スナックふかよみ_生活のたのしみ展_恩返し篇A

深読み生活のたのしみ展:恩返し篇


2019年4月20日

丸の内にて


前編「にわか篇」はコチラ

ねえ。隣のお店も見てみようよ。

なんか素敵よ。


【MITTAN】か…

ナチュラルな感じでいいね。

あなたもこういうの着たらいいんじゃない?

年がら年中、金田一耕助みたいな、むさくるしい恰好してないでさ…

むさくるしいとは失礼だな。

でもイマドキの名探偵は、こざっぱりしてるものよ。

浅見光彦とか見てごらんなさいよ。

まあ確かに…

同業者の中でこんなレトロな格好をしてるのは僕くらいだけど…

でしょ?

今度はあたしがプレゼントしてあげる。

この藍染のジャケットとか似合うわよ、きっと…

ちょっと羽織ってみて。

うん…

ほら、よく似合ってる!

すみません、これくださいな。

あと、こっちのパンツも。

ありがとう、深代ママ。

あとはインナーも必要ね…

え?

だって全体でコーディネイトしないと。

あっちでいい感じのTシャツ売ってたから、行ってみよ。






ここ?アースボール?


このTシャツいいでしょ?

アースボールTシャツよ。

すいませーん!これくださーい!

なんだか買ってもらってばかりで悪いな…

今日は僕が【NIWAKA】のTシャツを深代ママにプレゼントしようと思って来たのに…

いいのよ。いつもお店に来てくれるから。

はい、じゃあ着替えてきて。

え?

「え?」じゃないわよ。

せっかくトータルでコーディネイトしたんだから、今着てる服と全とっかえして来て。

その帽子とカツラも脱いできてね。

カ、カツラも!?

あたりまえじゃない!

こんな気持ちのいい春の日に、なんでそんな暑苦しいカツラかぶってんのよ…

蒸れて禿げてもしらないから…

あと、その伊達メガネもね!

でも帽子とカツラと眼鏡をとってしまったら…

僕が誰だか分からなくなってしまうかも…

四の五の言ってないで、はやく着替えてらっしゃい!

うん…



十分後




ほら!やっぱりいいじゃない!

あたしの言った通り!

なんだか変な感じだなあ…

落ち着かないっていうか…

素敵よ。こっちのほうが絶対モテるって。

そうかなあ…

ねえ、そと行こ!

あっちの並木道、すっごく気持ちよさそう!

一緒に歩こ!ね?



よりみちストリート


うわあ…最高だなあ…

木漏れ日と春の風が、気持ちいい…

なんだか若返った気分だ。

身も心も軽くなったというか…

ありがとう、深代ママ。

お礼を言うのはこっち。

こんなに楽しいのって、ホント久しぶり…

ラララララ~

「おちつけ」

なによそれ。ひどい!

いや、あそこに書いてあったから。

なんだ【書】か…

でも不思議ね…

見てるとホントに落ち着いてくるわ…

あれ買って帰ろうよ。店に掛けといたらいい。

しなくていい深読みをしたくなってウズウズしてきたら、あれを見るんだ。

もう。やめてよ。

ははは。冗談冗談(笑)

でもさ…

夜ひとりで悶々と深読みしてるより、こうして青空の下で大切な人と散歩っていうか…なんかデートみたいっていうか…

こうゆーのって…大事よね…

へ?

あー!

もう歌っちゃうね!



深代ママ…

今…

岡江クン…

今日は歌詞を深読みしないって約束…

深代ママが…25年前の姿に見えた…

もう!なに『紅の豚』のフィオみたいなこと言ってるのよ!

まるで今のあたしが魔法にかけられた豚みたいな言いぐさじゃん。

僕がキスしてみようか?

もう!ふざけないで!

でもさ、深代ママってこういう爽やかな曲も歌うんだね…

いっつも淋しい女の歌ばかりだから…

だって場末のスナックにこんな歌は似合わないでしょ…

店では不幸な女キャラを演じてるのよ。

あたしだってたまには、こういう歌うたっても、いいんじゃないッ?

そうだね、ごめん。

ところで『猫の恩返し』といえば、ミーちゃん元気かなあ…

急にベトナムに帰ることになって、それっきり連絡も…

もう10年以上たつわよね…

なんだか懐かしいな…

最初にミーちゃんと会った日のことを、まだ昨日のことのように覚えてるよ…

あたしも…

ねえ、お腹すかない?

え?

そうね…まだお昼食べてないもんね…

なに食べよっか?

決まってるでしょ。

【カレーの恩返しカレー】だよ。

カレーの恩返しカレー?

なにそれ?

いいから、行こ!






わあ。ここも凄い行列ね!

カレーのお土産屋さんもあるから、まずはそっちをのぞいてみようか。

おみやげ?

元々は【カレーの恩返し】っていうスパイスから始まったらしい。

スパイス?

