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短編小説『ワタシの歌を聞いてくれる人』

二人並んで歩いている。

暫くの間お互いに黙ったままでいる。

声には出していないけど、ワタシはオトーサンにずっと話しかけている。

オトーサンはずっとそれに耳を傾けてくれているような気がする。

声を交わさない会話をしている。

 

務めている会社の支社長と帰りの電車で偶然に一緒になった。

降りる駅も同じ駅だった。

今まで、一言も会話をしたことが無かったのに、カフェで閉店まで話をした。

正確に言えば、ワタシが一方的に話をして、支社長がずっとそれを聞いてくれていた。

会社には内緒で、シンガーソングライターをしていること。高校生の時に実際のお父さんを過労死でなくしてしまっていることなど、誰にも話していないことなのに支社長の前では何でも話せた。

多分、お父さんと支社長を重ね合わせていたのだと思う。

生きていたら年代も同じくらいだから。

もし生きていたらこんな感じなるのかなと思ってしまう。

それ以来ワタシは、支社長のことを心のなかで「オトーサン」と呼んでいる。

名古屋から大阪にきて単身赴任できているそうなので、ワタシのマンションに招待して、手料理を食べてもらった。弾き語りで、私の作った歌も聞いてもらった。

そのお返しに、ワタシ達の駅から歩いて行けるところに、淀川の花火大会が見える穴場があるというので、お互いに浴衣を着て、駅で待ち合わせて、その穴場に向かっているところ。

急に、オトーサンが、家族で長良川の花火を見に行った話をした。一人娘で、ワタシと同じ歳らしい。その時、こちらをちらっと見た。しまったという顔をした。

そしてまた黙ってしまった。

ワタシは、失った何かを埋め合わせなければならないと思っていた。

ワタシは何を失ってしまったのだろう?

さっきのオトーサンの話を聞いて、ワタシがオトーサンの奥さんや娘さんに嫉妬を感じた時、初めてそれが分かった。

ワタシが失ってしまったものは、

家族の記憶。

お姉ちゃん、お母さん、

そしてお父さんの記憶。

ワタシにも家族がいた。

ワタシなりの過去がある。

歴史と呼べる大層なものでもないけど、

物語はある。

ワタシは、それらを無理やり消し去ろうとしていた。

過去に戻れないから。

ワタシは未来を描くことが出来ない。

オトーサンに出会えて良かった。

オトーサンが、優しい灯火で足元を照らし出してくれた。

オトーサン、ありがとう。

気が付くと、私の作った歌が頭の中で流れてきていた。

♬夕暮れ
 色あせる街並み
 光りを失ってゆく街に
 窓に灯りだす明かりは
 私には眩しすぎる
 涙でかすむ
 頬をつたう涙の
 そのぬくもりが欲しい
 あなたは何処へいってしまったの
 あなたの思い出だけを
 追いかけるのは
 辛すぎる
 あなたが好きだった
 言葉にならないほどに
 あなたが好きだった
 身体が震える程に
 あなたが好きだった
 あなたが好きだった
 言葉にならないほどに
 あなたが好きだった
 身体が震える程に
 もし、また会えたのなら
 「ごめんなさい」と言う
 そして「ありがとう」
 そして「ありがとう」
 そして「ありがとう」

ワタシは、並んで歩きながら、声に出さずにあの歌をオトーサンのために歌っていた。

 「いい歌だね」

突然、オトーサンが声を発した。

びっくりした。

声に出して歌っていないはずなのに、

オトーサンに聞こえている。

ワタシは、オトーサンを見た。

すぐそばにいるはずなのに、

オトーサンは遠くにいるように見えた。

闇に吸い込まれるみたいに、

色を失っていた。

なぜかオトーサンは悲しそうな顔をしていた。

オトーサンにも、お父さんの記憶のように過去に消え去ってしまうことを恐れていることがあるのかも知れない。

ワタシは不安になった。

オトーサンだけは、ワタシの現在を知ってくれている存在なのだ。

オトーサンが、闇に吸い込まれてしまえば、私は独りぼっち。

そしてワタシは、老いた巡礼者のように過去をなくして、未来を持たずにさまよい歩く。

オトーサン、何処にも行かないで。

 「いい歌だね。また聞かせてくれる?」

私は何処にも行かないよ。

ずっと君の側にいるよ。

ワタシには、そんな風に聴こえた。

 

 

男性と女性の視点の対比。
下記の物語と合わせて読んでもらえると嬉しいです。


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