見出し画像

No.1354 犬ダフル?

「光る君へ」をご覧になっていますか?
私は、見たり見なかったり、見なかったり見たりの、まことに身の入らぬ「ほげほっぽ」(大分弁で、「適当」「いい加減」「でたらめ」の意味)な視聴者です。
 
ところで、一条天皇と彰子中宮との仲は深まっているのでしょうか?前回の「光る君へ」(第33回「式部誕生」)では、いよいよ『源氏物語』作者としての紫式部の真価が発揮されようとしています。宮中では、先輩格に当たる赤染衛門(『紫式部日記』の中で「こちらが恥ずかしくなるくらい素晴らしい」と褒めています)の薫陶よろしきを得ながらお勤めしているようです。
 
その赤染衛門の夫は、文章(もんじょう)博士の大江匡衡です。二人はおしどり夫婦だったらしく『紫式部日記』中でも「匡衡衛門」などと呼ばれているほどです。その匡衡の才知溢れるお話が、1252年に橘成季によって編集された『十訓抄』上巻「第一 人に恵みを施すべき事」の21番目に載っています。その発想に惚れ惚れしてしまいます。ぜひ、ご一読ください。上東門院(彰子中宮)の御子の御誕生を匡衡が予言する面白いお話です。

(本文)…まことや、この御時、一つの不思議ありける。上東門院の御方の御帳の内に、犬の子を生みたりける、思ひかけぬありがたきことなりければ、おほきに驚かせ給ひて、江匡衡(がうきゃうかう)といふ博士に問はれければ、「これめでたき御吉事なり。犬の字は、大の字のそばに点をつけり。その点を上につけば、天なり。下につけば、太なり。その下に、子の字を書きつづくれば、天子とも、太子とも読まるべし。かかれば、太子生れさせ給ひて、天子にいたらせ給ふべし」とぞ申しける。
そののち、はたして皇子御誕生ありて、ほどなく位につき給ふ。後一条天皇、これなり。匡衡、風月の才に富めるのみならず、かかる心ばせども深かりけり。
 
(訳文)…そういえば、この御代に一つの不思議なことがあった。上東門院彰子の御方の御帳台の中で、犬の子が生れることがあって、思いがけない不思議な出来事だったので、大変驚かれて、大江匡衡という博士に尋ねられたところ、「これはめでたい吉祥でございます。『犬』という字は『大』というの字のそばに点を打ちます。その点を上に打てば、『天』です、点を下に打てば『太』です。『天』『太』の下に『子』という字を続ければ、『天子』とも『太子』とも読めます。ですから、『太子』がお生まれになって、『天子』にまでならせ給うに違いありません。」とお答えしたという。
その後、その言葉どおりに、皇子のお誕生があって、ほどなく位におつきになったのだった。後一条天皇である。匡衡という人物は、詩文の才能に恵まれていたばかりでなく、こんなことへも深い心遣いができる人物だったのである。

『十訓抄』日本古典文学全集51、小学館、1997年、P58より

さて、いかがでしたか?
犬に関する古典の中でも好きなお話の一つです。中宮彰子が、この犬の事件で不安を抱いていることを察知した匡衡は、瞬時に「犬」の「ヽ」を上に付けて「子」を続ければ「天子」となり、下に付ければ「太子」となるのだと、機転を利かせて、彰子を安堵させています。いい意味の「忖度」表現であり、思わず拍手(いや、厚い座布団進呈?)したくなります。匡衡に「ほ」の字の私です。
 
「光る君へ」の中で、この先このシーンが使われるかどうか、興味深く思っています。犬だけに「ワンダフル」で、「wonderful」だけに「不思議に満ちた」お話でした。


※画像は、クリエイター・Uyenoさんの、「犬の親子」の1葉をかたじけなくしました。お礼申し上げます。母犬の、少し不安げな表情に心惹かれます。