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深読み『地上の星』後篇(第286話)
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2019年9月20日 朝
スナックふかよみ
わかっていたのね、ウィリアム・ブレイクは…
「カバとワニ」が何なのかを…
それでは「ワニの話」の続きを見ていこう。
それから『地上の星』の最大のトリック…
すべてを知る「つばめ」の話を…
ツバメも『ヨブ記』に出て来るんですか?
出て来ないよ。
「つばめ」の引用元は別にある。
別? 何なの?
それについては、『ヨブ記』の「カバとワニ」を終わらせてからだ。
神がヨブに語った「十字架のキリスト像」の例え話は、こう続く。
その前では、強大な力を誇る者も、恐怖におののく…
彼らは敗北を恐れて逃げ隠れするだろう…
その前では、あらゆる武器は無力化される…
鉄は硬さを失い、青銅は朽木のようになる…
矢は飛ばず、投石は役立たずになり、棍棒は1本の麦わらのようになる…
それは、槍がうなる音を満足げに聞くだろう…
その脇腹は割れた陶片のようで、そりの滑ったような跡を残す…
すごい…
ここまでずっと「ワニ」の身体を鋼鉄のようだと説明していたのに、脇腹だけ割れた陶片…
ロンギヌスの槍で付けられる裂傷まで予言していたとは…
それは大鍋のような奥底から恵の乳を出す…
それはまさに、壺に入った軟膏のよう…
ロンギヌスが槍で刺したところからイエスの血があふれ出て、それを浴びたロンギヌスの白内障が治ったという伝承は、ここから出ているのね…
『キリストの脇腹を槍で刺すロンギヌス』
フラ・アンジェリコ
それが歩いた後は、光り輝く道が出来る…
ある者はそれを、水底の白髪だと考えるだろう…
また「水底」だ…
地球上で、それに並ぶものなどない…
それは一点の陰りもない究極の存在…
すべての者に仰ぎ見られ、すべての者の王となる…
これが『ヨブ記』の語る「ワニ」だ。
ミルクボーイでも疑う余地のない「キリストの例え話」ね…
あっ!
どうしたの?
冒頭の「主旨」ですよ!
あれは『ヨハネ伝』、『ヨハネによる福音書』です!
は?
「一度言って、二度言う」
「男らしく腰に帯をつける」
『ヨハネによる福音書』の最終章ですよ…
復活したイエスは弟子のペトロにこう言いました…
「ヨハネの子シモンよ、あなたはこの人たちが愛する以上に、わたしを愛するか?」
そして次に、二度、同じことを言います。
「ヨハネの子シモンよ、わたしを愛するか?」
「ヨハネの子シモンよ、わたしを愛するか?」
ああ、これは確か…
同じことを何回も聞くイエスの意図が分からなくて、ペトロが戸惑う場面ね…
21:15 彼らが食事をすませると、イエスはシモン・ペテロに言われた、「ヨハネの子シモンよ、あなたはこの人たちが愛する以上に、わたしを愛するか」。ペテロは言った、「主よ、そうです。わたしがあなたを愛することは、あなたがご存じです」。イエスは彼に「わたしの小羊を養いなさい」と言われた。
21:16 またもう一度彼に言われた、「ヨハネの子シモンよ、わたしを愛するか」。彼はイエスに言った、「主よ、そうです。わたしがあなたを愛することは、あなたがご存じです」。イエスは彼に言われた、「わたしの羊を飼いなさい」
21:17 イエスは三度目に言われた、「ヨハネの子シモンよ、わたしを愛するか」。ペテロは「わたしを愛するか」とイエスが三度も言われたので、心をいためてイエスに言った、「主よ、あなたはすべてをご存じです。わたしがあなたを愛していることは、おわかりになっています」。イエスは彼に言われた、「わたしの羊を養いなさい」
そしてイエスは、将来起こるペトロの処刑を予告する…
「帯をつける」をキーワードにして…
21:18 よくよくあなたに言っておく。あなたが若かった時には、自分で帯をしめて、思いのままに歩きまわっていた。しかし年をとってからは、自分の手をのばすことになろう。そして、ほかの人があなたに帯を結びつけ、行きたくない所へ連れて行くであろう」。
21:19 これは、ペテロがどんな死に方で、神の栄光をあらわすかを示すために、お話しになったのである。こう話してから、「わたしに従ってきなさい」と言われた。
『ヨハネによる福音書』は『ヨブ記』を基にして書かれた…
『ヨブ記』から生まれた書…
新渡戸稲造の盟友であり、志賀直哉の師でもある内田鑑三は、これを言いたかったのじゃ。
ゲーテの『ファウスト』、ダンテの『神曲』、シェイクスピアの『ハムレット』、そして『ヨハネによる福音書』…
偉大な書はすべて『ヨブ記』から生まれた。
そして中島みゆきの『地上の星』も、その系譜に連なる…
星の喩えは「水底のシリウス」で終わりますが、そのあとの歌詞も気になります…
名立たるものを追って
輝くものを追って人は
氷ばかり掴む
なぜ追いかけて掴むのは「氷」なのかしら?