魔法の粉らしいよ。

これを振りかけるだけで、料理がレストラン並みになるってね… 

なにこれ、めっちゃ欲しい…

お通しに使えそうじゃん…

僕は新発売のレトルトパックを買っていこうかな…

夜中に突然無性にカレーを食べたくなる時があるんだよね…

でも、ショップも凄い大人気…

びっくりするくらい人が群がってるわ…

しかもほとんど女性…

女の【カレー】への執念は、いにしえの昔より変わることはない。

え?

カレーマニアって男の人が多くない?

キレンジャーも男だし。

お土産を買うのはカレーを食べてからにしようか。

あの行列に並ばなきゃだからね。もうお腹ペコペコだ。

待ってる間に「女性がカレーを求める理由」と「カレーの恩返しという名前の意味」でも考えてみよう…

もしかしてあなた、深読みする気?

今日は深読みしないって約束だったのに…

じゃあ深読みじゃなくてウンチクにしようかな。

やっぱ深読みでいいや…

カレー食べる前だし…

OK。

ところで深代ママ、「カレー」ってどういう意味かわかる?

カレー?

インドの言葉で「香辛料たっぷりの料理」とか「煮込んだもの」とか、そういう感じじゃないの?

実はよくわかってないんだ。

そもそもインドには、今あるような独立した「カレー料理」はなかった。

あれはイギリス人が作ったものだからね。

「カレー」という名前自体も、イギリス人がインド南部のドラヴィダ語族で食事全般に使われる言葉「カリ」を勘違いして付けたとも言われている。

なんだ。つまんない。

ヒンズー教の血と殺戮の女神カーリーが語源とかだったら面白かったのに。

女の底知れぬ欲望と執念が、カレーを食べる人の血肉を燃え上がらせるの。


こわっ。

だから女はカレーを我慢できない…

理屈とかじゃなくて、体が欲し続けるの…

理性を忘れて、狂おしいほどに…

なんだか痛みが癖になる激辛カレーみたいだな(笑)

僕ならもっと優雅なストーリーを紡ぐけど。

どんな?

「カレー」は古ギリシャ語で「Beauty(美貌・美女)」という意味なんだ…

マジで?

そのものずばり「カレー(Kalē/Callē)」という女神もいてね。

もちろん「美」を司る女神だ。

「カレーイス(Callēis)」とも呼ばれる。

ちょっと…

それってカレーライスみたいじゃないの。

偶然とは思えないよね。

ホメーロスの『イーリアス』なんかでは三美神(カリス)のひとりとされて、よく芸術作品にも描かれるんだ。

『三美神』アントニオ・カノーヴァ

優雅ね…

なんか「カレーマルシェ」って感じ…

僕は血と殺戮の女神カーリーより、こっちの美の女神カレーのほうがいいな。

男の生首集めが趣味の女神なんて、あんまりお近づきになりたくない(笑)

もしかして…

「カレーの恩返し」って、美の女神カレーと関係あるのかしら?

「亀の恩返し」みたいな感じで…

それを言うなら「鶴の恩返し」でしょ(笑)


さあ、やっと僕らの番になったね。

おや、前払い制なのか…

お姉さん、カレー2つお願いします…



店内



【カレーの恩返しカレー】を注文すると、もれなく携帯用スパイス「カレーの恩返し:持ち歩きタイプ」がもらえるのね。

なんか得した感じ。

よそのカレー屋さんで使わないように。

恩を仇で返すことになってしまう。

バッヂももらっちゃった。

「カレーはカレー!」だって…

かわいい(笑)

これは文も字も糸井重里の作なんだそうだ。

「だじゃれか!」も上手く効いてるよね。

あ、そっか…

カレーの逆さで「れか」ね。

研ナオコに喩えたら、

「カモメはカモメ(あきらめもか)」ってとこだ。

駄洒落ひとつとっても手を抜かないのね、糸井重里って人は。

普通なら「カレーはカレー」止まりよ。

そこが凡人と違うところ。

さて、さっきの続きを話そうか。

美の女神カレーの恩返しの話。

ひょんなことから美女を妻にした男が夜中にこっそり台所を覗いてみたらカレーがカレー作ってたとか?

そして「私はあの時のカレーです」って言い残し、カレー鍋の中に消え去っていく…

それじゃあコントだね。

ギリシャにおける「カレーの恩返し」の物語はこうだ…


ある時、三美神のところへアプロディーテーがやって来た。

そして「この中で誰が最も美しいか決めよう」ということになった…

なんでそういう話になるのよギリシャ神話っていつも…

女が集まれば、すぐこれね。

しかもアプロディーテーは格上だから、最後は自分が選ばれるってわかってるじゃん。

なんで勝つってわかってるのに、そういうケンカふっかけるわけ?

実は、カレーの夫ヘーパイストスは、アプロディーテーの元夫だったんだ。

ヘーパイストスはアプロディーテーと別れてから、カレーと暮らし始めたんだよね…

それってマウンティングじゃない…

自分の元旦那と暮らしてる女に「自分の方が上よ」ってしたいだけなんでしょ?

