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短編小説『嫉妬より奥深に存在する美しい輝き』

自分のレジ袋に目をやった。

突き出ている土のついたごぼう。

スーパーマーケットのロゴが大きく書いてある大きく脹れあがった重いレジ袋。それを持つ年輪を隠し切れない手指。

嫉妬。

いや、それを通り越した感情。

かつて私も持っていたけれども、失ってしまったもの。

この娘さんなら、先程のようにあの頃の裕司の笑顔を蘇らせることが出来る。私には出来ない。

もう一度、裕司の若い頃のあの笑顔を見たい。

嫉妬。

いや、それよりもっと深い感情。

過去と未来。

私は、もう戻れない。

勝者と敗者。

若さには勝てない。

思い込みと現実。

この娘さんのシミのない張りのある白い頬に、私は敗北する。

なのに、この娘さんは悲しい目をしているのだろう。

「帰ろう」

裕司が、さっとレジ袋を持ってくれた。私の心の中が暖かくなった。

私は、敗者をいたわるような裕司の優しさを感じた。

レジ袋が裕司の手に渡った時、娘さんの目の悲しさの度合いが増した。

あなたは勝っているのよ。

なのに、そんなに悲しい目をするの。

「何か邪魔しちゃったみたいね。独り暮らし?よかったら一緒に御食事しない?私が作ってあげるわ。二人も三人も一緒よ。私達ちょうど、あなたと同じくらいの年頃の娘がいるの」

裕司の顔を見た。

何かを言い出しそうな顔。

「そうしたら」と言いだそうとしているけど、言い出せない顔。

その顔は、娘のカンナと接している時の顔。父親の顔。

良かった。

この二人は、私が懸念しているような関係じゃないみたい。

「ありがとうございます。でも単身赴任をされている支社長のところへ名古屋から来られているのですから、夫婦水入らずのところをお邪魔するわけにはいけませんので」

「遠慮しなくても良いわよ」

「でも・・・」

彼女の視線は、裕司の持っているレジ袋の方に移って、増々悲しい目になった。涙が出るのを必死でこらえているように見えた。

「ごめんなさいね。勝手にお誘いして。また今度大阪に来た時に、お誘いするわ。その時は、絶対に来てね。絶対よ」

夕暮れの空をカラスが短い泣き声をあげて飛び去った。

「また今度」という言葉が口から出てしまった。

「また今度」私の中でその言葉が繰り返し流れる。

彼女の美しい頬を見ていると、私の言葉の偽りの響きに逃げ出したくなる。

夫の裕司は、不治の病に侵されている。

「また今度」はないかもしれない。

油断したら涙が零れそうになった。

「じゃあ、さようなら」

私は、平静を装ってその場を離れた。

裕司は、慌ててついてきた。

暫く行って後ろを振り返ると、彼女は、その場に立って、見送っていた。

振り返ったのを気づくと、また深々と頭を下げた。

見えなくなっても、ずっとそのままで見送っていてくれるような気がした。

「いい娘さんね。何てお名前でしたっけ」

「香田美月」

「良いお名前ね。コウダミツキさん」

そっと裕司の横顔を盗み見た。

遠くを見ている、いつもの裕司の目。

その横顔には、先程香田さんと話していた時の、あの懐かしい笑顔の余韻がまだ残っていた。



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