いくら人が名立たるものや輝くものを追いかけても、手に入れられないってこと?
ダイヤか水晶かと思って掴んでも、それは氷でしかなかったとか?
なぜ「氷」をネガティブなものと決めつけるかな。
え? だって「氷ばかり掴む」でしょ?
ハズレってことじゃん。
「ばかり」という言葉は、元々は動詞「はかる」の名詞形「はかり」が副助詞になったもの。
本来は、そこに否定的なニュアンスはなかった。
「はかり」は世を作る基本とされ、かつては神一族の独占事業だったほどだからね。
だから「名立たるものを追って、輝くものを追って、人は氷ばかり掴む」とは、肯定的な意味なんだよ。
この「ばかり」は「だけを」に置き換えるといい。
じゃあ何なの?「氷」って…
ここでの「氷」とは、神がヨブに言った「氷」のこと。
第38章のこの部分の引用なんだ。
28 雨に父があるか。露の玉はだれが生んだか。
29 氷はだれの胎から出たか。空の霜はだれが生んだか。
氷は誰の胎から出たか? どういうこと?
ん?
雨、露の玉、空の霜?
うふふ。
ミュージックビデオ(笑)
ああっ!
やだ。完璧に「雨」か「玉の露」か「空の霜」じゃん…
だけど「氷」がありませんね…
「人は氷ばかり掴む」と歌っておきながら、なぜだろう…
あるんだよ、氷は。
えっ?
「雨・露の玉・空の霜」にあたるものを、よく見てごらん。
何か気付かない?
何か?
そういえば、あの水滴は、ほとんど動かないわよね…
全然地面に落ちていかない…
それに手前の水滴は、やけにアップで写っています…
まるで、観察者のすぐ目の前にあるように…
確かにそうですね…
中島みゆきの周りじゃなくて、観察者の目の前に「露の玉」がたくさんある感じだ…
というか、観察者は無数の「露の玉」の中、つまり「空の霜」の中にいる…
あの視点は、誰の視点なんだろう…
あれは「氷」の視点だよ。
氷の視点?
Does the rain have a father?
Who fathers the drops of dew?
From whose womb comes the ice?
Who gives birth to the frost from the heavens?
雨に父親はいるか?
露の玉を生み出したのは誰か?
誰の胎から氷は出るか?
誰が天から霜を発生させるか?
つまり「雨」も「露の玉」も「空の霜」も、生み出したのは創造主「神」だ。
そして神は「氷」を「とある女性」に送り込んだ。
その女性の胎から「人の子」として産まれるために…
さて…
「氷」とは、誰のこと?
神の子、イエス・キリストです…
ここまで来たら、もうわかるだろう。
創造主が生み出した「雨・露の玉・空の霜」と、胎から出る「氷」が描かれた有名な作品がある…
様々な芸術作品の元ネタになっている、とても有名な作品…
これまで何度も何度も取り上げたよね…
わかった…
「氷」の視点とは、これのことだわ…
フラ・アンジェリコの絵『受胎告知』に描かれた「聖霊」の視点…
『受胎告知』フラ・アンジェリコ
その通り。
「雨・露の玉・空の霜」とは、あの光線の帯のこと。
天から創造主が生み出したものだ…
だから「水滴」は空中で揺れてるだけで、地面に落ちなかったのか…
確かに、あの聖霊の視点なら、目の前に「露の玉」がアップで見える…
中島みゆきのシーンだけモノクロになっておるのは、これが理由じゃな。
もしカラーで描いたら、あからさまに不自然になる…
こんなふうに…
なんてこった…
マリアの側頭部にある「光背」も、「聖霊」の視点で見ると、ああなりますね…
これは白黒で正解です…
あっ! あの手!
