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短編小説『歴史に名を残せた人の真実、残せなかった人の理由』
齊藤一は京の南のはずれにある不動堂村の新選組の屯所に着いた。
陽はすっかり暮れてしまっている。
移転してからまだ日が経っていない。
香ばしい木の香りが漂っている。
大名御殿と遜色のない立派な造り。
齊藤はこの屯所に駐在したことはない。
この屯所に移る前、西本願寺に間借りしている時に御陵衛士の一員として高台寺へ移った。
だからこの屯所には馴染みはない。
どこか余所余所しい感じがする。
隊士の中には新しく募集された顔を知らない者も混じっている。
「局長はおられるか。急用だ、すぐに会いたい」
「不在です。二条城へ登城されています。今日は、もう戻られません」
また例の妾宅だな。
不動堂村へ移った同時に、屯所の近くに立派な屋敷を建てた。
隊士達が「分所」と呼んでいる屋敷。
実は近藤が祇園の芸子を水揚げしてそこに住まわしているのだ。
近藤はそこに入り浸っている。
今や大名の身分となった近藤としてもごく自然なことなのだが、壬生の頃を知っているだけにどうも違和感がある。
近藤は何か用事があると、この妾宅に隊士呼びつける。
そんな噂を聞いていた。
「では、副長はおられるか。監察の山崎さんも呼んでほしい」
見知らぬ隊士であるが、名乗らなくても通じるのであろうか。不安になった。
それでも控えの間に通してくれた。
「齊藤さん、ご苦労様。今日は、急用とのこと、どうされた」
髪結いを終えたばかりのようなさっぱりした顔で土方が入ってきた。
光沢があり高そうな羽織に身を包んだ土方はまるで歌舞伎役者のように見える。
底冷えのする薄暗い河原町通りの路地裏で飢えた狼のように獲物を前にして命令を今か今かと待っている大石鍬次郎隊の面々がいるというのに気楽なものだ。
続いて監察の山崎丞さんが入ってきた。
目で挨拶をする。
この人は察しがいい。
多くを語らなくても的確に指示を出してくれる。
何事においても、「近藤さんが」「近藤さんが」と言って、自分の意見を言わない土方とは対照的である。
手短に状況を説明した。
「要するに問題は大石隊に下されている中岡慎太郎暗殺指令に対して、高台寺組は支援するのか、しないのかということだな」
「それは当然だろう。近藤さんが、中岡慎太郎を消すように命令しているのだろう、伊東甲子太郎率いる高台寺隊としても協力してやってくれよ」
剃り残しの髭がないか確かめるように、顎を撫でながら土方は答えた。
「齊藤さん、中岡を殺るというのは、幕臣の永井尚志さんから出ている。中岡は土佐藩の身でありながら倒幕一辺倒だ。公家の力を借りて薩摩、長州などの藩の枠組みを抜きにした新しい軍隊を作ろうとしている。最も危険だ。それで、捕縛していた宮川助五郎の釈放を餌にして、土佐藩の福岡孝弟の屋敷に呼び出した。その途中で仕留めることにしていた。これは永井さんの意志を局長と土佐の後藤象二郎さんが計画して仕組んだものだ。齊藤さんにだけには伝えておけばよかったのだが、伊東さんに知られると漏れる恐れがあったので伏せていた。途中で仕留められなかったのですね。まだ、福岡の屋敷に入ったままですね。必ず出てくるその時を狙うように伝えて下さい。大石さんに伝えて下さい。そして斎藤さんら高台寺の者も大石さんを支援して下さい」
「な、山崎君も言っているだろ、協力してやってくれ。ただし、あの界隈で大立ち回りだけは避けてくれよ。大石のことだからそれだけが心配だ。奴は所かまわず暴れ回るからな。後々面倒なことになる。出来るだけ人目に付かない先斗町の路地裏辺りでずぶりと頼むよ」
「分かりました。しかし、中岡は二人の腕が立ちそうな若者を連れています。三人組です」
「なあに、新選組としては相手にならんよ。三人組だろ。大石さんの手槍でぶすり、斎藤さんの諸手突きでずぶり、最後は、服部さんの二刀流でばっさりだよ。手分けすれば訳ないよ」
土方は、三人の斬るさまをそれぞれ手真似する。
この人の使う剣さばきはいつも芝居がかっている。
道場で稽古しているのを見ていてつくづくそう思う。
かたちを気にし過ぎるので、全く豪快さが感じられない。まるで神楽の舞台の太刀回りのように見える。
最後の服部さんの二刀流の真似に至っては祇園の芸子の扇子踊りのようにしか見えない。
この人は実戦では使い物にならないなと思う。
「一番永井さんが気にされているのは、坂本龍馬のことだ。彼は有用な人物だ。幕府としてもこれまで随分に支援してきたそうだ。その見返りとして彼は鉄砲を内密に融通してくれていた。それがいろは丸の件で横流しが暴露されそうな気配だ。彼は土佐藩おろか薩摩長州まで疑いの目で見られている。彼が消されると武器の調達の経路が立たれる。いろは丸で分捕った武器が奴らに渡ってしまう。くれぐれも、守るように言われている。我々新選組はあの界隈で大手を振って歩けない。その分高台寺隊がしっかり動いてくれ。齊藤さん、宜しく頼みます。それと大石さんらも夜遅くまでかかりそうだから、握り飯でも作らせますので渡して頂けませんか」
「分かりました」
山崎丞さんという人は本当によく気が付く人だ。
新選組ではどんなに剣の腕前が強くても、人柄の良い人、気配りで出来る人は長生きが出来ないと言われている。
山崎さんは人望も厚く多くの隊士らに慕われている。その上監察の仕事の関係で表裏の情報を知り過ぎている。
この人も山南敬介さん同様に長生きできないなと思った。
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