
㉞ 2人称がない社会;呼称殺人 ①
2人称が「ない」といったらややいい過ぎですが、韓国は広く併用できる2人称があまりないです。2人称がない?というと社会関係ではどうしてるんだと思いますよね。2人称が豊富に存在する日本人は社会生活上、殆ど何の問題もないですが、韓国は2人称がないので不便ところか、毎年3月から5月の間には必ずといってもいいほど、全国の大学のどこかで必ずといってもいいほど殺人事件が発生したりします。呼称で殺人も?とおもうでしょうが韓国のような儒教的長幼の序が強調される社会では、殺人事件も珍しくないわけです。情けないですがこれも文化の呪縛ですね。
解説は後にまわすこととし、まずは1960年代後半からの状況を紹介します。僕の少年時代、韓国は貧しかったです。1953年に韓国戦争が終わり間もない時期だったので、僕の少年時代には傷痍軍人や乞食が実に多かったです。どこいってもいたし、特に傷痍軍人たちの境遇は最悪でした。戦争に参加し大怪我し手足を失った若い男性が街にはあふれるほどいました。政府に経済力も実力も統治経験もなく、傷痍軍人に対する福祉政策も皆無だったでしょう。みんなだ団体でグループを作って物乞いをしていました。今考えても痛々しい風景が浮かびます。
傷痍軍人は一人で物乞いをしたら軽くはじき出されるので、集団で必死に物乞いをするわけです。僕は当時まだ幼い少年だったから、傷痍軍人の集団を見ると怖くて門を閉めていました。みんなが貧しく者が圧倒的に足りない時代でしたから小学校では米軍からの援助品をもらってました。とうもろこしのパンと牛乳をもらってました。このパンを盗もうとまた、下校時に乞食がランドセルをあさったりしていました。
韓国の経済的な発展は、1961年、朴正煕がクーデターで政権を取った以降からでした。新しい会社や企業が徐々に増えました。するとたちまち問題が発生しました。呼称がないからです。特に女性をどう呼ぶかが問題だったと思います。周知のように女性はまだまだ社会の表舞台に出られるような雰囲気ではありませんでした。女性本人の結婚するととにかく辞職を進んで選んでしまうそういう時代でした。尹錫悦の母親が大学教授であったけど、尹錫悦と妹を産んで教授職をやめてしまったのも、多分「育児は女の義務」という圧力があったからではないかと勝手に思います。女子社員は「一時的な使い捨て視」する空気だったと思います。
こういう時代でした。だから新生OLをどう呼ぶか社会は大混乱していたと思います。右往左往していたと思います。僕はまだ少年だったので映画に馴染みがない時期だったので、英語めいた表現をするとかなり違和感を覚えていました。会社では「ミス李、ミスター金」とまず英語風に対応していました。医者を「ドクター」と呼ぶし、年上の女をオルドミス、軍人をキャプテンとかと呼んでました。僕はとにかくこのような変な外国語で言い合うのが嫌だったのでいつも気になっていました。
ラジオの時代だったのですが、人気の歌謡曲でも「私の恋人はオルドミス」「慶尚道青年」と歌われていたり、「ベトナムから戻ってきた金上司」などがよく流れてました。今は女性の社会的な地位が比較にならないほど上がっていますが、今でも女性社員を呼ぶ際に「お〜い」と呼ぶ人もいれば、電話に女性社員がでると「そこに人はいない?」といってまるで電話に出た女性を人間扱いしないように「扱う」人も決して少なくなかったです。
今はどう呼んでいるのかわかりませんが、入社順番で「1号様、2号様」と呼ぶ合う会社もありましたし、デザイナーさんとか、先輩、広報責任さん、人事責任さんと呼ぶことにした会社もありました。
人をどう呼ぶかを規定するのはもちろん文化的に決まります。実は韓国の呼称の問題に関して別稿でも書いていますがここで紹介するには長すぎるので、その一部のみを紹介させていただきます。韓国社会を理解するうえで非常に重要な部分だからです。
僕が韓国に行く度に僕を呼ぶ呼称がその都度変わったりします。最近は「社長さん」と呼ばれることが多いですが、在職中で名刺を渡しますと「あ!大学の教授様ですか、社長さん!」と呼ぶ始末です。最近は社長と呼ばれるからいっときは「会長さん」と呼ばれていたので格下げになってるわけです。昔は、お兄さん、オッパ(女人が男を呼ぶ際、血縁のお兄さんの意味)、おじさん、先生(教員の意味ではなくミスターの意味)、〜ニム(様)など目まぐるしく変化しています。最近は少なくなっていますが代理、主事さん等と結構賑やかに変わります。その後は、金デザイナさんとか、キム課長など職場での階級を入れて呼ぶことが流行りました。最近、ドラマや普通の会話で母親が息子や娘を呼ぶ際に名称をそのまま呼称化して、「おい、息子」「娘」と呼んだりしますでしょう?呼称がないから名称で呼んでいるわけです。そして、最も呼びにくいのが「父が息子」を呼ぶことと、妻の姉妹をどう呼ぶべきかということです。
父は私を丁寧に呼ぶことができませんでした。ものを丁寧に渡しことができません。お〜い、と呼び、ものを僕の前に投げてました。韓国の由緒正しい旧家の習慣では、礼儀とは上の者に対するもので、下の者に対する礼儀は一切ないといっても過言ではないのです。だから旧慣にしたがって父は息子の僕にものを「投げる方法(方法ともいいにくいですが)で渡してくれる」のです。