やっと気づいたようだね。
中島みゆきはサビの時、片方の手を胸にあてる…
本来なら「両手」なんだけど、さすがにバレてしまうから、片方だけ…
これか…
両手でクロス…
まさに『プロジェクトⅩ』じゃん…
そして、その時の歌詞は、こうだった…
つばめよ 高い空から
教えてよ 地上の星を
つばめよ 地上の星は
今 何処に あるのだろう
なぜなら…
「つばめ」が処女マリアの頭上、満天の星空の下に居たから…
地上の出来事を見ている神のすぐ近くに…
なんてことなの…
ミュージックビデオには、他にも興味深い描写がいくつも隠されていた。
たとえば、一番最後に映し出される、この少女…
明らかに他の人々とは別格の扱いだったよね…
ああっ!
なんてこった…
マリアの頭にあった「緑のリング」を、襟首に持ってきたのか…
芥川龍之介も『南京の基督』で、同じようなことやってたわよね。
「緑のリング」を、ヒロイン金花ちゃんの「耳」に(笑)
「金花」といえば…
ミュージックビデオには、黄金色の菊の花が、意味ありげに映し出されていたわ…
マリアの家の柱にも「菊の花」が描かれているからね。
しかも、神の御影も「菊の花」があるはずの場所に描かれていた…
菊の花の前には「赤い実」も映し出されていました…
あれは何でしょう?
あれは「ノイバラ(野茨)」ね。
トゲのある野茨は、イエス・キリストが処刑されるときに被せられた「冠」としても有名…
だからクリスマスには、このノイバラでリースを作るの…
しかしそれは「受胎告知」には関係ないですよね?
そうかしら?
じゃあ、なぜアンジェリコの『受胎告知』に「つばめ」が描かれているの?
え? なぜって…
ツバメは縁起のいい鳥だからじゃないですか?
ツバメが巣を作った家は、福が来ると言われているから…
そうじゃない。
あの「つばめ」は「死」の象徴なんだよ。
死?
神がキリストを地上に送ったのは、愚かな人間たちに、神の「究極の愛」を伝えるため…
神の深淵な計画を理解できない人間の罪を、代わりに我が子に背負わせ、人間たちの前で処刑させるためだ…
つまり、地上に降りた神の子キリストの使命とは…
誰にも理解されず、仲間にも裏切られ、悲惨な最期を遂げることにあった…
ちなみに「いろはにほへとちりぬるを」で有名な「いろは歌」は、ある並べ方にすると「イエス、咎なくて死す」という暗号になっておる。
だから大河ドラマ『麒麟がくる』で尾野真千子が演じる不思議な女の名は「伊呂波太夫」なのじゃ。
しかし、処女マリアのもとへ受胎を告知しに来た大天使ガブリエルは、肝心なことを伝えなかった…
生まれる子が「神の子」であることは伝えたんだけど、その子が罪人として公開処刑されることは黙っていたんだ…
そんなことまで教えてしまったら、マリアの精神状態が不安定になってしまうからね…
それを知っていたのは、キリストの前駆である洗礼者ヨハネだけ…
だからヨハネはヨルダン川でイエスを見た瞬間、父なる神の手で生贄になることを理解し、イエスを「神の子羊」と呼んだ。
眩しく光る不思議な星に導かれてやって来た「東方の三博士」は?
彼らも知っていたんじゃないの?
確かに彼らはあの星を見て、特別なことを読み取った。
「ユダヤ人の王」が誕生した印だとね。
だけど、その「ユダヤ人の王」が何を意味するのかまでは読み取れなかった。
彼らは普通の人間で、ヨハネみたいな預言者ではないからね。
イエスの罪状「INRI(ナザレのイエス、ユダヤ人の王)」の「RI」を誰よりも先取りしたのに、その意味はわからなかった…
だけど逆に言うと、わかってても問題ですよね…
最初から「この子は死ぬんですよ」と告げられたら、あんなにドラマチックな物語にはならないですし…
そうかしら?
