カウンターで並んでたべる!たのしくっておいしい「まかないゴハン」♡
2021年。今年の春で飲食店経営28年になる。
もともと、飲食業には全く興味がなかった。むしろ飲食店で働くなんて、自分の中では、やりたくない仕事ナンバー1だった。
ある日、オットが突然会社をやめてきた。プータローになったのだ。
”無職のオットのツマ”
なんて、言われたくなかった。だからオットに
ー何か仕事みつけて働いてよ。
と、詰め寄ってみたら、
ー飲食店経営、やる。
といったのだ。
ー働いてくれるならなんでもいいや!!
そう思った私。何も考えずOKしてしまった結果、私も会社を辞めて手伝う羽目に。結局、私も飲食業になってしまい、飲食店の女将になってしまった。で、気が付いたら28年だ。
外資系企業のOLだった28歳の女の子も、いまでは貫禄あるの女将。経験もノウハウも全く持ち合わせてなかったけど、やればなんとかできるもんだ。
最初は、飲食業が好きになれなかった。いや、好きじゃない!ではなく、「嫌い」だった。忙しさに追われ、休日も休めず、厨房は夏は暑く手冬は寒い・・・なによりおしゃれなんてできやしない。まったく、なにが楽しいのか、さっぱりわからなかった。
それでも、女将としての仕事は次から次へとふってわいてくる。仕事はまってはくれない。だから、こなしていくしかない。そうやって、忙しいドタバタの毎日がただただ過ぎ去っていく・・・そんな28年だった。
うちの店では、女将の一番の仕事は、「まかないゴハン」づくりだ。
みんな、この「まかないゴハン」を楽しみにしていた。主菜1品、副菜2,3品、ご飯、味噌汁、そしてデザートと、まるで大家族の食卓にでてくる夕食みたい。そんな「まかないゴハン」をつくるのが、女将の一番の仕事だった。
カウンターに一列に並んでみんなで座る。
マスター(オットですが)が、
ーさあ、食べよう!
と合図をする。すると、みんな揃って、「いただきまぁーす!」と手を合わせ、そして一緒に食べるのだ。
カウンターに並びみんなで食べる「まかないゴハン」の時間。それはそれは楽しかった。
大学生のアルバイトスタッフさん達が話すのは、大学での話や恋バナ。高校生たちは、部活の話や担任の先生の物まねなんかしたりして。パートさんは、子供の話やご主人への愚痴をおもしろおかしく話してくれた。
ー醤油、とって!
ーはいよ!
ードレッシングは、なにがいい? ゴマドレ? シーザー?
ーポン酢、つけるとおいしいよ!
わいわい言いながら、調味料なんかもみんなで回して使ったものだ。
このまかないゴハンを作る時だけは、とても楽しかった。
毎回スタッフさんたちの働く顔を見ながら、
ー今日は何をつくろうか?
ー何が食べたいんだろう?
なんてことを思いながら、せっせせっせとまかないご飯をつくるのは、本当に楽しかった。
そして、みんなで並んで食べる「まかないゴハン」は、自分でいうのもなんだけど、本当においしかった。
女将の私は、こうやって、まるでまかない婦のように、みんなの「まかないゴハン」を28年間作り続けている。
2020年の春、コロナで世の中がかわった。1回目の自粛営業要請が発令された時には、飲食店は夜8時までの時短営業の要請がかかった。
このころは、まだコロナの怖さだけが先に立ち、女将の私もよく理解できていなかった。
なので、夏までの数か月間、スタッフさん全員を自宅待機とした。飲食業は不特性多数の方と接する仕事だ。だから、しばらくはお休みをしていただくことが、一番良い方法だと、あの時は思ったのだ。
高齢者と同居のスタッフさん、地方からでてきた大学生、大学受験を控えた高校生、そしてご主人やお子さんをお持ちのパートさん・・・大切な従業員の安全を一番に考えた末の決断だった。
となると、マスターと女将の二人だけで、お店を回さなければならない。店内利用と同時に、新たに始めたテイクアウトのお客様。間引き席での営業でも、二人だけで対応しなければいけなかったので、毎日がてんてこ舞いになってしまった。
間引き席での営業を強いられたが、お客様がいらっしゃれば、ちょこっとお話もできた。テイクアウトのレシピを考えたり、SNSへの投稿もしたり。集客活動やチラシ作り、レシピ開発や店内レイアウトを替えたりなど、やらなければならない仕事は山ほどあったので、沈んでいる暇なんてなかった。
ただ、どうしてもひとつだけできないことがあった。そう、それは、スタッフさんの「まかないゴハン」づくり。
だって、ひとりもスタッフさんがいないのだから。作りたくたって作る必要がないのだ。
一日の営業が終わり、マスターと自分の二人分だけの「まかないゴハン」を作る。二人だけで食べても全然おいしくない。二人だけで食べても全然楽しくない。つくることも楽しくない。
ーなんでだろうか?