このような細かなしきたりがたくさんありますが、専門以外の人たちに説明するのは難しいですが、親族関係の中でお互いが「避けるべき関係」のことを「回避関係」といい、「崩してもいい関係」を冗談関係といいます。また、韓国には「人の妻を名前で呼んではいけない」大原則があります。でも、社会生活ではどうしても「呼ぶ必要」が生じるでしょう。このようなときは「太郎のお母さん」のように子供の名前を挟んで呼ばなければなりません。僕は僕の古い学友が「君の妻が・・」というから「礼儀がない」と殴ったことがあります(済みません)。日本人の友人がびっくりして間に入ってくれたのでなんとかおさまりましたが、まだ日本に来て間もない時期のできごとでした。このようにして呼称殺人が発生したりします。
「太郎のお母さん」というように呼ぶ呼び方が何と命名されてます。テクノニミといいます。世界中で様々な民族が採用していますが、一定の法則というのはまだないですね。でも、男女関係の区分が厳しい男中心の社会で特徴的に表れる傾向はあると思います。
2000年ん4月11日の記事によれば、一流企業の三星SDSも、第一製糖も、経営革新案で「呼称破壊」(上司に「さま」を用いることを意味するハンキョレ社の表現、つまり変革)を試みたものの、取引先の理解が得られにくいということで却下されたという会社もあります。呼称は個人的な問題ではなく社会的な課題だからでしょう。
国語学会からも呼称の問題が議論されたことがあります。1999年9月の国語文化運動本部の主催で開かれた「国語と企業経営」では、「呼称の問題が最も前近代的」なので「水平的に単純化しないといけない」といい、「現在の職級が社会環境の変化に合わない」と指摘されたことがあります。それで結局、「職階による呼称制度が職場の柔軟性を損なう」というと主張し、呼称が制度なのかは疑問なのだが定着までには社会的な取り決め(合意)が必要なのだというあってもなくてもいいような結論を出したこともあります。
呼称殺人については、以前書いたのがあるのでごく一部分のみ転載して紹介に当てることにします。
「 毎年3月以降の入学式や入社式のシーズンが経つにつれ、全国の新聞紙上には必ずといってもいいほど変わった殺人事件が見られる。僕が「呼称殺人」と呼んでいるもので、様々なパターンがある。多いのが年齢が拮抗しる場合だ。高校の後輩が大学では同級生になってしまうようなパターンだ。つまり、高校の先輩が一浪や二浪して大学に入って、後輩と同学年になったり、二浪して後輩となった場合だ。このような場合、韓国民にとっては非常に都合が悪い状況になっていしまう。高校までは先輩であったのに、大学では同級生なので「名前呼び」、つまり呼称が変化していると韓国では厄介な問題が起こりえるわけだ。
信じられないだろうから、例をあげよう。2016年7月15日(Newsis報道)、「61歳の男性が、食事会で自分より年下の男性が自分を同年輩呼ばわり(扱い)することに激怒して殺した」という記事。
また、「K氏は同級生のAの妹さんと結婚したが、久々に訪問した妻の実家で楽しい食事会で、Aは妻の実兄にあたる自分に敬語を使わず、同級生呼ばわりしているとKを叱ったら、怒ったKが台所で包丁を持ち出し、Aの太ももを刺した。刺されたAが激怒し、包丁を奪いKを刺殺した」(聯合ニュース、2004.8.22 ;**韓国では、儒教的年齢秩序により妹の夫は妹の兄に対して敬語を用いるしきたり)
また、2010年には留学中のアメリカで17歳と19歳の韓国人留学生間でおきた殺人事件。年下の者が年上の自分を「兄」と呼んでくれなかったことと敬語を使わないことに腹を立てて殺人」(2010年12月18日;SBS、YTN)
また、妻の兄が自分より年下だと結構厄介なことになりやすい。韓国ではこのような場合、兄弟関係を優先するので、妻の兄だから夫は年下の兄に対して「兄さん」と呼ばないといけない。僕の親の世代ではこの原則(?)が固く守られていたが、以前のような儒教社会ではなくなっている今は「難しい関係」になってしまう。僕の叔父(父の弟)の嫁は僕の母より3歳も年上だった。父が一族の直系の長男だったので、親戚のおばさんたち全員が母を「お姉さん」でもなく「お兄様」とと呼んでいた。幼い僕は当然のように母が最も年上だと思っていたらそうでなかったので驚いたことがある。このような事例は僕の周りでもいくらでもあった。僕と3~4歳年下の子たちが僕のことを「お兄さん」と呼ばず、「叔父さん」と呼ぶようにと徹底的に「指導されていた」。父親同志の関係が叔父と甥の関係だったからだ。兄弟が多かった時代、長男が結婚して子供を産んだ後に、長男の弟が生まれることも珍しくなかった。このような時、今は大変問題となるわけだ。このような時に互いが互いを避けることが望ましい。人類学でいう「回避関係」の呼称版といえる。回避関係とは文字とおり「互いに避けるのが望ましい」という意味だ。」
いま韓国に行ったら、年上の男には「兄」(ヒョン)、年上の女には「姉(オンニ)と呼ぶのが圧倒的に多いです。年下に関してはやはりそこまで気をつけません。お〜いとかでよぶかな?^^
韓国人同士だと女性のことをイモ(母の女兄弟)と呼ばれることが多いです。日本人なら、「日本のイモ」(イルボン・イモ)と呼ばれたらかなり親しく呼んでくれたことになりますが完全にオープンしたことではないのでまだまだ要注意ですね。
男は「社長さん」と呼ばれると思います。相手が年上か年下か、男か女か、既婚か未婚かによって結構ややこしいので気をつけてください。命が危ないですよ。これは呼ばれる側だから、まだマシですが、日本人のみなさんが相手を呼ぶときこそ危険なので、要注意ですね。