きっと僕も「カモフラージュしてる」
夫は毎年、夏がやってくると、頻繁に桃を買ってくる。私も桃は好きだ。
——正直、桃の季節がやってくると、私は少しだけ気が滅入る。
松井玲奈さんの著書「カモフラージュ」を読んだ。
彼女はアイドルや女優の印象が強く、テレビで見る印象は、"透明感のある綺麗な人"だった。
なので、小説を書くことにも驚いたが、作品を手に取ったとき、彼女が表現する世界観に少し驚いてしまった。
食べることと狂気
「カモフラージュ」には、恋愛からホラーまで、「食」にまつわる短編7編が収録されている。冒頭はその一つの、「完熟」の一節だ。
夫は、少年時代の夏の日、水辺で一心不乱に桃を食べる女に出会う。その姿に魅せられてしまった夫は、"桃を貪るように食べる女"に異常なフェティシズムを抱くようになる。
妻は、夫の性癖に桃が関わっていることには、薄々気づいているが、夫を愛しているから、疑問に思わず平常心で日々を過ごす——。
穏やかな日常に潜む狂気が表現されていて、とても美しかった。
彼女の作品では、"ありえないこと"がこの上なく"リアル"に描かれていてゾクッとしてしまう。「オレンジの片割れ」には、個人的にとても惹かれた。
主人公は、小学生のとき教師から、胸の中に文字どおり"半分になったオレンジ"があることを教わる。ずぷり、と胸の中に手を入れたら取り出せるのだ。その存在を信じ続ける主人公が、自分のオレンジの半分にピッタリとあう、運命の人を探そうとする。
自分の運命を「オレンジ」に喩えていたのには、息を呑んだ。しかし、運命を信じる分だけ、それに縛られ、苦しんでしまう。
主人公の、「信じた分だけ自分を裏切ってきた」という言葉が刺さる。
一言に「食」をテーマにしていても、バリエーションに富んでいて、読んでいて飽きない物語たちだった。
怖さと美しさの共存
すべての物語に共通して言えるのは、「怖さと美しさの共存」だと思う。
人は、美しいものをずっと眺めていたいのと同じくらい、怖いものをみてみたい、という気持ちを持っているのではないか。
幽霊やお化けが出てくるから怖い、というわけではない。物語の登場人物たちは皆、なにか秘した部分を持ちながら、当たり障りのない自分を演出し、平凡な目立たない人として周囲に溶け込んでいる。そこが狂気的だ。しかし、だからこそ美しい。
愛したら、相手を知りたいと思う。しかし、すべてを曝け出すことが、正しいとはいえないのかもしれない。日々正気を保って、誰かを愛していくために。
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