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「あなたを助けたい」(『天国へ届け、この歌を』より)

 どうして?オトーサンは、ずっとだまったままわたしを見つめているの?

 最初のうちは、相づちを打ってくれたのに。いまはだまったままじっとわたしを見ている。

 オトーサンのこんなにもかなしい顔を見たのははじめて。どうして、そんなにかなしい顔をして、わたしを見つめるの?

 わたしは、オトーサンの何か気にさわることを言ったのかしら?

 オトーサンの目に、涙がたまっている。

 大きなりょうつぶの涙が、ながれおちた。

 お父さんのおそうしきのときに、HARUTAに落ちたながれ星と同じように見えた。

 オトーサンの目から、お父さんのおそうしきのときに流した涙がでてきた。

 どうして?オトーサンの目から、わたしの涙がでてくるの?

 オトーサンが、ステージの上でふるえているあの時のヤマギシ君のようにみえた。

 わたしが、助けてあげなくちゃ。わたししか、助ける人がいない。

 「ごめんなさい。一方的にわたしの話ばかりしてしまいまして。何か、気分でも害されることを話ましたでしょうか?」

 

 「そんなことは、ありません。ただ、何と言うか・・・」

 この感情は、言葉で表せない。目の前にいる香田美月に対して、声に出して伝えることができない。

 小学生の児童に、紅葉した山並みの動画を見せて、その中で気に入った画像を写生しなさいと言われているようにあまりの情報量が多すぎて、口から放つ音声で表すことができない。

 目の前に流れる文字に満ち溢れた川が、自分を躊躇させている。

 自分は、ヤマギシのようになれない。感情の赴くままに、衝動的になれない。身に着けている鎧があまりにも重くて、その川を超えることができない。

 しかし、この過去という氷に閉ざされているいたいけな娘を何とかしてあげたい。

 飢餓に苦しむ少女を目の前にして、ポケットの中にあるパンを出し惜しむのか。

 そんな時に、文字の川を意識することがあるだろうか。

 自分は、何がしたい何がしたいのだ。何も考えずにパンを差し出そう。

 「あなたを助けたい」

 

 「あなたを助けたい」

 わたしの言葉が、オトーサンの口からでた。わたしの涙がオトーサンの目からでたように、こんどはわたしのことばがオトーサンの口からでてきた。

 「あなたを助けたい」

それがいまのわたしの本当のきもち。


 お互いに黙って見つめ合ったままでいた。

 時間が止まった。音が消えた。周りの光が消えた。

 静まり返った店内に、遠く救急車のサイレンが聞こえてくる。頭の中に、赤い点滅が横切る。最終列車が到着を告げるアナウンスが聞こえる。疲れた列車の重い足を引きずる線路の音。諦めのため息の様に開かれるドアの音。引き摺りおろされる敗残兵のような乗客の気配。物悲しい発車を告げるブザーの音が永遠に続くかと思われたのが、余韻を残して静寂に沈む。重い腰を上げた老婆のような足取りで、電車がゆっくりと走り出す。充血した猫の目のようなテールランプが、二本の糸を引きながら、小さくなって行き、やがて闇に溶け込んでしまった。

 エンドロールが終わった映画館のように店内が明るくなった。

 「すません。閉店させて頂きます」

 徐に店員が告げた。もう、11時を過ぎていた。店員も、二人の様子に、言いそびれたのだろう。

 気が付くと客は、私たち二人だけになっていた。

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