ー食べてても全然おいしく感じないのは、なんでだろうか。
そうか!「まかないゴハン」は、みんなで食べるからおいしかったんだ。みんなの「まかないゴハン」を作れたから、楽しかったんだ。
それがわかった時、涙があふれてあふれて止まらなかった。スタッフのみんなが恋しくて恋しくて仕方なかった。
その後、withコロナの生活になった。徹底した感染予防対策をしながら通常とはいかないものの、営業時間も少しづつ戻すことができた。GoToイートやGoToトラベルといった、政府による打ち出しキャンペーンの効果もあった。お客様も前のようにとはいかないけれど、店内は賑やかさを取り戻していった。もちろん、スタッフさんたちにも戻ってきてもらえた。
そして、なによりも、また、「まかないゴハン」をつくれるようになったのだ。
楽しかった。うれしかった。
ー「まかないゴハン」をまた作れる!
ーまたみんなで、まかないゴハンを食べられる!!
おいしかった。本当においしかった。
また前のように、カウンターに並んで、いただきまぁーす!と言って「まかないゴハン」を食べられるようになった。なのに・・・
2度目の自粛営業要請が発令。
前回と同じく飲食店は8時までの時短営業。こんどは、コロナ感染予防の対策方法がある程度わかるようになっていたため、ご家庭で許可の出たスタッフさんのみ、シフトに入ってもらえることになった。
そして、「まかないゴハン」の時間。楽しくまかないご飯をつくる女将の私。でも、何かが違う・・・
そう、カウンターにみんなで並んで、楽しくおしゃべりをしながら、ワイワイと「まかないゴハン」を食べる!!ということが、できなくなったのだ。(飛沫感染を防ぐため)
一人ひとつのテーブルを使って離れて座る。「まかないゴハン」を食べている最中は、話をしない。そして食べ終わったら、またマスクをする。
醤油や塩、ドレッシングなど、回して使わない。一度使った調味料の入れ物は、使うたびにアルコール消毒。
冬のまかないで、みんなが大好きだったお鍋料理やしゃぶしゃぶ料理、おでんなどは封印された。
ワイワイがやがや、笑い声が絶えなかったまかないタイムは、静かなまかないタイムになった。ちなみに黙って食べるゴハンを「黙食」というらしい。
この黙食の「まかないゴハン」タイムだが、今は、「まかないゴハン」をつくれるだけでも、幸せなことだと感じている。
今、思うこと。
お客様でいっぱいで、てんてこ舞の店内の、戦場のような厨房で、汗をぶったらして大量のまかないご飯をつくって、店のカウンターでみんなで並んでくっついて、大声で笑って、大声でしゃべって、調味料はまわしてつかって、鍋料理や大皿料理は直箸でつっついて・・・
そんな「まかないゴハン」を食べるのが、やっぱり一番たのしくておいしいのだ。
またきっと、かならず。このおいしくてたのしい「まかないゴハン」を食べられる日がくることを切に切に願いながら、女将の私は、今日も黙食の「まかないゴハン」を作り続けるのであった。
おしまい。
女将の戯言でした。