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スペイン坂は海の底

『疲れた、少し休まない?』
『いいけど、あまりお金持ってないよ。』
『あたしもないよ、センター街の突き当りのマクドナルドにする?』
『いいけど、あそこいつも混んでるじゃん。』
『そうしたら、何処にすんのよ。』
『スペイン坂の真ん中辺りにさ、人間関係って喫茶店あるの知ってる?』
『知らない、何そこ。』
『何そこって、喫茶店なんだけどさ。ウチの親父が高校の頃からあるって言ってた。どんなところか行ってみない?』
『いいけど。あんたの親父って今いくつ?』
『50歳くらい。』
『そうしたら30年前からあるの!無い無い、30年前は渋谷のこの辺り海だし、海底だよ!』
『オマエ、馬鹿?(笑)』

その喫茶店、人間関係は、スペイン坂のちょうど真ん中辺りにあった。
センター街の方から登って行くと、真ん中辺りで左手に道が折れる。その喫茶店は、ちょうどその付け根の外側に位置していた。
何気なく歩いていると、通り過ぎてしまいそうに静かな趣きで、店はあった。30年前からあると言うのが、まんざら嘘でもない佇まいだった。開けっ放しの扉を潜ると、頭の上にメニューが見える。入口手前から店の奥に向かって右手にカウンターがあって、注文すると席まではセルフでコーヒーを運ぶシステムの様だった。ニ人からすると、店の客、皆が大人に見えて、少し場違いな雰囲気だった。少し大人びた心持ちで、コーヒーを2つ注文した。雰囲気に飲まれてキョロキョロしていると、コーヒーは直ぐに差し出された。トレーに乗せられた2つのコーヒーをカタカタと音を立てながら、不器用そうに運んでくれる彼女が、どことなく可愛く見えた。

席に座ると、彼女は、直ぐにいつもの調子を取り戻して、
『ねー、あんたの親父さんはよくここに来てたの?』
『らしいよ。学校帰りに毎週土曜日に来てたって。ここでコーヒー飲んで煙草吸う真似して帰ってたってさ。』
『吸う真似って?』
『オレの教育上の誤魔化しだろ。』
『ウケる。』
『でさ、30年前は店の中庭に公衆電話が1つあって、そこから電話して初告白したらしい。』
『上手く行ったのー?』
『振られたって。』
『ウケる。』
『でさ、オマエも告白するときは、この店使えって。オレの借りを取り返して来いってさ。親父の口癖。』
『あんた何時取り返しに行くのさ(笑)。』

『・・・いまかな。』
『誰に?』
『1人しか居ないだろ、何のためにココに来たのかってさ。分かってないの?本当に馬鹿だよなオマエは。』
『えっ?』
『オレも馬鹿だな(笑)。』
『で、取り返せるの?あんた。』
『いや、やめたー。借りたまんまでいいや(笑)。』

         ー 終 ー

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