二つの時計-short story-
「花、うんじょー生ちち!」
あなたは生きて!祖母はそう言って母を豪から追い出し、自分は親族達と手榴弾でこの世から消えた。
花こと私の母は当時のトラウマにより時々幼い花ちゃんに変わってしまう。
先程もそうだった。
沖縄から関東に移り住んでこちらのお盆に慣れ親しんだはずなのに、豚肉が無いと御先祖様に味わって頂けないと言ってパニックを起こし、家から出て行った。
私は慌てて後を追って近所のスーパーで母を見付けたら、もう元に戻っており、何を買いに来たのかしら?なんて言いながらスイカとぶどうを結局は購入して帰宅した。
母は花ちゃんとして祖母と生活出来た時間は10年も満たない。
戦争と言う熱い鬼達が家族の暮らしを壊した。
祖父は帰還したがお酒無しでは何も出来ず、常に手が震え、最期は戦時中でも無いのに若い花ちゃんを置いて崖から身を投げてこの世を去った。
母は看護師となり病院で勤め始めたのだが、勤務地が米軍基地近くとなってから精神的安定が壊れたらしい。
父は母の同僚で、壊れ行く母を見て居られず、新しい家族が出来れば花ちゃんが救われるのでは無いかと結婚し、私が生まれた。
しかし、母も花ちゃんも変わらず2人として生き続ける日々が続いた。
父は想像を越える日々に狂いそうだったょ、と、言いつつ、何時も笑顔で母と花ちゃんを見守り私を慈しんでくれた。
父の両親は戦時中に召され、父は軍医だった祖父のお陰で学生となれた。
そしてその祖父の見守りも有り、母を愛し続ける事が出来た。
母は恵まれた方だった。
非人道的な治療法が正式な情報とされる中、母は家族の中でゆっくりと生きる事が許され、花ちゃんとなって故郷の沖縄の女としての言葉や伝統食にこだわりを見せているかのような時を過ごしても、周りも懐かしい食事に喜ばれた。
花ちゃんは可愛らしく優しい人。
時々私にも分からない方言でひとり遊びをしたり、時に看護師モードで身体を気遣ってくれたり。
しかし、時に花ちゃんは酷い哀しみの中に埋もれてしまう。
そうなると花ちゃんは御手洗へ行くのがやっとに成ってしまい、食事も取らないしお風呂にも入らない。
御手洗すら片手の指の回数で、年齢を重ねてからは身体にも悲鳴が聞こえ始めた。
突発的な身体の動きにも筋肉と骨のアンバランスが出て、筋肉の動きに骨がついて行かず骨折したり、関節が壊れたりし、花ちゃんは40代から杖が必要な状態だった。
身体も小さく身長140cm代、体重は30kgを時々切ってしまう。
花ちゃんにとって1番困るのは背後からの触り方。
誰かにぶつかられてしまうと泣き叫び、呼吸が整う迄に小一時間かかり、この間は豪のお母さんへの泣き叫ぶ悲痛な時となってしまう。
だので花ちゃんは人混みには一切行かない。
私はだので花ちゃんと出掛けた事が無い。
花ちゃんは今も二つの時を生きている。
私には計り知れない時の中、花ちゃんは生きている。
戦争が怖い。
最近岸田政権がアメリカから兵器を大量購入した。
花ちゃんの故郷には今も鉛が空を飛び、音が聴こえる。
そして隣国では戦争が今も起きている。
世代間で戦争トラウマを終わらせてはいけない。
花ちゃんの苦しみを繰り返してはならない。
隣国の花ちゃん達に癒される時や世界が来ますようにと祈る。
-[完]-