え?
別に結末がわかってても、盛り上がると思うわよ。
オチがわかったら面白くなくなるのは、そもそもその物語に内容がないってこと。
ちなみに…
福音書には出て来ないけど、民間伝承や宗教画の世界では…
イエスが生まれた時に、その「死」を予告した存在がいた…
覚えてるかな?
あっ、そういえば…
えーと。何でしたっけ…
つるつる!
Pica pica(ピカピカ)じゃ。
和名は「カササギ」とも「コウライガラス」ともいう。
クリスマスの日、つまりキリストが生まれた日に家畜小屋の屋根の上で…
不吉な声で鳴きわめき、生まれたばかりの赤ん坊の「壮絶な死」を予告した鳥…
『キリストの降誕』
ピエロ・デラ・フランチェスカ
この鳥は、映画『スリー・ビルボード』でウディ・ハレルソンが演じたウィロビー署長のモデルでもあるわね。
頭部がピカピカの禿だった彼は、アンジェラの死の真相を、映画冒頭から知っていた唯一の存在…
もしや、フラ・アンジェリコは、この鳥を『受胎告知』に描いたと…
その通り。
あんな場所に理由もなく「つばめ」を描くわけがない。
この「処女懐胎」という前代未聞のプロジェクトには「神によって計画された死」が含まれていることを表現するために…
フラ・アンジェリコは「白黒の鳥」を描いたというわけだ…
そういうことだったのか…
見事じゃのう、中島みゆきの作詞は。
あのミュージックビデオの演出も、おそらくすべて中島みゆきのアイデアじゃろう。
実に頓智が効いておる。
そして『地上の星』の他にも、中島みゆきには『受胎告知』から着想を得た名曲がある…
えっ!?他にも?
どの曲?
『空と君のあいだに』よ。
ええっ!?この曲が?
確かに「空」と「君」のあいだには…
氷を胎に運ぶ「冷たい雨」が降っています…
つまり、この歌の「僕」とは…
大天使ガブリエル…
だけど、この出だしの歌詞は?
君が涙のときには
僕はポプラの枝になる
確かにマリアは泣きそうな顔をしてるけど、ポプラの枝はどこ?
ああ、ポプラの木は建物の外の庭だ…
ガブリエルから離れた場所にあります…
じゃあ「僕はボプラの枝になる」じゃないじゃん。
うーん…
「僕はポプラの枝になる」とは、いったいどういうことなのでしょう?
簡単さ。
この歌には、もう1枚の『受胎告知』が落とし込まれているんだよ。
もう1枚の受胎告知?
またフラ・アンジェリコの夜バージョンですか?
いや。ボッティチェリのバージョンだ。
ガブリエルが手に持つユリの枝が、窓の外のポプラの木と一体化しているように描かれた『受胎告知』…
『受胎告知』
サンドロ・ボッティチェッリ
うわあ…
確かに「僕」が「ポプラの枝」になってる!
そして「ひきとめた僕を君は振りはらった」みたいに見える。
というか、もうそうとしか見えない…
そして「君を泣かせたあいつの正体を僕は知ってた」のも当然のこと…
「あいつ」の指示で「僕」は送り込まれた…
『受胎告知』は偉大な芸術です。
アラン・ドロンの『太陽がいっぱい』も…
マイケル・J・フォックスの『バック・トゥ・ザ・フューチャー』も…
そして田辺聖子の『ジョゼと虎と魚たち』も…
全部『受胎告知』から生まれた…
他にも挙げたらキリがありませんね…
それでは話の本筋に戻りましょう。
新渡戸傳とその息子十次郎の物語「新渡戸伝」…
無の世界から有を生み出し、貧しかった南部盛岡藩のGⅮPを1.5倍にするという、あの壮大なプロジェクト「三本木 十万石計画」は、その後、いったいどうなったのか…
そして…
志賀直哉『小僧の神様』の最終章には、どんな秘密が隠されているのか…