【せんせいのつくり方】 ワーク3:子どものころ、好きだった・キライだった先生
※このノートは「せんせいのつくり方」(岩瀬直樹・寺中祥吾著)のワークへのこたえをまとめてみるマガジンの一部です。詳細は下記ノート参照。
やっと本題の「せんせい」について考えるワークに入ります。
ワークの記入欄がまたかわいらしいのですが、文字でしかお伝えできないのが残念です。
自分の子どものころを思い出してみます。
印象に残っている先生はいますか?自分が好きだった先生のどんな部分が好きだったのか、それは、おとなになった自分からながめてどんな感じがするのか?いまの自分はその好きだった部分とどう似ているか、どう異なっているか。それはいまの自分にとって、どんな意味があるのでしょうか?
このワークを思い出話として楽しみながら、いまの「わたし」を考える入り口にします。
①子どもの頃 好き/キライだった先生の名前
好きだった先生の話を書いてみます。
高校時代の国語の先生。進路指導部。製薬会社で働いた経歴あり。
②なんで好き/キライだった?具体的なエピソード
受験生時代(高校3年秋)に、勉強をやってもやっても目標に近づいている気がしなくて、苦しくてしかたがなかった。模試の成績も思うようにあがらない。それどころか、校内のテスト(数学)で100点満点の20点くらいを取ってしまった、そんな時。
私「勉強しなくちゃと思うのに、全然はかどらないんです。」
先生「勉強、休んだらええやん。」(たしか関西弁だった。)
驚愕でした。1日の自宅学習時間の目標は4時間以上という進学校で、先生たちは基本的に「勉強しなさい」と言うものだと思っていました。
そんな中でのこの発言。「勉強をやらなくていいなら、今何がやりたいか」と聞かれ、私は「本が読みたい」と答えたのを覚えています。
その後も、先生が会社で働いていたときの話をしてくれたり、今自分が進路について考えていることを話したり、下校時間を過ぎて暗くなるまで時間をとってくれたのでした。
その週末、私は本屋さんに行って「Good Luck」という本に出会いました。クローバーが好きだったのでほぼ表紙だけ見て購入を決めて一気に読み、読み切ったら、自然と勉強に向かう気になりました。この本は、志望校合格という幸運をつかむには今は努力(勉強)するしかないと腹をくくらせてくれました。
たぶん、先生は分かっていたんだと思います。私の性格上、ずっと勉強をさぼるなんてことはできないだろうことを。
そして、信じてくれていたのだと思います。休んだらまた歩き出せることを。
③今、考えてみたら、そのことについてどう思う?
目の前の生徒の言葉に耳を傾けること、想いに向き合うこと、それを真摯にやってくれていたのだと思います。頭ごなしに「勉強しろ」というのではなく、「休んでもいい」と言ってくれたことは、当時の私にとって本当に救いでした。
そして、社会に出たらどうなるかという話をたくさんしてくれたことで、私は、高校・大学の先にある世界を少しだけ想像することができました。今頑張ることが未来にどうつながるのか。それが見えたことは、勉強を頑張る力になったと思います。
④今の自分との共通点?ちかいところ?
会社員(東京のIT企業)をしてから、学校関係の仕事に就いたという経歴は近いと思います。というよりも、この先生との経験があったから、社会(学校の外の世界)のことが伝えられる大人になりたいと思って、こういうキャリアを選んだのです。
完全にはできていませんが、目の前の子どもたちの声に耳を傾けること、ある一時の姿で評価するのではなく、その人の持っているものを信じたいと思っているところは近いのかもしれません。
でも、他の先生たちにどう思われるかを気にせず、私個人としてどう思うかを伝えることはあまりできていないかもなと思います。
振り返ってみると、過去の経験は今の自分に大きく影響を与えています。改めて振り返って見えてくるものがありました。筆者も次のように書いています。
さまざまな体験がいまの自分をつくっているので、ある意味当然かもしれないけれど、意外と忘れているものだ。
タイムスリップをして、自分がかつて見ていたもの、体験したこと、そしてそこから感じていたことや思いをていねいに言葉にしてみる。
その体験をいまの自分に引き寄せてみたり、いまの自分のやっていることとくらべてみたりする。
そこから見えてくることを、あらためて「せんせいってなに?」を考える入り口にしたいと思う。
これは「せんせい」を「親」とか「上司」に置き換えてもできるワークじゃないでしょうか。