【エッセイ】そーめんたしやー(そーめんちゃんぷるー)
そーめんは タシヤー?チャンプルー?
沖縄県内において家庭料理として親しまれているソーメンチャンプルー。今や県外にも広く知られる沖縄郷土料理の一つですが、「本来の名称はソーメンタシヤーである」とされています。
この料理にどの呼び名を使用するか、県内でも意見が分かれていますが、現在広く使われているのは、やはり圧倒的に「ソーメンチャンプルー」です(そしてソーメンタシヤーという名前を知らない県民も少なくありません)。
では、なぜ県内においても呼び方が分かれているのでしょうか。ここには「チャンプルー」という方言、その解釈と語源が関わっています。
現在最も一般的とされる説は、「チャンプルーは本来、炒め物という意味ではなく“豆腐が入った炒め物”という意味であるため、豆腐の入っていないこの料理は“ソーメンチャンプルー”と呼べない。そして方言で炒めるは”タシユン”、その名詞形は“タシヤー”であるから、この料理は“ソーメンタシヤー”である。」というものです。
これは、沖縄歴史学者の東恩納寛惇が、中国には炒腐児(チャオ・フー・アル)という豆腐を炒めた料理があり、それがチャンプルーの語源であると指摘したことを受けて広がった説だと思われます。
確かに、沖縄料理も琉球料理も多分に中国の影響を受けています。また様々な沖縄関連の文章にもこの説が登場し、多くの著名な沖縄料理研究家も自身の著書に「ソーメンタシヤー」と記載していることから、この説が最も有力であることは間違いないかと思います。
しかし、ここで問題になるのが「チャンプルー」の語源の“確かさ”です。これに関しては『沖縄ぬちぐすい事典』で以下のように語られています。
チャンプルーには「混ぜ合わせる・炒め物・簡単な食事」という意味があるが、現在は調理用語以外に、何でもごちゃごちゃに混ぜて、沖縄風に消化してしまうスタイルをチャンプルー文化と形容したりもする。
琉球料理のルーツは中国との交流の中から生まれたものが多く、チャンプルーの語源にもそれがうかがえる。中国福建省地方の言葉で、簡単な食事という意味である「シャポン(喰飯)」や、中国の惣菜のひとつである「チャオフーアル(炒腐児)」、肉や野菜などありあわせのものを即席で炒めた「チャプスイ(雑砕)」、炒めるときの音の擬声音(チャーラ・チャラミカスン)などがチャンプルーの言語と考えられている。
また、インドネシアには「混ぜる」という意味の「チャンプルー(champur)」という言葉があり、皿の中央に盛った飯(ナシ)のまわりに数種のおかずを盛り、飯と混ぜ合わせながら食べる料理、ナシ・チャンプルーが語源だという説もある。しかし、どれも定かではない。(尚弘子,2002,140-142)
また、日本島嶼学会からは以下の内容も確認できます。
「チャンプルー」の語源については諸説ある。2016年に沖縄で開催された国際小島嶼文化会議で基調講演したおりに、ケバンサン大学(マレーシア)のシャリーナ・ハリム博士から、マレー語で「チャンプルー(campur)」は料理などの「混ぜたもの」との意味があるとの指摘を受けた。マレー語の兄弟語とも言われ、オランダの植民地だったインドネシア料理にも「ナシチャンプル」という、ご飯とおかずを混ぜた料理がある。鎖国時代にオランダ人が出入りした長崎の出島には「チャンポン」料理があり、そのルーツはマレー・インドネシアかと思わせる。しかし、長崎のチャンポンのルーツは福建省料理の「湯肉絲麺」だとも言われている。郷土研究科の東恩納(1980)も、チャンプルーは中国語の「炒腐児」に由来し、豆腐を炒める料理を指すとしており、まだまだ語源論争は続きそうである。(嘉数哲,2017,p158)
このように、「チャンプルー」の語源自体が非常に曖昧としており、「チャンプルー」を軸としたこの説には、実は割と隙があるように思えます。
さらにこの隙のある状況に追い打ちをかけるように「炒腐児(チャオ・フー・アル)とされる中国料理は確認されていない」という説もあります。
また、仮にこの料理が実際に存在し、チャンプルーが「豆腐を炒める物」を指していた場合、例えば豆腐チャンプルーは“馬から落馬”のような二重表現となり非常に不自然な料理名になってしまう気がします(それで何の問題があるのかと言われればそれまでですが)。
一つ言えるのは、「仮にチャンプルーの語源が豆腐を炒める料理だったとしても、沖縄県の方言となっていく過程で、豆腐の部分は意味から剥ぎ取られていた可能性もあり得るのではないか、もしくは料理名に使用するチャンプルーはそもそも、“混ぜ合わせる”の意味の方で使用され、広がっていった可能性も否定できないのではないか」ということです(『なは女性史証言集-生命の証-』では「あとソーミンをチャンプルーにしたり、お汁にしたり。チャンプルーは油と塩とネギくらい」という内容のインタビューも確認できます)。
とはいえ先述したように、この説が最有力であることに変わりはなく、またここで新しい説を提示できるわけではないので、この話はこの辺で終えようと思います。
ひとまずのここでの結論としては「曖昧な部分もあるが、豆腐が入っていないこの料理はチャンプルーではなくタシヤーと表現するべきなので、ソーメンタシヤーが正式な名称である。」といったところでしょうか。
ただ確実に言えることは、もし沖縄に行って地元の人に「ソーメンチャンプルーとソーメンタシヤーはどっちが正しいんですか?その理由はなんですか?」と質問しても、高い確率で「そんなのいちいち知らんさ。」「てーげーよ。」「どっちでもいーさー。」「ソーメンタシヤーってなんだば?」と返されると思います。旅行の際は是非聞いてみてください。
参考文献
尚弘子監修『沖縄ぬちぐすい事典』(2002)
嘉数哲『島嶼学ことはじめ(六)−島嶼における文化と観光、バリ島と竹富島のケースを中心に−』(2017)
那覇女性史編集委員会・那覇市総務部女性室編『なは女性史証言集−生命のあかし−』(1994)
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