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ひとりの夜を包み込んでくれるレストラン
今の家に引っ越してきてから、夜に外出することがめっぽう減った。
ビジネス街の小さなマンションの一室で暮らしていた頃は、徒歩5分圏内に夜まであいているコーヒーショップが片手ではおさまらないほど建ち並んでいた 。だから、平日に仕事を終わらせて夫が帰ってくるまでの時間は、夜カフェで読書を楽しむことが多かったのだ。
今住んでいる街は、いわゆる住宅地と言われるエリアなので、夜まで開いているカフェはほとんどない。
バーや居酒屋は駅前に比較的まだ多く営業しているほうではあるけれど、読書をゆったり楽しめるような空間は、だいたい18時ごろまでに閉まってしまう。
だから、仕事が終わってからの時間というのは、スーパーに行くか、料理をするか、作業スペースで執筆するか、家のソファーに寝そべりながら本をペラペラ捲ることがほとんどだった。
そんな自宅での夜時間が少しマンネリ化してきた頃、名だたる作家たちが、あるレストランに対する愛をひたすらに綴るエッセイ集が発売された。発売初日で重版が決定するほどの人気を博していることをSNSで知り、私は二版発売当日にその書籍をゲットした。
その名も「ロイヤルホストで夜まで語りたい」。そう、ロイヤルホストの魅力を、著者それぞれの視点でたっぷり語られているのだ。
そういえば、今の家の近くにもロイヤルホストってあったようなーー。
Googleマップで検索すると、自転車で行ける距離に2つ、いや3つもロイヤルホストがあることに気づいたのだ。
私の地元には近くにロイヤルホストはなかったので、そこはどんな空間なのかは書籍を通じてでしか知らない。けれど、きっと私の夜時間を幸せなものにしてくれるような気がして、その日の仕事終わりに本と手帳を片手に突撃することを決めた。
18時半、無茶振りな案件をなんとか終わらせ、パソコンを勢いよく閉じる。
今夜は夫が出張なので、夜ご飯を作っておく必要はない。火の元を確認し、ネイビーのキャップを被り、ボアジャケットを羽織って家を出る。
駐輪場に停めていた黄色のクロスバイクにまたがり、ライトをオンにして、シュンっと走り出す。
真冬の夜のサイクリングは寒いだけだと思っていたけれど、自宅でぬくぬく温まった頬を切る風が案外心地よい。
今ここにある季節を感じながら、息を切らして坂道を駆け上がると、生きていることを実感できる。生きていることの幸せだとか、好きなことをするワクワク感に高揚し、青信号とともに大通りの交差点を勢いよく横切る。
今日向かうロイヤルホストは、私たちが住む住宅地と、その先の高級住宅街と言われるエリアとの境にそっと佇んでいた。
もう少しお洒落して来たらよかったかな、なんて少し後悔しながら、背筋をちょっとだけ伸ばして店の扉を開ける。
いわゆるファミリーレストランと呼ばれる空間よりも、ひとまわりゆったりとつくられた店内は、暖色の照明とシックな色味のソファが、その場所の品格を上げている。丁寧で落ち着いた雰囲気の店員さんに案内され、1人ゆったりとソファ席に腰掛ける。
店内にはポツポツと客が座っているのが見えたものの、混雑はしていない。客層も比較的年齢が高めだったからなのか、それとも近隣住民だけが集うような落ち着いた立地だからなのか、店内のBGMがしっかりと聴こえるくらいに静かで落ち着ける空間がそこには広がっていた。
イメージしていたファミリーレストランとは、良い意味で全く違う。いつもの日常よりちょっとだけ贅沢な空間がそこには用意されており、この空間にお金を支払うだけでも価値があるんじゃないかとも思えたくらいだ。
もちろん食事も一つひとつにこだわりが感じられ、オリジナリティのある味付けに心奪われる。オニオングラタンスープのとろっとろで甘味のある玉ねぎにも、ドリンクバーのココアの濃厚さにも、パラダイストロピカルアイスティーの華やかな風味にも驚きを隠せない。
ガヤガヤと人の多い夜カフェに通っていた頃より、よっぽどお腹も心も満たされるじゃないか。
寒い冬、1人きりの夜時間をそっと包み込んでくれるような温かさが、そこにはあった。
全国チェーンのレストランであるロイヤルホストが、私の新たな居場所になるとは思ってもいなかった。完全に盲点だった。
夜カフェがないのが残念ポイントだ、なんて思っていたこの街には、ゆったり静かにただ自分の夜時間をくつろげる空間が3つもある。それはもう十分すぎるくらい、この街での夜時間を愉しめるということだ。
自宅から離れて読書や執筆に勤しみたいとき、1人の夜がちょっと寂しくなったとき、ロイヤルホストが待ってくれていると思うと、本当に心強い。
これから何年、何十年とこの街で過ごしていく中で、私も多くの作家さんたちのように、ロイヤルホストとの思い出をゆっくり紡いでいきたいと思った。
そんなことを考えていると、気づけば22時前。
パフェを最後に頼むか悩みに悩んでやっぱりやめたのは、また近々来ますという意思表示。そっとメニューから目を離し、本と手帳をカバンに詰め込んでお会計に向かう。
今度は何を食べて何を飲んで、何を読んで何を書こうかーー。
さっき店を出たところだというのに、新たな居場所での過ごし方をもう考え始めながら、高らかに足を上げてクロスバイクにまたがった。
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