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E11:げんたは ろうがんきょうを てにいれた。

目をしばしばさせながら、Excelの数字を入力していると、
後ろから肩を叩かれた。
そこにいたのは、僕が日ごろから姉のように慕う先輩だった。
「源ちゃん、あなた、始まったんじゃないかな?」
先輩は、そう言うとおだやかに笑った。
僕が43歳になった頃だった。

「何ですと? 何が始まったって言うんです?」
僕は少しムキになって尋ねた。
何が始まったのか、なんとなく、思い当たるフシがあったからだ…。

「アタシも43くらいだったからね。見えなくなってきたの」
先輩はそう言って軽やかに席に戻った。

いや違う、自分はただ目が疲れているだけだ。
そう思って「闘った」

なぜ人は抗うのだろう
なぜ人は闘うのだろう

でも今、その頃の様子を客観的に思い返してみると
大の大人が、上りのエスカレーターを必死に下ろうと試みているみたいで、切なくて、ダサい。


それからけっこう頑張って(何をだ?)
ある日、文房具を買いにダイソーに出かけた。
文房具を探していたら、老眼鏡売り場の前を通った。

素早く周囲を見渡して(なぜだ?)
ちょっとだけ、試しに、念のために、こっそり
老眼鏡をかけてみた。  

昔のドラマで松田優作が、……いや、わかんないか。
(松田龍平と松田翔太のお父ちゃんが)
「なんじゃこりゃあああ」と叫んだみたいに
叫び声を上げそうになった。

僕はめちゃめちゃびっくりしたんだ。
なんでこんなにはっきり見えるんだろう。

半信半疑で近所のメガネ屋に駆け込んだ。
これまでのいきさつを説明して、最後に尋ねた。

「で、私は老眼でしょうか」

「あ、はい」

決死の覚悟で絞り出したその言葉を
0.5秒で受領されてしまった。 
本当にその時、キン肉マンみたいに
おでこに「はーい老眼!」と焼き印をされたみたいな感じ。

あれ? でもショックじゃない。
それまであんなに抗っていたのに、
専門家にジャッジされたら、正直なんだかほっとした。

そして、不思議なことに
少し嬉しかった…。この感情は「感謝」かも。
(あー、老眼鏡かけるまでに歳を重ねてきたんだ…。)

考えてみれば老眼というものは、よくできていて
一つのメガネに飽きた頃、ちょうど老眼が一段階進む。

それから
メガネの着替えが、楽しみになった。
また、あの頃みたいに読書が好きになった。
花が一段ときれいに見えた。

鏡の自分と対面して、ゲラゲラ笑った!

人生がまた輝きはじめる。  



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