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No.580 『平成万葉集』の三十一文字にこめられた思い

『平成万葉集』(中央公論社)は、2009年(平成21年)に発行された国民的短歌集です。4万6千首の応募の中から千首(約2,2%)だけが集録されました。いずれ劣らぬ秀逸な歌ばかりですが、改めて読み直し、今の私に染みる10首をまとめてみました。
 
「検索も詮索も無用さばさばとネット社会の外側に住む」(83歳男性・青森県)
(潔い生き方ですが、ネット利用や活用を促す国や地方行政にとどまらない数々のサービスや手続きに、情報機器の苦手な老人たちは、取り残され貧乏くじを引いてばかりです。ネット利用できない人々には冷淡な社会を、デジタル庁は誰もが恩恵に与れる血の通った社会に変えて欲しいものです)
 
「五才児はアイムハングリ腹へった訳さなくてもあげます栗を」(64歳女性・埼玉県)
(もう、理屈抜きに大好きな歌です。お婆ちゃんと孫の掛け合いに笑みがこぼれます。終戦後を象徴する子どもたちの空腹と、ハングリー精神で復活させた日本人の思いも伝わってきます)
 
「夕影の向ひのビルに映れるを退職勧奨言へず見てをり」(63歳男性・栃木県)
(退職勧奨しなければならない立場の人事担当者か、部署の上司の重苦しく過ぎて行く時間の音が聞こえて来そうです。言う方も辛い、言われる方はなお辛い。「平らかに成る」の元号の世なのに、歴史的仮名遣いが重苦しさを一層際立たせています)
 
「うすれゆく脳細胞が気になりて薔薇という字を手のひらに書く」(68歳女性・東京都)
(絵になる品の良い歌です。我がニューロン君もすっかり衰え、記憶は薄れ、あれもこれも思い出せずにフリーズばかりしています。宇宙ビジネスがあるのだから、物忘れの特効薬ビジネスに特化した研究費も欲しいなと)
 
「暗闇に誰ぞささやくと補聴器をつければしとしと霧雨の降る」(88歳女性・奈良県)
(右耳が遠くなり始めた私の明日を見るような句。補聴器は視聴器でしょうか。悲しい現実の先に、希望をもてる現代の利器はヒーローの様です)
 
「幸せとはかくも小さきことならん今朝は両手で顔の洗える」(81歳女性・岡山県)
(幸せは、身近にあり細部にあるのでしょうか。当たり前の幸せは、当たり前でなくなってみて初めて気づくものなのでしょう。ささやかな幸せの発見は、日々の生きる力になってくれそうです)
 
「『はい』『はい』と素直に我に従いて君はやさしく呆け給ひぬ」(77歳女性・神奈川県)
(下の句の敬語表現に愛の力を感じ、文字がかすみます。こんなふうに惚けられたら怖さもうすらぎます。ご主人の頭を撫でさせていただきたい心境)
 
「その昔ときめきたるを手繰り寄せ手繰り寄せては妻を介護す」(74歳男性・島根県)
(そうしなければ介護に自信のなくなる時もある厳しい現実でしょう。好きだった相手の人格が変わった時、何を支えにして踏ん張るか、この歌は教えてくれます。年老いて病に伏す連れ合いを残したまま逝けないと考えて引き起こす悲劇を思う時、老老介護に救いをと声を上げたくなります)
 
「『地の入り』や『地の出』といふ語辞書に載る日も近からむ藍き図入りで」(66歳女性・愛知県)
(他の惑星や宇宙船から地球を見た新発想の近未来の歌です。国語辞典にそんな言葉が見つけられる時代が今世紀半ばにも来そうな宇宙開発競争が行われています。大きな景色の知的な歌に「ほ」です)
 
「百年余も我が家の暮らし支え来し蚕飼いを止めし夜は眠れず」(78歳女性・群馬県)
(激動の時代の波にのまれ、後継者がないまま、家業を止めたり、先祖代々の土地や家を手放したりしなければならなくなった日の夜の重さ、時間の長さは、今や日本全国いたるところで生まれている現実です。絶やしてしまうと言う祖先に申し訳ない思いが、心の闇を一層暗くします)
 
乏しい鑑賞力の上に的外れの考えもあるかもしれません。読者の方々の読みで心豊かに味わっていただければありがたく思います。

『昭和万葉集』『平成万葉集』の次は、『令和万葉集』でしょう。やはり、令和もお年頃の20年前後の頃になるのでしょうか?この目で見、そのページをめくられる日が来ることを祈っています。