歌人49名の短歌51首をよむ、池田行謙さん『Easy traveler 01』が面白い
塔短歌会に所属、昭和48/49年生まれの歌人同好会「柊と南天」のメンバーでもある池田行謙さん。すでに第一歌集『たどり着けない地平線』(青磁社)を上梓され、会報誌でもコラムを担当しています。商業書籍とは別で、2017年には『Easy traveler 01』を自費出版されています。
自費出版、ZINE、リトルプレス。こういった冊子だと本人が詠んだ歌が載っているケースがほとんどですが『Easy traveler 01』は違います。池田さんではない歌人49名が登場し、彼らの短歌51首が紹介され、それぞれに池田さんの評論がつけられているのがポイントです。
抽出元は塔短歌会の会報誌のほか、個人の歌集など。1冊の中に2つの楽しみがあります。1つは掲載された歌を自分なりに味わうこと。もう1つは池田さんの評論を味わうこと。両方の視点から読んでみました。
気になる歌 6首 一首評
白鵬の浴衣の藍のとんぼ飛ぶ付き人ぱつと着せかけるとき/山田トシ子
すぐに風景が浮かんで「とんぼ」が脳裏に残る歌。一瞬のことだけれど、それが歌に焼き付けられている。
てのひらに粘土を載せて雨だつたり雲だつたりをゆつくり語る/古谷空色
「てのひら」「ゆつくり」という丸みを帯びたひらがなが柔らかい。雨や雲のような天の出来事を手に載せられる意外性と視点が好きな歌です。ユーモラス。
水際の黄色い蝶は草の穂につまずきながら消えて行きたり/中澤百合子
池田さんの文にもあるように、やっぱり「つまずきながら」のチョイスが秀逸。この一言で不規則に飛ぶ蝶の様子が伝わってくる。
現在形で進む車窓にたった<いま>の残滓のごとき駅を見送る/竹田伊波礼
いま、いま、いま、のくり返しで時間が進んでいるのを、最も可視化できるのが電車かもしれません。ちょっと後ろのものがみんな残滓。止められないけれど真理。
森だった頃を空気は忘れない三階を行くこの寂しさは/青山鉄夫
見えなくても気配がある。詠み手はそれを感じている。結句次第で歌の色が変わる構造で「寂しさ」という言葉を置く。それが余韻になってしばらく寂しい。
神の脳何千グラム 酢の中でカリフラワーが静かに茹だる/近藤達子
たしかに脳っぽい。そのイメージを神様まで飛ばしてしまうのが大胆。人ではないから不思議な印象を残すのだろうな。シュールな映像がいい。
気になる評論 5編
そしてまた湖をさがしにゆくだろうこくりと骨を鳴らしてのちに/永田淳
私は「骨」からすでにこの世に亡い存在を連想して、幻想的な景色を思い浮かべたのですが、評論では「骨を鳴らす癖」とある。そうだったのか。
ガタガタとボトルの中にぶつかりて溶ける氷が夏を生きてる/太田愛
小笠原在住経験のある池田さんならではの、夏の話が載っています。「その人しか書けないこと」が貴重だと感じた一編でした。
洗い桶に洗い物溜まり凄まじき南半球の鯨の墓場/石井瑞穂
使われている語彙について、池田さんの考察が詳しく書かれています。言葉を「洗濯機・洗濯物」にしてしまっては、面的に与える広さの印象が変わる。上句と下句のコントラストにも計算が感じられる。なるほど。
窪みやすき水として生る洋梨のこころ吊り下げ事務所に戻る/遠藤由季
実はどう読み取ってよいのかわからずに迷っていたところ、池田さんの解説があって整頓できました。洋梨=詠み手である自分、という補助線をもらって理解。
散歩道枝の鵯囀るを「いいよ」「いいよ」と我が耳は聞く/姉崎雅子
いつも冷静なイメージがある池田さんが、文字上とはいえ弾けた言葉を使っていたのが面白い一編です。ヒヨドリの声はどう聞こえるか。「オッケー!オーライ!」なのか「グッド!グーッド!」なのか「ノーサンキュー!もう結構です!」なのか。果たして池田さんはこういう言葉を声に出したことがあるのか。
今回「01」ということは「02」もあるのかも。短歌に絡む自主的な冊子について、こんな構成方法もあるのかと目からウロコの1冊でした。詠む以外、分析・紹介でも読み物として成立するし、読み応えがある。作り手にとってはとてもパワーの要る作業だと思いますが、だからこそ好きに書けて楽しいのだろうと想像します。いいなー。
関連情報
■池田行謙さん twitter
■青磁社『たどり着けない地平線』紹介記事
■ 歌集を読む会レポート