謝する宮中行事がはじまりで、以前は新嘗祭と呼ばれ、明治6年(1873)から祝日に定められた日本で一番古い祝日でもあります。
お米といえば、海外に「SAKE」として知られるようになった日本酒も、お米の文化のひとつ。ヨーロッパでは、ジブリ映画『千と千尋の神隠し』で、ハクが千尋におにぎりをあげる名シーンなどの影響もあり、おにぎりが知られるようにもなりました。
これほどまで日本の文化に深く根付くお米ですが、僕にとってはまだ知らないことばかりです。お米作りや歴史以外にも、お米の精米から販売までのこと、品種のことやお米の食べ方、さらにはお酒や焼酎など、お米を使った加工品まで。お米のことを考えると、ほんとうにたくさんの知らないことがあることに気づかされます。
さまざまな分野のお米の詳しい方々、ぜひFacebookやInstagramなどにご連絡ください。いろいろ教えていただきたいです!
お米の古米に新しい価値をつけたい
お米の消費量が減ってきているということはよく耳にします。じっさい農水省のサイトには以下のように案内されています。
お米の1人あたりの年間消費量が50年以上にわたって減少していることは残念なことではありますが、それは一方で、忙しくても素早く食べられるラーメンやそばなどの麺類や、洋食のパンやパスタなど、主食の選択肢が広がり、日本人の食生活が多様化・グローバル化しているということでもあります。
僕自身もパスタが大好きですし、お米も同じように好きです。多くの人にとっても選択肢のある食事は、良いことだと思いますので、「日本の文化を守るためにも、みんな昔のようにお米だけを主食にしよう」ということは思っていません。
むしろ1人当たりの消費量が少なくなっていくなかでは、消費量よりもお米に新しい価値を与えていくことの方が、未来に向けて考えることなのではないかと思っています。
たとえば古米と呼ばれる収穫から1年以上たったお米の価値づけです。日本では、新米が喜ばれ、毎年秋の新米の季節になれば、前年産のお米は一斉に姿を消してしまいます。
ちなみに2021年7月の前年度産の古米は124万t、コロナ禍の影響で外食需要が減り、古米の量が近年増えてきているともいいます。この古米に新しい価値を与えることができないかと考えているのです。
じっさいイタリアでは、リゾットに使うお米は古米が好まれます。それは、新米に比べて水分量が抜けた古米の方がおいしく作れるからで、新米よりも高い値段がつきます。
日本のお米も、新米だけでなく、古米ならではの特徴を活かした料理を提案することができたら良いと思いますし、2年、3年と数年にわたり熟成させることで新米とはちがった味わいのお米ができれば、ワインのように価値が生まれるかもしれません。
日本酒でも「ひやおろし」といって夏を過ぎるまで酒蔵で寝かせて熟成させたお酒が、新酒とは違った味わいで人気がありますし、近年では2年、3年と熟成させたプレミアムなお酒を造る酒蔵さんも出てきました。
もちろん毎年秋には、これまで通りみずみずしく艶やかな炊き立ての新米を楽しむことは変わらず、熟成米(あえて古米といわず)は、また違った食べ方で楽しめるようになれば、食の選択肢が増えることになるのではないかと思っています。
東京・八重洲にお米のレストラン
そういった日本のお米をテーマにしたレストランを、日本を代表する農業機械などの大手メーカーのヤンマーさん、放送作家の小山薫堂さんといっしょにオープンさせることになりました。客数は100席弱の大きめの店舗で、オープンは1月中旬を予定しています。
場所は東京・八重洲に12月に開業する予定のヤンマーの東京本社(ヤンマー東京ビル)の2階になります。同じフロアには、期間ごとに変る地方自治体のアンテナショップを併設することになります。さらに地下1階はのり弁当の専門店、1階はクリエイティブディレクターの佐藤可士和さんによるお米をテーマにしたギャラリーができる予定(楽しみ)。アートとギャラリー、フードの複合施設になりそうです。
店名は「ASTERISCO」にしました。イタリア語のASTERISCO※ ≒ 米印 という意味です。新店舗では、いっしょに働いてくれるスタッフも募集中です。新しいお店を一から作っていくのは、いい経験になると思います。
すでにヤンマーさんと、お米にまつわる農業のことを教えていただいています。さまざまなテクノロジーが導入されていたり、未来に向けた研究・実験もされていて、フードテックといわれる分野の最先端に触れられワクワクしています。進んでいる農業の実態を新しいレストランではお伝えしたいと思いますし、カッコいい農業、憧れられる農業として紹介することも大切なことではないかとも思っています。
引き続き時間のゆるすかぎり日本中のお米農家さんのもとにお邪魔していろいろなお話を聞ききたいですし、ヤンマーさんの130の海外拠点がある、国外の米産地も行ってみたいです。地域の食材や個性的な郷土料理にインスパイアされながら、ブリアンツァらしいイタリアンを作ることができたらいいなと思っています。
2023年からはお米がホットな食材になるかもしれませんし、僕自身は十分にその可能性があると思っています。
ブリアンツァ
奥野義幸