なにこのドロドロした展開。

カレーだけにね。

さて、この争いの判定人には、当時ギリシャで最も名高い予言者だったテイレシアースが選ばれた。

盲目の予言者である彼は、ソポクレスの『オイディプス王』で重要な予言をする人物としても有名だ。

並みの予言者なら空気を読んでアプロディーテーを勝たせるだろう。

だけど誇り高き予言者テイレシアースはそうしなかった。

この世で最も美しいのはカレーだと言ったんだ。

ガチじゃん。でもヤバいよね、これ。

ヤバいね。

当然アプロディーテーは激怒した。

マウンティングするはずが、大恥かかされたわけだから。

そして盲目の予言者テイレシアースを、みすぼらしい老人の姿に変えてしまったんだ…

ええ!?

じゃあ、盲目の老人になっちゃったわけ?

そういうこと。

それを見たカレーは心が痛んだ。自分を選ばなかったら、そんなふうにはならなかったわけだからね。

だからカレーは、残りの人生を予言者テイレシアースに尽くそうと決めた。

カレーにはアプロディーテーみたいな超能力はないから、テイレシアースが少しでも若々しく見えるようにいろんな努力をしたそうだよ…

ファッションをコーディネイトしたり、二人で一緒に楽しいところへ出かけたり…

これがギリシャ風「カレーの恩返し」の物語だ。

健気な女ね、カレーって…

おっ!

噂の【カレーの恩返しカレー】が来たぞ!

美味しそう!いただきまーす!



ああ、美味しかった…

噂以上のカレーだったな。

まさにカレーの恩返しって感じ。

さっきのスパイス買ってって、お店で出しちゃお。

アイタオサラ、オサゲシテモ ヨロシデスカ?

ミーちゃん!?

オー!フカヨママ!ナンデココニ!?

それはこっちのセリフよ…

ああ、びっくりした…

なぜミーちゃんがここに…

アンタ ダレヨ?

ミーちゃん、忘れちゃったの?

常連さんだった深読み名探偵おかえもんよ…

さっきイメチェンしたから無理もないか…

アー!イイオトコニ ナッテテ、キガツカナカッタヨ!

ベトナムに帰ったんじゃなかったの?

そうよ。急に「ベトナムに帰る」って言い残して、それっきりだったじゃない…

ゴメンネ、アノトキワ…

イロイロ ジジョウガ アッタヨ…

ここにいるってことは、もしかして日本に住んでるの?

ソウ…ズット スンデル…

ずっと住んでるって…

日本人と結婚したってこと?

ケッコンワ シテナイヨ…

デモ…

ダーリンガ イルッチャ。

え?

ダーリン、ウチニ トッテモ ヤサシイッチャ。

イソガシイカラ ホボ ツキイチシカ アエナイケド…

ほぼ月イチのダーリンって、ミーちゃん…

それってあなた、お妾さんじゃないの?

ソレデモ ウチ、トッテモ シアワセッチャ!

ダカラ コウシテ ダーリンノ オシゴト テツダッテ、オンガエシ シテルッチャ!

ダーリンのおしごと?

まさかミーちゃんのダーリンって…

アア~!クチニ ダシチャ ダメッチャ!

ダーリント ウチノコト、ゼッタイ ダレニモ シラレチャダメヨ!

カミナプキンニ カクッチャ…

なにこれ?

目を閉じたゴマ塩頭のおじいちゃんの顔?

そういえばこれと似た人と、そこでぶつかったわ…

なんだか急いでるようだった…

ソレ…キット ウチノ ダーリン ダッチャ。

ダーリン、コノ イベントノ ボス ダカラ、イソガシイッチャ。

え?じゃあ、あれって…

そうだよ…

深代ママがぶつかった相手は盲目の老人ではなく…

いつも笑顔で目を細めているあの人…

イト…

ダメヨ!

ナマエ イッチャダメ、ゼッタイ!

イマ イソガシイカラ、コンド ミセニ イクヨ。ソノトキ ハナスッチャ。

ジャネ、バイバイ…





ビックリしたね…

うん。こんなこと聞かされたら、みんなビックリするよ…

でもミーちゃん、すっごく幸せそうだった。

なんかちょっとうらやましく思っちゃったな、あたし…

深代ママ…

カレーの恩返しカレーか…

あたしもあんな風に心から愛してる人に、思う存分恩返ししてみたい…

ミーちゃんみたいに、満面の笑顔で、ナチュラルに…

あたしっていつも深読みばっかしてて、アンナチュラルな女だから…

きっとできるよ…

いや、もうしてるのかもしれない…

え?

そろそろ、僕たちさ…

うん…

そろそろ…

うん…

そろそろ他のブース…行こっか…

まだ見てない店…いっぱい…あるし…

ばか。




深読み生活のたのしみ展<恩返し篇>





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