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台湾からの音楽学留学生が「『春の海』こそ日本的な音楽と思っていた」と書いたことをめぐる感慨
「日本的な音楽」ってなんだろう?と、また考えてしまいました。
私と、私が宇治市で主宰している龍笛練習サークル「ばう」のことを、大阪大学大学院・音楽学研究室の呉瑋芳さんが「大阪日日新聞」の「関西の音と人」に書いてくださいました。(2021年1月19日付)
呉さんは台湾からの留学生で、以前私がユーチューブチャンネルの「うじテレビ」に出演した時の収録現場にいました。
番組はこちら
https://youtu.be/9XqP9Zvx6hM
私のことはさておき、この記事で目に留まったのは、「『春の海』こそが日本的な音楽だと思っていた」と書かれた箇所です。
やっぱりそうなんだ、と思いました。
「春の海」はお正月によく流れる箏と尺八の二重奏曲です。聞くと、誰もが「これぞ日本的な音楽」と思うでしょう。私もそう聞こえます。台湾で生まれ育った呉さんもそうなんだと知り、この曲の影響力に正直驚きました。
私は、「春の海」は江戸時代から続く近世邦楽に西洋音楽の要素を取り入れて作られた曲だ、ということを知っていました。音楽的に言うと、革新的な曲なのですね。改めて調べると作曲は1929(昭和4)年で、邦楽を現代的に飛躍させるエポックとなったようです。
参考:宮城道雄オフィシャルサイト
西洋音楽の要素があることで、今の私たちを含め海外の多くの人にも聞きやすく、しかも邦楽がベースだから新鮮に聞こえるのでしょう。もちろん、素晴らしい曲だと思います。どこかに気を遣っているとかではなく、嘘偽りなく、聞くほどに感嘆します。
さて、私は昔、「春の海」をやっかんでいました。「西洋音楽が入っているのに、これぞ日本的だなんて。キー!!」って感じで。自分がやっている雅楽がマイナーすぎるあまりの、やきもちですね。恥ずかしい。
今はないです。オトナになったから。他がどうとかではなく、自分のやっている音楽に誇りを持っていますから。
でも、「これこそ日本的な音楽」と言われるとやっぱり、ちょっと違うんじゃ…と思ってしまうのです。
では、「日本的な音楽」ってなんだろう? 時々考えるのですが、「歴史が長すぎて、地域性も多様で、だから深くて面白いなあ」というところで、思考が止まります(笑)。
歴史で言うと、弥生時代の遺跡から琴が出土していますから。そのころはどんな音楽だったのだろうと夢想します。その残り香は、雅楽のいちジャンルとされている宮中神楽にあるかもしれないと想像すると、なおさらロマンチックになります。
ただもちろん、「雅楽こそ日本的だ」なんて思いません。日本的と言うにはあまりにも、大陸の色合いが混じっています。だから「雅楽は国際的」と私は思っています。
でも、呉さんが記事で「龍笛の穏やかな演奏仕方(ママ)や自然な音は日本のイメージそのものだと思った」と書いてくれたことは、とても嬉しいです。「春の海」から雅楽へ目を転じてもらえたのが、嬉しいです。収録での私の演奏を聴いてのことならなおのこと。
そして、龍笛の音色を「自然な音」と感じてくれたのなら、これ以上嬉しいことはありません。
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